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【悲報】都会からの美少女転校生、お嬢様すぎて一人で何もできない(旧)  作者: aria


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001 美少女過ぎる転校生

 浅香(あさか)燈真(とうま)は、とにかく面倒事が嫌いだ。


 無駄に体力を削る真似はしたくないし、ましてや人間関係の摩擦に巻き込まれるなんてのは、想像するだけで胃が重くなる。

 できることなら壁のシミにでもなって、平穏無事に卒業までをやり過ごしたい。それが燈真の本音だった。


 だが、そんなささやかな平穏は、始業式早々にあっけなく崩れ去ることを予感させられた。理由は、自分の隣に置かれた見慣れない「空席」だ。


 夏休み前には影も形もなかったはずの椅子が、今は当然のような顔をして鎮座している。となれば、考えられるパターンは一つしかない。


 今日、このクラスに転校生がやってくる。それも運の悪いことに、俺の隣に、だ。


 教室の連中も同じことを考えているのだろう。あちこちで視線が空席に集まり、期待を隠しきれないようなざわつきが広がっている。


 お気楽なものだ、と毒づきたくなった。俺にとっては、平穏を乱す火種が勝手に転がり込んできたようにしか感じられない。


 そんな喧噪を断ち切るように、ガラガラと教室の扉が開かれた。


「みんな、おはよう!」


 鼓膜に刺さるような元気な声。現れたのは、担任の朝比奈(あさひな)陽菜(ひな)だ。二十代前半という若さと、アイドルを彷彿とさせる愛らしいルックス。

 そのせいで、彼女は生徒から「陽菜ちゃん」などと呼ばれて絶大な人気を誇っている。


 校内で彼女に告白する無謀な輩が後を絶たないという噂も、あながち誇張ではないのだろう。


「陽菜ちゃん、おっはー!」

「先生、夏休み何してたの?」


 周囲の連中が、ここぞとばかりに馴れ馴れしい声を飛ばす。そんなやり取りを、俺はただ冷めた心地で眺めていた。


 少し年の離れた姉に甘えるような、あの特有の浮ついた空気がどうにも苦手なのだ。


「はいはい、おはよう。今日から新学期だよ。休み明けで憂鬱だろうけど、気合入れて切り替えていこー!」


 景気よく手を叩く朝比奈先生。その際、彼女の視線がまっすぐに俺を射抜いた気がした。


 そして、ほんの一瞬。彼女は俺に対してだけ、何かを企んでいるような不敵な笑みを浮かべた――ように見えた。


(……嫌な予感しかしない)


 その直感は、十中八九当たるだろう。彼女がこういう顔をする時、俺にろくなことが起きた試しがないからだ。


「……てことで早速ですが、重大発表がありますっ!!」


 朝比奈先生が声を一段と張り上げると、教室内には期待と緊張が混ざり合ったような空気が一気に充満した。声を揃えて驚くクラスメイトたち。

 そんな反応を楽しむように、彼女は思わせぶりに人差し指を立てる。


「ええ。もう、このクラスに新しい席があることは気づいているわよね。つまり……?」

「「転校生ですか!?」」


 もはや予定調和ともいえる合唱が響く。だが、朝比奈先生の視線は依然として俺を捉えたままだ。その瞳の奥にある悪戯っぽい光を見るにつけ、俺の嫌な予感は加速度的に膨らんでいく。


「そう。……いいですよ、入ってきてくださいっ!」


 教室の扉が開き、一人の少女が音もなく踏み込んできた。


「初めまして。私立鳳凰ヶ丘(ほうほうがおか)学園から参りました、箱入(はこいり)歌凛(かりん)と申します。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」


 凛とした、しかしどこか浮世離れした声。箱入歌凛と名乗ったその少女は、名門お嬢様学校として知られる鳳凰ヶ丘の制服を纏い、場違いなほどの気品を振りまいている。


(……なんだ、あれ)


 俺は思わず息を呑んだ。


 陽光を溶かし込んだような、艶やかな卵色の髪。そして、吸い込まれそうなほど澄んだ空色の瞳。それらが整いすぎた造作に収まっている様は、まるで名巧が魂を込めて彫り上げたビスクドールのようだった。


 クラス中が、その圧倒的な「深窓の令嬢」オーラに呑まれたように静まり返る。


 女子たちはその美しさに呆然とし、男子たちは雷に打たれたように固まっていた。これほどまでの美少女が、この田舎の公立校に転校してきたという事実だけで、教室の酸素濃度が薄くなったような錯覚すら覚える。


「……という事です。みんな仲良くしてくださいね」


 朝比奈先生が満足げに頷く。そして、いよいよ死刑宣告の仕上げにかかった。


「席ですが……。あそこの空席が箱入さんの席になります。分からないことがあれば、隣にいる浅香くんにどんどん質問してください。浅香くん、よろしくねっ!」


 向けられたのは、確信犯的なウインクだ。やはり最初から俺をターゲットにしていたらしい。

 

 その瞬間、クラスの男子たちの視線が、殺意にも似た嫉妬へと変わるのが分かった。隣に座るだけでこれだ。これからの生活が、平穏とは程遠い「戦場」になることを確信し、俺は生返事をするのが精一杯だった。


「……浅香さん。よろしくお願いいたします」


 隣にやってきた箱入さんが、深々とお辞儀をする。間近で見ると、その肌は透き通るように白く、浮世離れした美しさがより一層際立って見えた。


「お、おう。よろしく」


(……勘弁してくれ。これじゃ壁のシミになるどころか、スポットライトを浴びてるようなもんだろ)


 それからすぐに移動の号令がかかり、クラスメイトたちが一斉にガタガタと椅子を引きずり始めた。だが、隣の少女は困惑したように周囲を見渡している。


「……浅香さん。皆様、一斉に自分の座っていた椅子を持ち上げて、どこかへ運ぼうとしています。……これは、なにかの訓練なのですか?」


 真剣な眼差しで、突拍子もないことを訊いてくる。その瞳には、微塵の冗談も混じっていないようだった。


「ただの移動だよ。始業式は自分の椅子を持っていくんだ。ほら、箱入さんも持って」

「私が、自ら。家具を運搬するのですか? 浅香さん……。私、自分の椅子を持ち上げるという経験が、今までの人生で一度もありません」


 俺は絶句した。家具の運搬、という言葉選びからも彼女の育ちの良さが透けて見える。


「……そうなのか。ほら、そんなに重くないから。この端の部分をこう持って」

「うぅ……。浅香さん。この椅子、とても重いのです……」


 ひょろひょろと力なく椅子にしがみつく彼女の様子を見るに、演技で言っているようには見えなかった。このまま任せていては、始業式が終わるまでに椅子と一緒に彼女が倒れかねない。


「まじかよ……。しょうがない、代わりに俺が椅子を持っていくから、先に廊下の列に並んでくれ」

「申し訳ありません、お手を煩わせてしまい……」

「別にいいよ、気にしないでくれ」


 深く頭を下げる彼女を廊下へ促し、俺は二脚の椅子を両手に抱えた。


 卵色の長い髪を揺らして、たどたどしく列に並ぼうとする彼女の背中を見送りながら、俺は深い、深い溜息をつく。


 美少女すぎる隣人と、面白がる担任。俺の平穏なスクールライフは、新学期初日の、わずか数分で無残に砕け散ったのであった。

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