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都立 成増航空高等学校  作者: 秋津ネオ


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忍び寄る暗殺工作班

 成増基地の地下深部、高圧電磁医療室の静寂を破るのは、生命維持装置が刻む規則的な駆動音だけであった。


 冷却液を満たした密閉医療槽の内部で、多朗は深い昏睡に沈んでいた。


 全身の神経系に組み込まれた古代生体端子は、新宿決戦から武蔵野境界の観測に至る連続過負荷によって極限まで熱を帯び、今なお微細な燐光を放ちながら熱を逃がし続けていた。頭部へ装着された電極板を通じて、生体波形の乱れが主表示盤に緑色の曲線となって映し出されている。


 槽の傍らでは、同じく激戦をくぐり抜けた乗員たちが手当てを受けていた。


 剛田は両腕の筋肉に強烈な電磁温熱湿布を巻かれ、椅子に深く腰掛けていた。猛烈な加速度の重圧に抗って副操縦桿をねじ伏せ続けた腕は、触れるだけで激痛が走るほどに強張っている。


「情けねえな」


 剛田は腫れ上がった己の拳を見つめ、苦渋の笑みを漏らした。


「多朗一人が命を削って空間を繋ぎ止めてるってのに、俺の腕が先に悲鳴を上げちまうとはよ」


「文句を言うな、剛田」


 隣の治療台で、耐火手袋越しに火傷を負った右手を包帯で固められた陣内が、低く唸るように返した。


「あの異常な高熱の中、機関弁の配管が吹き飛ばずに済んだだけでも奇跡だ。あの母機は、設計限界を疾うに越えて飛んでいる」


 副座観測手の相羽みなみは、自身の極度の眼精疲労を点眼薬で抑えながら、多朗の脳波記録を凝視していた。


 その傍らには、六基の自律無人機が母機の整備架台から離れ、多朗を守るように静止していた。


 サン番は冷却液の温度監視手順を医療班の端末へ同期させ、ニ番は機密回線の監視を継続している。ヨン番とゴ番は無言で待機位置を固め、ロク番は外部電脳網の異常走査に光学受振器を走らせていた。先刻までの過剰な騒音は微塵もなく、傷ついた主操縦手を守るために、各機が冷徹な軍事規律を維持していた。


 医療室の重い鉛扉が開き、後藤教官と石田教頭が足音を忍ばせて入室してきた。


「教官」


 立ち上がろうとするみなみを、後藤が太い手で制した。


「座っていなさい、相羽。状況は把握している。全員、よく生き残って母機を持ち帰った」


 後藤は医療槽の硝子越しに、蒼白い多朗の寝顔を見下ろした。


「生体端子の発熱はおよそ三十時間で臨界を下回る見込みだ。だが、意識が戻るまでは絶対安静を命じる。剛田も陣内も同様だ。武器を握ることすら叶わぬ身体で戦場へ出征させるわけにはいかない」


 「教官、しかし外の情勢は」


 みなみが問うと、石田教頭が冷徹な表情で薄型の作戦情報板を提示した。


「生徒たちに背負わせる時間は、ここで一度打ち切りです。ここからは、我々大人が築く防壁の時間となります」


 情報板に投影されたのは、極東を中心に全世界へと広がる、異常な軍事動向の記録であった。


 東京都下、山間部の地下深くに設置された極秘観測拠点、宇宙監視本部。


 地下百メートルに埋設された超大型重力波干渉計の管制室では、百名を超える解析要員が、赤く点滅する主表示盤に張り付いていた。


 「重力波干渉計、全計器で規定測定限界を突破」


 主任観測官の硬い報告が管制室に響く。


「新宿の上空から武蔵野の断層帯、そして練馬区成増周辺。震動の周期は自然界の地殻変動では絶対にあり得ない。空間そのものが規則的な幾何学多面体を描いて硬質化し、再び融解した際の特異位相波形です」


 主受像盤に結像したのは、鋭利な結晶構造を示す三次元波形図であった。


「同盟軍の早期警戒衛星からも緊急暗号照会が入電。成層圏外縁の軌道走査網が、成増上空に極めて局所的な高次元質量の沈降を捉えています。何者かが、あの街を足場にして物質界の基本法則に干渉している」


 この異常な観測情報は、即座に海を越えて大陸側へと漏洩した。


 中国北朝鮮の特務工作統合局。


 漆黒の暗闇に包まれた作戦会議室において、平壌と北京を結ぶ極秘回線が接続されていた。


 壁面の巨大投影像に映し出されたのは、極東の島国、東京都練馬区の精密地図であった。


 「新宿の結界破断、そして武蔵野の重力波震源。解析が完了した」


 冷酷な声が室内に響く。


「極東の防衛隊が、未知の高次元相転移兵装を極秘裏に実戦配備したと見て間違いない。物質そのものを幾何学的に書き換える超技術だ。その発信源は、成増航空高校、並びに光が丘基地の地下ドックに存在する」


 特務工作指揮官の指が、成増周辺の区画を非情に指し示した。


「国内に潜伏中の特務工作班を直ちに動員せよ。標的は機体そのもの、あるいはそれを起動させている生体端子の保持者だ。技術の独占を許してはならない。障害となる防衛網は、暗殺班を以て物理的に排除しろ」


 見えざる工作員の影が、深夜の首都圏へと音もなく浸透を開始していた。


 だが、極東の防衛線もまた、無防備に立ち尽くしていたわけではなかった。


 太平洋の深部、黒潮が渦巻く沖合。


 水平線の彼方には、防衛隊の最新鋭護衛艦群、そしてアジア諸国の精鋭が結集した五族協和軍の合同哨戒艦隊が、重厚な陣形を敷いて展開していた。


 艦載された大型荷電粒子砲門が夜霧を睨み、海中探信儀が深海からの異常な振動を捉えんと全出力を上げていた。


 さらに遥かなる成層圏外縁、漆黒の宇宙空間。


 月面の裏側に潜む月人勢力、古代天人の系譜を引く高次元監視網が、地球の大気圏へ向けて冷徹な索敵光条を張り巡らせていた。


 相転移多面体の共振波に呼び起こされ、マリアナ海溝の深淵や静止軌道上から這い出そうとする異次元の尖兵群に対し、外郭の防衛網が先んじて迎撃態勢を固めていたのだ。


 成増の医療室の扉の影から、古びた『怪奇大全』を抱えた九条が静かに姿を現した。


 照明の光が床を照らす中、少女の足元には、やはり一つの影が欠けていた。


 「大人の軍隊が、動いているよ」


 九条の感情を削ぎ落とした硬い声が、冷たい空気の中に落ちる。


「大国の思惑も、軍隊の欲望も、すべてが世界の綻びに引き寄せられている。彼らが時間を稼いでいる間に、多朗が目覚めなければ、この時間軸もまた、均一な結晶の中に沈んで消える」


 多朗が横たわる医療槽の硝子に、遠くの街灯の光が微かに反射していた。


 外の世界が張り巡らせる巨大な防衛の盾と、水面下で忍び寄る中国北朝鮮の暗殺の刃。


 特異点の少年が眠りにつく中、極東を巡る運命の歯車は、かつてない重圧を伴って回転を始めていた。


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