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【悲報】都会からの美少女転校生、お嬢様すぎて一人で何もできない(旧)  作者: aria


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002 忘れ物

「新学期早々、大変そうだな」


 始業式が終わり、教室に戻るなり悪友の天野(あまの)(けい)が、にやけ面を隠そうともせずに話しかけてきた。


「うるせえ。冷やかしなら結構だ」

「ごめんて。……まあ、そう尖るなよ」


 繋はそう言いながら、椅子を逆向きにして俺の机に肘をついた。その視線は、少し離れたところでクラスの女子に囲まれている箱入さんへと向けられている。


 人だかりの隙間から見える彼女の卵色の髪は、地味な教室の中でそこだけ発光しているかのように目立っていた。


「にしても、こんな田舎の高校に、あんな漫画みたいな美少女転校生が来るとはな。あの瞳に見つめられたら、大抵の男は心臓止まるぜ?」

「それな。しかも筋金入りのお嬢様ときた。おかげで俺の平穏な学校生活は、初日にして終わったよ」

「だろうな。始業式中、後ろからお前へ注がれてた嫉妬の視線、まじで刺さりそうだったぜ?」


 やはりそうだったか、と俺は溜息をつく。体育館で感じていた背中のチクチクとした痛みは、あながち気のせいではなかったらしい。


「ああ……。それにしても、よりによってなんで俺の隣なんだよ。嫌がらせにしても度が過ぎてるだろ」

「陽菜ちゃんなりの配慮なんじゃね? ほら、燈真って女子に興味ないだろ。だからこそ、あの箱入さんを安心して任せられる、みたいなさ」

「……安心、ね。勝手に安全パイ扱いされるのは心外なんだが」


 繋は「まあそう言うなよ」と、どこか他人事のように笑っている。


 実際、他の血気盛んな連中の隣にあんな爆弾級の美少女を置いたら、今ごろ教室が戦場になっていたのは想像に難くない。


 俺が壁になっているおかげで今のところ平和が保たれているのだとしたら、クラスメイトは俺に感謝の印として購買のパンでも献上すべきだと思った。


「その平和の影で、俺が嫉妬の炎に焼かれてる事実は無視か。……今からでも遅くない、繋、お前と席を替わってやってもいいんだぞ?」

「おっと、俺は彼女がいるんでパス。頑張れよ、隣人さん」


 まったくこいつは。


 軽薄な笑みを浮かべる親友を半眼で見やったが、決まってしまったことをこれ以上愚痴っても、無駄な体力を消耗するだけだ。

 

 これ以上、面倒な飛び火が飛んでこないことを祈るしかない。


 そう自分に言い聞かせ、俺は再び前方へと視線を戻した。



          ◆



「あの、浅香さん……」

「ん、どうしたんだ?」


 おずおずと声をかけてきた箱入さんに、俺は努めて平坦な声を返した。だが、彼女の困り果てたような顔を見た瞬間、平穏の幕引きを知らせる鐘の音が聞こえた気がした。


「あの、その……。どうやら教科書がないようで」

「は?」


 一瞬、言っている意味が理解できなかった。学校に来て教科書がない。義務教育を終えた人間が陥る状況としては、あまりに前衛的すぎる。怪訝な目を彼女の鞄に向けると、中身は驚くほどスカスカだった。


「なんでないんだよ」

「いつもは使用人の方が準備してくれていたのです。その、ですので……私自身で準備をするということを、失念しておりました」


 こいつは筋金入りだ、と俺は天を仰ぎたくなった。教科書の準備すらアウトソーシングされていたのか。これではもはや、彼女が椅子を運べなかったことすら些細な問題に思えてくる。


「……はぁ。わかった。貸してやるから、こっち寄れ」

「あ、ありがとうございます」


 俺は自分の机を、彼女のそれへと密着させた。ガタ、と硬質な音が響く。教科書を二人のちょうど真ん中に置き、無言でページを開いた。


「……」


 隣から伝わってくる体温が、やけに熱く感じられる。意識しないようにすればするほど、視界の端に映る長い睫毛や、教科書を覗き込む空色の瞳が強調されてしまう。

 これでは授業の内容など、右から左へ抜けていくに決まっている。


(……これ、さっきより視線が痛くないか?)


 おそるおそる教室を見渡せば、案の定だった。男子連中からの視線は、もはや「嫉妬」を通り越して「呪詛」に近いものへと進化している。

 

 繋の言った通り、まさに自分が防波堤になっているのを実感するが、その堤防が今にも決壊しそうなほど、彼らの視線は鋭かった。


 対する隣の「火種」はといえば、周囲の殺気など露ほども感じていないらしい。


「浅香さん。ここの、この一文なのですが……」

「……ああ。そこは前のページで説明してた公式の応用だよ」

「左様でございますか。……ふふ、浅香さんは教え方がお上手なのですね」


 小声で応じると、彼女は花が綻ぶような笑みを浮かべた。揺れる卵色の髪が、窓からの光を反射して眩しい。


 悪気がないのは明白だが、その無自覚な攻撃力が一番厄介だと思った。彼女が微笑むたびに、背後で誰かの「ぐぬぬ」という歯噛みする音が聞こえる気がして、俺は胃がキリキリと痛むのを覚えた。


 育ちが良いのは結構だが、もう少し危機感というものを持ってほしい。彼女にとっての「普通」が、この学校ではどれほど異質で、そして俺の立場を危うくしているか。彼女はおそらく、一ミリも理解していないのだろう。


「あの、浅香さん。もしよろしければ、放課後に少しだけお時間をいただけないでしょうか?」


 不意に投げかけられた言葉に、心臓が跳ねるのを感じた。嫌な予感しかしない。ここで頷けば、さらに面倒な事態に巻き込まれるのは火を見るより明らかだろう。


「……何の用だよ」

「実は、その……。帰り道の案内をお願いしたくて。私、このあたりに参るのは初めてで、迷子になってしまいそうなのです」


 困ったように眉を下げてこちらを見上げてくる姿は、どこか捨てられた仔犬を彷彿とさせた。お嬢様らしく、常に誰かに導かれるのが当たり前の人生だったのだろうか。断るべきだ。繋にでも押し付ければいい。


 そう思った。思ったはずなのに。


「……今日だけだぞ」


 口から出たのは、自分の思考とは裏腹な承諾の言葉だった。


 彼女はパッと表情を輝かせ、「ありがとうございます!」と嬉しそうに頷いた。その拍子に、またふわりと甘い花の香りが鼻をくすぐり、俺は逃げるように教科書へと視線を落とした。


 やれやれ、と心の中で悪態をつく。

 どうやら俺の「平穏な学校生活」の墓標は、思っていたよりもずっと立派なものになりそうだった。


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