勇者
「おーい、クランクー頼むわー」
「わかった」
入隊から三日、クランクには仕事が与えられた。ボロボロの救急箱を抱え、声の主に駆け寄る。
「また怪我したのか」
声の主、コボルト族のバルトはこの三日間毎日のように怪我を負って帰ってくる。
「俺様の加護が役に立つってのは分かるんだがよぉ、どうにも危険な仕事ばかりになりやがる」
この三日間で、第十四小隊が少し特殊であることをクランクは知った。通常30〜50人ほどで構成される小隊だが、第十四小隊はクランクを含めても六人しかいない。ガンツ曰く、加護と呼ばれる神に与えられた力を持つものだけで第十四小隊は構成されており、その役割は遊撃部隊なのだという。
しかし、クランクには加護というものがよく分からなかった。
「バルトは、なんの加護を持ってるの?」
クランクは取り出した包帯をバルトの傷に巻きながらバルトに問う。
「俺様かぁ?……俺様が持ってる加護は【把握】だ」
「はあく?」
「この加護の効果は、文字通り把握すること。状況でもなんでも、正しく把握できる。例えば、敵の陣地を目に収めれば、敵情が丸見えってわけだ」
「強すぎないか?」
ものを知らないクランクだが、この加護の無法さに限って、はっきりと理解できた。
「あぁ、だから基本的には、加護のない奴は加護持ちに敵わない。もっとも、俺様の知り合いにゃケーキを均等に切り分けられるとかいう、どこで使うのか分からない加護持ちもいるけどな」
なるほど、というように頷き、クランクは自分の手に視線を下ろした。加護持ちが集められた第十四小隊、クランクは考える。自分はここにいて良いのだろうか、と。
「ま、こんな加護を持ってるせいで毎日戦場に出て敵情視察をさせられるってんだから、クソ喰らえって話だけどな。命が何個あっても足りやしねぇ」
「お、俺も戦場に……」
「だーっ、そんなに気に病むんじゃねぇよ。隊長に認められた時点で、お前は俺様たちの家族みてぇなもんだ。役に立つ、立たないで考えたりしねぇよ」
「それに、普通ならその日拾ったばかりのガキを家族にするなんざしねぇ。もしかしたら、お前の中にある何かを隊長は見抜いたのかもしれねぇぜ?」
突然に隊長が拾ってきた新人、ただのガキなら常識的に考えて入隊させるはずがない。バルトは、クランクの内にある何かを見定めるようにじっと見つめた。
「でも俺は、俺に何もなくても拾ってくれたガンツが好きだ」
「いやすまねぇ、確かに隊長のことだからお前のことを放っておけなかっただけって可能性も十分にあるな。心配すんな」
温かい。以前いた世界では感じられなかった人の心の温もり。クランクは、込み上げる涙をこらえてこくりと頷いた。
「この戦争は、厳しい戦いになるかもしれない」
夕食時、ランプの灯りを囲って補給された干し肉を食べていると、ガンツが突然にそう呟いた。
「現状、魔族軍も王国軍もお互いが攻めあぐねてる。この状態が続けば、戦争は泥沼と化すだろう。それに……」
「勇者か」
重ねるように、小隊の副隊長アランが苦々しく呟いた。
「勇者キタジマ、北西部の戦場で戦っていたはずだが、どういうわけかこの戦場に向かっているらしい」
「ハッ!あの殺戮魔はどんだけ殺せば気が済むんだよ。勇者だがなんだが知らねぇが、あんなクソ野郎を担ぎ上げてる人族共も頭がおかしいぜ」
この場で灯りを囲う者たちは全員、少なからず勇者に対して良い印象を持っていない。
それは、単に敵だからという訳ではなく、度々戦場に現れては殺戮の限りを尽くす、勇者と呼ばれる畜生に蹂躙された過去を思い出すからだ。
吐き捨てるようにそう言うバルトの声には深い憎しみが込められている。
「隊長、俺はまだ死にたくねぇっすよ」
ふと、ルイが震える声で言った。
「だから、お前たちに頼みがある。これは軍の意向にそぐわない、俺個人としての頼みだ。勇者が目の前に現れても、逃げてくれ」
「あんなクソったれと戦って命を落とすな。たとえ命令に背いたとしても、逃げて、逃げきって、そして生きてくれ」
「ルイ、アラン、アン、バルト、そしてクランク。お前たちは……、お前たちは俺の家族だ。絶対に俺が守ってやる。だから、死ぬな。絶対に死ぬな」
このとき、ガンツの握る手に血が滲んでいたことに気付いた者はいなかった。




