白兵の防壁
通気口の防護格子がへし折れ、夜間暗視面を被った黒ずくめの暗殺工作員が、消音銃口を医療槽へ向けた瞬間であった。
「僕の壁は破らせない」
防護機ゴ番が青白い電磁偏向防護壁を扇状に展開した。撃ち出された鉛弾は空間の磁場に弾かれ、火花を散らして厚い床面へと跳ね返る。
「そこだ。蜂の巣にしてやるよ」
火力至上主義のヨン番が跳躍した。懸架された超小型回転機関砲が火を吹き、通気管の闇へ向けて毎分三千発の徹甲弾が吸い込まれていく。鋼鉄の配管が激しく裂け、敵工作員の短い絶叫とともに鮮血が滴り落ちた。
「ロク番、敵の暗号波を逆探知しろ」
知性派のニ番が指示を飛ばす。
「心得たでござる。敵の無線回路、丸裸にしてご覧に入れまする、ご先祖様!」
ロク番が光学受振器を限界まで駆動させ、工作班が外部へ放っていた極超短波通信を瞬時に妨害した。すかさずニ番が機体を寄せ、ロク番の天板を小型突起で強く小突く。
「ロク番、講釈はいい。回線を完全に遮断しろ」
一瞬の隙も与えず、後藤和明が自動小銃を構えて踏み出した。放たれた正確無比な点射が、天井から転がり落ちてきた第二の刺客の肩口を撃ち抜く。
「カズ、下がってろ」
背後から飛び出した石田潔が、分厚い防弾盾で工作員を床へ叩きつけ、手際よく拘束具を嵌めた。
「相変わらず撃ち方が荒っぽいんだよ、お前は。中学の頃からちっとも変わってないな」
「うるせえなキヨシ、文句を言う暇があるなら通路の隔壁を落とせ。昔から口先ばかり達者な教頭先生め」
カズが銃身を構え直したまま悪態をついた。二人は赤塚第三中学校で泥まみれになって遊んだ同級生であり、生死を分かつ戦場にあっても敬語など端から存在しなかった。
そのとき、壁面の副受像盤を凝視していた相羽みなみが、緊迫した声を張り上げた。
「教官、受像盤に異常熱源が多数出現しています。医療区画へ向かう熱源が三、そして地下第三格納庫へ向かう熱源が八。二手に分かれて急速前進中です」
みなみは副座観測手としての本領を発揮し、機器に映る客観的な探査数値のみを正確に読み上げていた。
壁面の主通信機が、宇宙監視センターからの最優先暗号電文を印字して吐き出す。
『極秘警戒。中国北朝鮮の特務工作統合局が放った潜入班と断定。目的は生体端子保持者・上宮多朗の抹殺、並びに中枢母機NX零二の強奪または破壊。外郭警備隊は陽動に拘束中。成増基地単独で迎撃せよ』
電文を一瞥したキヨシが、舌打ちをしながら壁の防護開閉器を叩いた。
「おいカズ、通信の通りだぞ。中国北朝鮮のお出ましだ。連中、上宮の首と母機を同時に狙いに来やがった」
「上等だ。成増を舐めた真似をしてくれたもんだぜ」
カズが冷たい笑みを浮かべ、通信機を掴んで怒鳴った。
「ヤイジ、聞こえるか。第三格納庫へ敵が向かっているぞ」
無線から、くぐもった爆発音とともに整備主任の稲葉元秀の怒声が返ってきた。
『おうカズ、こっちも手一杯だ。格納庫の装甲扉を焼き切られかけてる。だが安心しろ、ヤマさんが整備員たちを誘導して防護隔壁の内側へ退避させた。生徒たちには指一本触れさせねえよ。赤塚三中の意地を見せてやる』
さらに通信の奥から、山口晃の落ち着いた声が重なった。
『カズ、キヨシ、そっちの医療室は大丈夫か。こっちは消火用の高圧放水銃と炭酸ガス消火器で通路を塞いだ。敵の足止めなら二十分は持つ。多朗たちを頼んだぞ』
「了解だヤマさん、無理すんなよ」
カズが通信を切ると同時に、密閉医療槽の冷却液が激しく泡立ち、排水弁が開放された。
「多朗ちゃんの脈拍が急上昇。意識が完全に表層へ戻ったよ」
生体支援のサン番が医療槽の計器盤に張り付いて告げた。
防弾硝子が上部へ引き上げられ、冷却液が引いていく。多朗が濡れた身体を起こし、激しい咳き込みとともに目を見開いた。
「多朗!」
琴音が駆け寄り、濡れた多朗の身体をしっかりと抱きとめた。
多朗の瞳には知性の光が宿っていた。しかし、新宿決戦で限界まで焼き切れた生体端子は、今なお項の皮膚の下で青白い燐光を不規則に明滅させている。立ち上がろうとした多朗の足が激しく痙攣し、そのまま床へ倒れ込みそうになった。
「動くな、多朗」
剛田が腫れ上がった両腕を吊るしたまま、背中で多朗の身体を支えた。
「まだ立つんじゃねえ。お前の身体は、今にも砕け散りそうな硝子細工と同じだ」
「剛田、僕のせいで、みんなが」
多朗は脂汗を滲ませ、荒い息を吐きながら言った。
極限の痛みに苛まれながらも、多朗が真っ先に口にしたのは、己の苦痛ではなく仲間への気遣いと謝罪であった。
「馬鹿野郎、誰のせいでもねえ。お前が空で空間を支えてくれたから、俺たちは生きてここにいるんだ」
剛田が歯を食いしばって笑った。隣で包帯を巻かれた陣内も、壁の配電盤を睨みながら拳を握りしめている。
「上宮、礼も謝罪も全部後回しだ」
キヨシが防弾盾を構え直して言った。
「ここは我々大人が食い止める。ヤイジもヤマさんも、格納庫で踏ん張ってるんだ。お前たち生徒にこれ以上の無茶はさせない」
「そうだ上宮、大人を舐めるなよ」
カズが自動小銃の安全装置を外した。
そのとき、相羽みなみが携帯端末を掲げて叫んだ。
「教官、お待ちください。敵の熱源が医療室の外郭前室へ到達しました。二重扉を爆破する気です」
多朗は項の熱痛に耐えながら、震える手で壁の支柱を握りしめた。
「後藤教官、石田教頭、僕の身体は動かなくても、無人機たちとの神経接続は生きています。みなさんの命を守るために、六基を教官たちの視界と同期させてください」
己の痛みを顧みず、他者を守るために力を差し出す。その謙虚なる申し出に、カズとキヨシは顔を見合わせ、同時に不敵な笑みを浮かべた。
「おいキヨシ、生徒にここまで言われちゃ、無様な姿は見せられねえな」
「全くだなカズ。赤塚三中の悪童二人組の底力、見せてやろうじゃないか」
部屋の隅、暗がりから『怪奇大全』を抱えた九条が静かに歩み出た。足元の影は、一つ欠落したままである。
「人間の悪意は、いつだって計算より早く動くんだよ」
九条の抑揚のない平坦な声が落ちる。
「前の世界線でも、外の敵と戦う前に、人間同士が技術を奪い合って自滅した。でも、今回は少しだけ違う。あの六つの小さな機体と、大人の意地が、運命の歪みを押し戻している」
医療室の外扉に破孔爆薬が仕掛けられた金属音が響いた。
多朗の生体端子が強く輝き、六基の無人機が教官二人の頭上へ陣形を組んだ。
出撃の空ではなく、地底の暗闇において、生徒と大人たちが命を繋ぎ止めるための泥臭い防諜迎撃戦が、まさに火蓋を切ろうとしていた。




