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魔王道  作者: 歯車
序章

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第十四小隊

 少年、名前のない彼は、薄暗い路地の傍でつい先ほどその生涯を終えた。飢えと疫病による衰弱死だ。


 どうしようもない、少年自らすら忌避するその人生は、やはり誰にも看取られることなく一人で静かに終えた。はずだった。 


 少年の意識は確かに、暗闇のなかに沈みきったはずだ。もう二度と、目覚めることはないと思っていた。


 しかし、少年はいま目覚めた。


 少年は違和感なく動かせる頭を持ち上げ、視線を巡らせた。


 少年は息を呑んだ。この混沌とした状況の中、細かい情報を省いて説明するならこうだ。少年は今、荒野の中、命の危機におかされている。


 この場にいては危ない、本能が告げる警告に従って少年は走り出した。


 直後、少年のいた場所が轟音とともに飛来した火球によって爆ぜた。


 あれはなんだとか、自分はどうしてここにいるのか、とかそんなことを考える余裕は少年にはない。少年はすべての雑念を振り切り、我武者羅に走り出した。


 背後から、いや周囲のいたるところから轟音が聞こえる。悲鳴が、雄たけびが聞こえる。憎しみのこもった叫びが聞こえる。少年は恐怖のあまり両手で耳を塞いで走った。


 しかし、案の定というべきか、両手を挙げながら全力疾走をしてバランスを取れるはずがなかった。少し進んだところで、少年は地面に顔からダイブした。何もかもが終わった、そう思った時だ。


「大丈夫か!?」


 けたたましく鳴り響く轟音のなかで確かにはっきりと聞こえた男の声と同時に、少年の身体は宙に浮き、太く逞しい腕に抱きかかえられた。


 まだ痛みに悶える少年に、男の声に応える余裕はない。少年は何も言わなくなった男に抱えられ、ただ地面を眺めながら身を委ねていた。


「で?ぼうずはどうしてこんな戦場にいたんだ?」


 やがて小さな塹壕基地へと辿り着いた少年と男は、駆け寄ってきた男の仲間に人の良さそうな笑顔で応対すると、少年に尋ねた。


 戦場、少年は戦場で目を覚ましたのだ。


「わから、ない。目を覚ましたら土の上で寝てた」


「はぁ?目を覚ましたら戦場のド真ん中って、どんな冗談だよ」


「ちょっとルイ、やめなよ」


 ルイ、そう呼ばれた青年は少年の言葉に反応し、顔を近付けて皮肉っぽくそう言ったが、赤毛の女に咎められるとすぐに身を引いた。


「目覚めてすぐに、大砲を撃たれて、死にたくなくて、必死に走って……」


 ぽつりぽつりと自分の状況を確認するように呟く少年はそこで言葉を切って、自分を助けた大男を見上げた。


「まてぼうず、あれは大砲じゃないぞ。魔法だ、魔法を知らないのか?」


「……魔法?」


 少年は学校に通った経験がない。それどころか、少年の知っている世界は小さな街のスラムだけであり、知識もたまに拾う新聞や雑誌から得たものだけだった。だからこそ、自分の知らなかったものを素直に受け入れる能力は十分に備えている。しかし、それは少年にとってあまりに信じ難かった。少年にとって、魔法とは空想の世界にしかない、愛と希望に満ちた奇跡でなければならなかったからだ。決して、人を殺すための道具ではない。


「知らない、見たこともない。俺の世界に、魔法はなかった」


 少年の住んでいた世界に魔法はなかった。しかし、つい先ほど少年は恐ろしい魔法をみた。つまり少年はこの世界の住人ではないのだ。


「魔法がないだぁ?……うむ、もしかするとそういうことか?」


 少年の反応に、大男は顎に手を当てて思案する。そして、周囲に聞こえないほどの声で呟くと。手をパチリと叩いて言った。


「まぁ、そんなこたぁどうでもいい。ぼうず、ここは戦場だ。逃げようにも途中で殺されるかもしれねぇ。どうだ?ここで俺たちの仲間にならないか?」


「仲間……?」


 唐突な申し出だった。しかし、少年に行く当てはない。少年に断る理由はなかった。


「はぁぁ!?隊長、マジで言ってんすか?ガキっすよ!それも人間の!!!」


 青年、ルイの発言に少年は違和感を覚えた。人間では何か不味いのだろうか、まるで自分たちは人間ではないかのような言いぶりだった。そこで、少年は気が付いた。ルイの頭に角が生えている。


「そうよ隊長、魔族の私たちが人間を連れ去ったら問題になるわ。それに、向こう側に逃がせば殺されもしないわよ」


 そう言う赤毛の女には二本の小さな牙が生えている。魔族、聞いたこともないその単語を少年は頭のなかで咀嚼する。


「いや、こいつは黒髪に赤目だ。人間側に逃げれば、魔王様と同じ特徴を持つこいつは即刻殺されてもおかしくはない」


 大男は、分かりにくいが石のような肌をしている。殺される、そう聞いた少年は人知れず身震いした。


「なる。仲間に、なりたい」


 目の前で言い合う三人の会話を傍観していた少年は、恐る恐るという調子で言った。すると、ルイは少しだけため息を吐き、大男は破顔して手を差し出すと言った。


「歓迎するよ。ようこそ、第十四小隊へ。そして俺がこの第十四小隊の隊長、ガンツだ」


「アンよ。こいつにいじめられたら私に言いなさい。私がしめてあげる」


「うっせぇな、いじめねぇよ。ルイだ、俺には敬語を使え」


 早速嫌味っぽくそう言い放ったルイの脇腹に鉄拳が刺さるが、誰も気には留めない。ただふと、いまだ名乗らない少年に対しガンツが口を開く。


「そういやぼうず、おまえの名前はなんていうんだ?」


「名前はない。俺の名前を呼ぶやつはいなかった」


「名前がない、ねぇ」


 平然と名前がないと口にする少年をどこか哀れみのこもった目でアンが見つめる。見れば、少年は随分と汚れた布を身にまとい、筋肉質ではあるが身体つきは細いように見える。


「うーむ、ならしゃあねぇ。なんか名前付けてやる」


「名前、くれるのか?」


 衝撃だった。生まれて以来、少年の名前を呼んだ人はいなかった。少年にもきっと親が居たのだろうが、少年が物心ついた頃には少年は一人で生きていた。だから、一人の人間として名前をもらえることに少年は少なからず喜びを感じていた。


「お前の名前は、クランク。クランク・ストールだ」


「クランク・ストール……」


 喜びを噛み締めるように、少年は名前を復唱する。


「そして、俺の名前はガンツ・ストール。今日からお前は俺の家族だ」


 何もわからないままに飛ばされた異世界で、少年は名前と家族を手に入れた。























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