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都立 成増航空高等学校  作者: 秋津ネオ


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定食屋さわや 規久子婆ちゃんの死

 成増基地の地下深くから非常用昇降口の重い鉄扉を押し開け、地上へ這い出た多朗たちの目に飛び込んできたのは、地獄のような惨状であった。


 頭上に広がる空は砕け散り、濁った紫紺の裂け目から異様な冷気が吹き降りていた。その衝撃と落下した巨大な破片により、大地は無残に押し潰されていた。


 道路は怪物の背骨のように隆起し、木造家屋は軒並みへし折れ、粉じんの奥から幾筋もの黒煙が立ち上っている。


 「おい、観測眼鏡を寄越せ」


 カズが青ざめた顔で叫び、防護服の隊員から器具をひったくった。視線を向けたのは、北東へ二キロ離れた赤塚の丘陵地帯であった。


 レンズの先、濛々と吹き上がる黒煙の奥で、四人の母校である赤塚第三中学校の校舎が無残にも半ばから折れ曲がり、鉄骨の骨組みを剥き出しにしていた。


 「嘘だろ。二キロ先の三中まで直撃を受けちまったのか」


 カズの手が小刻みに震えた。キヨシが眼鏡の奥の目を歪ませ、唇を噛み切って拳を握りしめた。


 「俺たちの三中が」


 ヤイジとヤマさんも言葉を失い、煤にまみれた顔を歪めて立ち尽くす。二キロの距離を隔てた母校すら粉砕されるほどの異変。四人が駆け抜けた青春の原点は、一瞬にして瓦礫と化していた。


 だが、その絶望を切り裂くように、一人の少年が悲鳴を上げて走り出した。


 剛田であった。


 「ばあちゃん! おい、父ちゃん、母ちゃん!」


 両腕は先刻の空戦による激痛で腫れ上がり、緊急用の金属固定具が痛々しく嵌められたままだ。激痛に脂汗を流しながらも、剛田は足をもつれさせ、南の赤塚新町へ向けてがむしゃらに駆け出した。


 「剛田君、待ちなさい!」


 琴音の叫びを背に受け、多朗と陣内、みなみも必死にその背中を追った。


 壊滅した街並みを抜け、赤塚新町の通りへ走る。近くに見える都立光が丘高校の校舎も外壁が崩れ落ち、無残な姿を晒していた。


 その光が丘高校のすぐ近く、いつも生徒たちを温かく迎えてくれた辻の前に立った瞬間、剛田の足が止まった。


 部活帰りに毎日のように通い、腹を空かせた多朗たちに山盛りの白米と熱々の汁物を振る舞ってくれた、剛田の実家である定食屋「さわや」。


 香ばしい揚げ油の匂いと笑い声で満ちていた店は、巨大な鉄槌で叩き潰されたように圧壊し、無残な木片の山に成り果てていた。暖簾は泥にまみれて引き裂かれ、粉々になった店の看板が転がっている。


 「嘘だろ。嘘だと言ってくれよ!」


 剛田は瓦礫の前に膝から崩れ落ち、固定具の嵌まった両手でがむしゃらに木片を跳ね除け始めた。爪が剥がれ、指先から真っ赤な血が噴き出しても、剛田は瓦礫を掻き毟ることをやめなかった。


 「剛田、待て! 俺たちも手伝う!」


 多朗が駆け寄り、陣内とともに太い梁に取り付いた。火事場の力で木材を持ち上げる。


 崩れた柱の奥、冷たい土と瓦礫の底から姿を現したのは、静かに横たわる三人の亡骸であった。


 剛田の父と母、そして、店先でいつも満面の笑みを浮かべ、剛田の背中を叩いてくれた、大好きなきく子ばあちゃんの姿であった。


 きく子ばあちゃんの手には、仕込みの途中だったのか、小さな布巾が固く握りしめられていた。その身体はすでに冷たく固まり、呼べども二度と目を開けることはなかった。


 「ばあちゃん」


 剛田の喉から、裂けるような慟哭が迸った。


 「ばあちゃん! 目を開けてくれよ! 俺だよ、ばあちゃん! 帰ってきたぞ! ばあちゃんの唐揚げが食いたいんだよ! 俺に唐揚げを食わせてくれよ!」


 剛田は冷え切ったきく子ばあちゃんの胸に額を押し当て、子供のように泣き叫んだ。痛む両腕で、冷たい亡骸を壊れ物を抱くように抱きしめる。大粒の涙が、血と泥に汚れたばあちゃんの着物を濡らした。


