凱旋と沈黙の街
青白い電離気体の尾を引き、二機の漆黒迎撃機が成増の地下滑走路へと滑り込んだ。
制動噴気の轟音とともに車輪が鋼鉄の路面を噛み、白煙を噴き上げながら停止する。
新宿地下大断層における死闘から、辛うじて生還を果たしたNX零一とNX零二。
機体各部の装甲は敵結晶の反射光線によって黒く焼け焦げ、無数の亀裂から冷却用の気泡が噴き出していた。
零二の操縦席で、密閉天蓋が油圧音を立てて跳ね上がった。
冷たい地下の空気が流れ込んだ瞬間、主操縦桿を握り締めていた多朗の全身から、張り詰めていた緊張が一気に抜け落ちた。
右手の生体端子から青白い燐光が消え去り、焼け付くような熱感と鈍い痛みが神経を駆け巡る。
『各員、生体接続を解除。主機関を停止させろ』
副座の相羽が青ざめた顔で計器板を払い、息を吐き出した。
後席では剛田が質量固定桿から血の滲む掌を離して座席へ崩れ落ち、陣内が震える指で推進器の安全弁を閉じた。
誰もが言葉を失い、ただ荒い呼気だけが狭い室内に重なっていた。
多朗は震える膝を押さえ、隣の補助座席へ目を向けた。
そこにいたマナは、透き通るような白銀の髪を乱れさせ、目を閉じたまま微動だにしなかった。
新宿の暗黒空洞において、素手で空間の境界線を切り裂き、星型結晶を両断した神業。
その尋常ならざる超戦闘能力の代償か、彼女の白い肌からは一切の血色が失われ、息遣いすら感じ取れないほど浅い沈黙に沈んでいた。
『マナ……』
呼ぼうとした多朗の喉は渇き切り、かすれた音しか漏れなかった。
昇降梯子に手をかけ、多朗は転がり落ちるように格納渠の床へ降り立った。
膝に力が入らず、濡れた鋼鉄の床へ両手をつく。
その周囲へ、甲高い回転音を立てて六基の手のひらサイズの小型機が舞い降りてきた。
操縦盤の有線接続から離脱した相棒たちだった。
『ご先祖様、誠に見事な戦いぶりでござった。あの巨大結晶を一刀両断、拙者も武者震いが止まらぬでござる』
オタク属性のロク番が、煤に汚れた機体を左右に激しく揺らしながら電子音を弾ませ、多朗の肩へ飛び乗った。
『多朗、敵核破壊の衝撃波は、東京の局地結界を完全に破砕した。外部世界の通信電波が流入し始めている。状況は一刻の猶予もない』
知性派のニ番が小さな脚でロク番の回転翼を突いて制し、小さなレンズを明滅させながら冷徹に報告する。
『おいおい、まじかよ。生きて帰れたんだから少しは喜べっての。オレの華麗な旋回誘導がなきゃ、みんな今頃新宿のゴミだぜ』
指揮役のイチ番がお調子者らしく多朗の頭上をくるくると旋回する。
『火力不足だ。ボクの追加火薬を全弾撃ち尽くしたのに、最後の最後はマナの素手頼みだったじゃないか。悔しい、もっとデカい大砲を積んでくれ』
脳筋のヨン番がプロペラを唸らせて悔しさを爆発させれば、ネガティブなゴ番が作業台の隅に転がっていた空き缶の上へ着地して呟いた。
『どうせ僕の眩惑光なんて、あの子の輝きに比べたら豆電球さ。成増の不燃ごみの日にお払い箱になるのがお似合いなんだ』
そこへ、淡い桃色の受感器を灯したサン番が、他の機体を押し退けるようにして多朗の頬へ飛び込んできた。
『はいはい、無駄口はそのくらいにしなさい。多朗ちゃん、体温が三十四度台まで急降下していますよ。手首の火傷も酷い腫れ方です。操縦席脇の生姜湯はちゃんと口に含みましたか。今すぐ温かい毛布を被って、安静にしなければ肺炎を引き起こしますからね』
お母さん属性全開の小言を連発しながら、サン番は多朗の首筋へ小さな機体を擦り寄せ、冷え切った皮膚を少しでも温めようと微弱な排熱を注ぎ込んできた。
『ありがとう、サン番。みんなも無事でよかった』
多朗の唇から、ようやくかすかな安堵の笑みが零れた。
その時だった。
格納渠の奥に続く重い鉄の扉が、激しい音を立てて両開きに押し開かれた。
乱れた足音が、静まり返る地下大空洞に響き渡る。
駆け込んできたのは、乱れた制服のまま息を切らした琴音だった。
『多朗』
琴音の叫びが天井へ跳ね返った。
多朗の姿を捉えた瞬間、彼女の瞳から大粒の涙が溢れ出した。
制服の袖で涙を拭うことすら忘れ、琴音は遮二無二床を蹴り、多朗の胸元へ弾かれたように飛び込んできた。
衝撃とともに、琴音の細い両腕が多朗の首と背中を強く抱きしめた。
『多朗、多朗、生きてる。本当によかった、無事だったのね』
琴音の身体は激しく震えていた。
その顔は多朗の胸元へ強く埋められ、零れ落ちる熱い涙が多朗の煤けた飛行服をぐっしょりと濡らしていく。
『新宿の空が割れて、真っ黒な光が吹き上がったのを見た時、あたし、もう多朗が二度と帰ってこないんじゃないかって、息が止まりそうだった。勝手にいなくならないでよ、絶対に死なないでって言ったじゃない』
怒りと安堵が綯い交ぜになった琴音の声は、掠れて途切れ途切れになっていた。
多朗の背中に回された指先は、まるで離せば幻のように消えてしまうのを恐れるかのように、力任せに飛行服を握り締め、爪が食い込むほどだった。
多朗は痛む右腕をそっと持ち上げ、泣きじゃくる幼馴染の華奢な背中に手を添えた。
『ごめん、琴音。心配をかけた。でも、ちゃんと帰ってきたよ』
多朗の不器用な言葉に、琴音は首を激しく横に振り、さらに強く多朗を抱きしめ直した。
戦場で張り詰めていた多朗の心に、人間の温もりと鼓動がゆっくりと染み渡っていく。
格納渠の照明が、二人の姿を静かに照らし出していた。
初号機から降り立った榊が、血の混じる唾液を床へ吐き捨て、その光景を無言で見つめていた。
『上宮』
榊の低く嗄れた声が響いた。
『泣き喚く女の顔を拝むのはそこまでにしておけ。戦いはまだ終わっていない』
榊の視線は、零二の補助座席から後藤先生の太い腕に抱えられて運び出されてきた、意識のないマナへ向けられていた。
後藤先生の険しい表情、そして奥から歩み出てきた石田教頭の冷徹な眼差し。
大人たちの視線には、かつてない深刻な色が宿っていた。
マナが新宿で発揮した現世の物理を消滅させる力。その反動は、少女の生体構造を内側から蝕み始めていた。
そして、開かれた地上の扉の向こう、雨の上がった帝都の空から、不穏な重低音がかすかに届いていた。
局地結界の消滅によって、世界中の監視網の針が、この成増の地へ一斉に向き直りつつあった。




