加護
クランクが第十四小隊の一員となってから一月の月日が流れた。人間族と魔族の戦うこの戦線は、開戦からずっと膠着状態にあり、小さな小競り合いが数日に一度行われる程度だった。
だからこそ、クランクに与えられた仕事というのは雑用のようなもので、戦場に駆り出されるようなこともなく、戦場に出た小隊の家族が戦死するようなこともなかった。
「クソっ、やられた……」
そう言い、基地に戻ってきたのはガンツだ。補給部隊の護衛をしに行ったはずが、魔法を受けたのかズタボロになって帰ってきた。
「ガンツ、大丈夫?」
「あぁ、俺は問題ない」
ガンツはガーゴイルという石の魔物の血を引いており、大抵の攻撃は受けても問題ないとクランクに話したことがあったが、実際に見てみると驚きの頑丈さだった。
クランクが顔を近付けてガンツの腕を観察すると、焼け焦げたように見えていた腕はただ表面が少し黒くなっただけで、損傷はほとんど見られなかった。それどころか、焦げた皮膚がパラパラと剥がれ落ち、その下から新しい皮膚が顔を見せている。治癒力が大幅に向上するというガンツの加護の効果だ。
「それより、全員聞いてくれ。補給部隊が襲撃を受けて全滅した」
「え、隊長、それって……」
「あぁ。運んでた物資は全部燃えちまった。一週間、次の補給は来ない。本当にすまない」
その言葉を聞き、アンは呆然とした表情で立ち尽くす。
両陣営が補給を受けられていたからこそ、継続できたこの膠着状態も、片方の補給がなくなるとなれば話は変わる。攻めるか、退くか、魔族軍は二つの選択肢を迫られることになった。
「それなら、撤退するのか」
ぶっきらぼうにルイが一言。しかし、ガンツはゆるゆると首を振って否定した。
「このベネラ大平原から退けば、次は祖国に攻め込まれる。それに、ここで全軍が退けば背中を叩かれるのがオチだ」
「じゃあ、突撃でもしようってのかよ。勝算は?無駄死にはごめんだぜ」
「おいルイ、あんまり隊長を責めんじゃねぇよ。決断を下すのは上の連中だ」
ガンツと同様、補給部隊の護衛に行った副隊長のアランがズタボロの状態で現れた。ガンツと比べ、アランの怪我はそこそこの重傷である。
「アラン、その怪我!!ちょっとこっちに来なさい」
ボロボロのアランを見たアンがすぐさま医療道具を取り出し、アランを床に敷いた布に寝かせる。
「包帯だって、いつなくなるか分からないのに。なぁ隊長、俺たちは生きて帰れるのか?」
アランに巻かれる包帯を見やり、ルイが弱々しく言う。ガンツはただ、黙ったままだった。
「物資はもたない。突撃も、撤退も許されない。そもそも、物資を待てば勇者が来る。ハッ、詰みじゃねぇか……」
そう吐き捨てるように言うと、ルイは頭を抱えて椅子に沈んだ。
絶望、そうとしか言い表せない現状で、クランクはただ見ていることしか出来なかった。
悔しい。ただひたすらにそう思った。ガンツに拾ってもらい、小隊で初めて家族ができた。しかし、現実はこうだ。家族が苦しむなか、クランクは見ているだけだった。
せめて、食料を手に入れる事ができれば……そう思った時だった。
ゴトリ、そんな音が鳴り、クランクの手からリンゴがいくつか転がり落ちた。
「えっ?」
「クランク、お前……」
全員の視線がクランクの方へ向いた。いや、正確にはクランクの足元に転がるリンゴへと、視線が注がれていた。
「加護……加護だ。クランク!!それがお前の加護だ!!」
その衝撃は、張り詰めた空気を変えるのに十分だった。ガンツが歓喜に声を震わせながら、クランクの肩を掴んだ。
ゴトリ、ゴトリと、リンゴや包帯、パンなどが次々と手のひらに現れてはこぼれ落ちる。クランクが欲しい、そう思ったものが出てくるようだった。
「おい、その加護の力があれば物資の問題はなくなるんじゃ……」
「あぁ、確かに……。クランク、その力は何でも出せるのか?例えば、武器とか」
「出せる」
不思議と、クランクにはその力の使い方がよく分かっていた。それどころか、自分に生み出せないものはないのではという万能感さえあった。
クランクは地面に手をかざし、剣に槍、防具などを次々に生み出していく。
限界はない。そう思うほどに、クランクは次々と色々なものを生み出していった。最早、周囲から驚きの声はない。ただ漠然と、クランクの加護の規格外さに言葉を失っていた。それでも、その場の全員が感じていたのは確かな希望に違いなかった。
「勝てる……これは勝てるッ」
アランが、ぽつりと呟く。そして、それに応じてクランクの周囲から喜びの声が上がった。
嬉しかった。家族の役に立てた。クランクは、今まで最低最悪な運命を押し付けてきた神様に、このとき初めて感謝した。
だからこそ、クランクは後悔することになるのだ。神様が、運命がクランクに対して優しかったことなど一度もなかったのだから。
もしも、もしもあの時、欲しいと願わなかったら、こんなことにはならなかったかもしれない。
クランクは、誰もいない荒野のただ中で、頬を伝う涙にも気付かず星を仰いでいた。
神様、神よ、どうして唯一人の少年にばかり理不尽を押し付けるのか。神の与えた祝福は、少年の心に決して消えない呪いと、罪を刻んだ。
今話もお読みいただき、ありがとうございましたm(_ _)m