 「腹いっぱい食えって、いつも笑ってくれたじゃねえか! 怪我すんなよって、頭を撫でてくれたじゃねえか! なんでだよ! なんで死んじまうんだよ!」


 剛田の絶叫が、煙の立ち込める瓦礫の街に木霊した。


 琴音は口元を両手で押さえ、その場に崩れ落ちて声を上げて泣いた。


 みなみは唇を噛み切り、流れる血をそのままに眼鏡の奥の目を伏せた。


 陣内は崩れた壁を殴りつけ、拳を血に染めて悔し涙を落とす。


 多朗は、瓦礫の前に両膝をついた。


 奥歯が砕けるほど噛み締めた口から、苦い血の味が広がった。


 自分たちがどれほど命を削って空を飛ぼうとも、守りたかった人々の命は、あまりにも理不尽に、呆気なく奪われていく。


 多朗は震える両手を合わせ、きく子ばあちゃんたちの遺体の前で、深々と額を地面に擦り付けた。


 「申し訳ありません」


 言葉が喉につかえ、嗚咽が漏れた。


 「守れなくて、本当に、ごめんなさい」


 多朗の瞳から溢れた涙が、赤塚新町の土を濡らした。


 その時であった。


 濛々たる土煙と、紫紺の異様な光が渦巻く通りの奥から、重々しい足音が近づいてきた。


 姿を現したのは、人間ではなかった。


 筋骨隆々たる巨体に、古風な羽織を引っかけ、太い煙管をくわえた大男。


 街の霊的境界を守護し、あやかしを統べる怪異部隊の頭領、鉄山親分であった。その背後には、異形の顔立ちをした一家の者たちが、抜き身の刃を手にして無言で従っていた。


 「鉄山親分」


 駆け追ってきたカズが銃を下ろし、掠れた声で呼んだ。


 鉄山親分は煙管から紫の煙を吐き出し、血まみれで泣き叫ぶ剛田と、横たわるきく子たちの亡骸を見下ろした。その鋭い眼光の奥に、深い痛惜の色が宿る。


 「泣くなとは言わねえ。思い切り泣いて、その痛みを腹の底に叩き込め、小僧」


 鉄山親分の野太い声が、静まり返った瓦礫に響いた。


 「空の蓋が割れちまったせいで、この世とあの世の境目が消し飛んだ。無念を抱いて散った仏たちの魂が、異次元の化け物に喰われちまうところだったぜ。だが、安心しな。さわやの親父さんもお袋さんも、きく子のばあちゃんも、俺たち一家が命に代えても黄泉の道へ送り届けてやる。誰一匹として、化け物の餌にはさせねえ」


 鉄山親分が足を踏み鳴らすと、一家の者たちが四方を取り囲み、青白い結界の光を瓦礫の周囲に張り巡らせた。ふわりと、きく子ばあちゃんたちの周囲の空気が温もりを取り戻したように澄み渡った。


 「カズ、キヨシ」


 親分は煙管を向け、幼馴染の男たちを睨んだ。


 「街の裏の掃除は、俺たち一家が引き受けた。だが、空から降ってくる元凶を叩き潰すのは、てめえら生きている人間の仕事だぞ」


 「ああ、分かっている」


 カズが涙を拭い、血走った目で応じた。


 剛田は泣きじゃくりながら、きく子ばあちゃんの手から零れ落ちた布巾を、震える手で固く握りしめた。


 それは、いつも剛田の帰りを待ち、熱々の料理を作り続けた祖母の温もりが染み付いた、最後の形見であった。


 空は割れ、街は砕け、愛する者は奪われた。


 少年の流した血と涙の底から、三次元世界の存亡をかけた、本当の戦いが始まろうとしていた。


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