油煙の死線
医療室の外扉を吹き飛ばした爆風の残煙を切り裂き、六基の小型無人機が矢となって狭隘な地下暗渠へ突入した。
多朗は医療槽の縁を掴んだまま、灼熱する項の生体端子へ全神経を集中させていた。視界の奥に、六つの視座から送られる暗視映像が極彩色の方眼となって展開する。
通路の床面には、敵が退路を断つために敷設した三基の指向性散弾地雷が埋設されていた。
「ゴ番、磁界偏向。ヨン番、信管を狙撃」
多朗の思考が光速で伝播する。ゴ番が放った微弱な力場が地雷の信管感知棒を狂わせ、ヨン番の放った徹甲小弾が起爆装置の導線を正確に撃ち抜いた。火花が散り、爆発することなく信管が沈黙する。
「よし、道は開いたぞ! キヨシ、行くぞ!」
地雷が無力化された通路を、カズが自動小銃を構えて疾走した。その後ろを、キヨシが凹凸の刻まれた防弾盾を抱えて猛追する。
二人が辿り着いた地下第三格納庫は、白濁した炭酸消火ガスと重油の焦げた臭気が渦巻く地獄と化していた。
主照明は破壊され、赤色灯の明滅だけが巨大な中枢母機【NX零二】の漆黒の輪郭を照らし出している。
「くそったれが! これでも喰らいやがれ!」
轟音とともに、高圧放水の白条が闇を薙ぎ払った。
整備区画の柱の陰で、ヤマさんが消火栓の放水銃を抱え込み、必死の形相で敵を寄せ付けまいとしていた。その額からは鮮血が滴り、作業着の右肩は銃創で赤黒く染まっている。
「ヤマさん、持ちこたえろ!」
巨大な整備用鉄パイプを両手で握りしめたヤイジが、炭酸ガスの煙の中から飛び出し、母機の主脚へ取り付こうとしていた工作員の一人を背後から薙ぎ倒した。骨の砕ける鈍い音が響く。
だが、敵は訓練された特務工作統合局の精鋭であった。散開した三名が即座に小銃の銃口をヤイジとヤマさんへ向け、一斉射撃の引き金に指をかけた。
「ヤイジ! 伏せろ!」
突入したキヨシが絶叫し、防弾盾を掲げてヤイジの前へ滑り込んだ。盾の鋼板に連続着弾の火花が狂い咲き、キヨシの体が衝撃で軋む。
「遅えぞキヨシ! 中学の登校時間と同じだ!」
床に倒れ込んだヤイジが叫び返した。
「文句を言うなヤイジ! カズ、主脚の根元だ!」
キヨシの怒声に応じ、カズが遮蔽物の影から身を乗り出した。母機の主脚に指向性粘着爆薬を設置しようとしていた工作指揮官の腕へ、正確無比な二連射を叩き込む。工作員の叫び声とともに、信管を持った右腕が吹き飛んだ。
同時に、天井の配管の隙間から六基の無人機が急降下した。
イチ番が敵の頭上で強烈な閃光を発して視界を奪い、ニ番が敵の体内通信網を電子撹乱で機能不全に追い込む。動揺した残党へ、サン番が放電網を投射して拘束し、ヨン番の銃口が敵の火器をことごとく撃ち砕いた。
「母機の起爆回路、拙者が確実に遮断仕った!」
ロク番が主脚に貼り付けられた爆薬へ飛びつき、信管の導線を小型切断機で断ち切った。
「敵残存兵力、全数制圧」
ニ番の無機質な報告が響いた瞬間、格納庫を支配していた銃声が完全に途絶えた。
漂う白煙の中、荒い呼吸の音だけが重なる。
「おい、ヤマさん、生きてるか」
カズが銃を下ろし、駆け寄った。
「ああ、なんとか肩を撃たれただけで済んだよ。お前らが来なきゃ、母機ごと消し炭になるところだった」
ヤマさんが壁に背を預け、血まみれの顔で力なく笑った。
「全くだ。四十過ぎて、こんな油まみれの白兵戦をやらされるとは思わなかったぜ」
ヤイジが鉄パイプを床に投げ捨て、キヨシの肩を叩いた。キヨシもまた、蜂の巣になった防弾盾を下ろし、幼馴染たちの顔を見回して深く息を吐いた。
「四人とも、生きてるな」
「当たり前だ。赤塚三中の看板は、こんな異国の工作員ごときに譲れねえよ」
四人の大人が、煤と油と血に塗れた顔で肩を寄せ合った。
だが、安堵の沈黙は長くは続かなかった。
倒れた敵指揮官の胸元で、小型の野戦暗号受信機が甲高い警急音を鳴らし始めたのである。
キヨシが受信機を拾い上げ、受話器を耳に当てた。漏れ聞こえてくる通信音声に、キヨシの表情が急速に凍りつく。
『本隊へ通達。極東防衛網の外郭、太平洋上および成層圏外縁における防衛艦隊の戦線維持率、40%を割り込み低落中。武蔵野上空の希薄媒質層において、巨大幾何学結晶核の物質化が最終段階へ移行。天蓋の亀裂が地表へ到達する。潜入班は工作成否にかかわらず直ちに撤収せよ』
通信が一方的に途絶えた。
足元から、今までにない規模の地鳴りが響いた。
遠く武蔵野の上空から、硝子が巨大な力で圧縮されて砕け散るような、凄惨な空間破壊音が地下深くまで届いてくる。
医療室のモニターを通じて事態を見守っていた多朗は、生体端子の激痛を噛み締めながら、壁を伝って前へ進んだ。
暗殺の刃は退けた。しかし、外の世界では、オテントサマが幾度となくやり直してきた模擬演算の天蓋そのものが、いよいよ崩落の時を迎えようとしていた。




