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文化祭の君  作者: 獅堂最
after story 『浴衣の君』
55/57

第5話 『熱』

 *****


(浴衣、着崩れてないよね……)


 菫は白地にスミレの花が咲く自らの浴衣を、ちらりと見下ろした。


 この浴衣は、親友の凜と一緒に布を選び、手芸部布もの班のエースだった彼女が、菫のために手ずから縫い上げてくれた、一点物だ。


 二人が身に着けた帯留めや根付、そして簪などの小物類は、菫自身がレジンクラフトで作った、こちらも自信作。


 菫はスミレ、凜は黒猫。


 中学一年のときに決めた二人のモチーフは、ずっと変わらない。

 どちらもこれまで五年間で一番たくさん作ってきた、得意の柄だ。


 それを、現役社会人コスプレイヤーである凜の姉が、着付けとヘアメイクまで完璧に仕上げてくれた。

 さらに、移動中の人混みに揉まれないようにと、凜の兄が会場まで車で送ってくれた。


 駒野家三兄弟が、自信を持って送り出してくれた菫の浴衣姿に、問題はまったく見当たらない。


(とすると、やっぱり……私かな)


 菫は前を行く誠也の顔を、こっそりと見上げる。

 先ほどから彼はずっと、まっすぐに前を見据えたままだ。

 しっかりと繋がれた右手以外に、その気持ちは見えない。


(浴衣、似合ってないのかなぁ……。それか、スミレは春の花だし、やっぱり、ハナショウブにするべきだった?)


 季節外れとも言える柄の生地を、菫のためにわざわざ探しだしてくれた親友の努力を、後悔したくなんてない。

 それでも、どうしても不安が頭をもたげてしまって、菫は暮れなずむ祭りの景色に目をやる。周囲を行き交うのは、鮮やかな装いの人たち。

 屋台の提灯が放つあたたかい光に照らされたその姿は、どれも幸せそうに輝いている。


「あの、せんぱい……あ!」


 意を決した菫が、かすれそうな声で呼びかけた、その時。

 小石に躓き、慣れない下駄を履いたその足元が揺らぐ。


「おっと」


 しかし、繋いでいた誠也の左手が、菫をしっかりと支えてくれる。


「ご、ごめんなさい」

「いや……足元不安定だし、腕捕まるか?」


 菫はぱっと誠也を見上げる。


「いいんですか?」

「おぅ」


 左腕をすっと差し出す誠也。

 そんな彼の穏やかな顔が見えて、菫はほっと息をつく。

 そして、遠慮がちに、でも嬉しそうに、誠也の黒いTシャツの左袖にそっと指をかける。


「先輩の腕、がっしりしていて、なんか安心します」


 照れながらも、はにかんで見上げる菫の顔から、誠也はすっと視線を逸らす。


 その時――


 どん!


 菫の左半身に強い衝撃が走るとともに、彼女の下駄が地面を滑り、視界がぐらりと傾ぐ。


「菫!」

「あ、やべ!ごめんなさーい」


 慌てたように走り去っていく男の子の声を遠くに聞きながら、気づいた時には力強い腕に引き寄せられていた。

 菫の視界は、黒一色に覆われる。

 そして、熱いぬくもりと香りに、包まれていることを知る。


「びっ……くりした……」

「ったく、危ないな……菫、大丈夫か?」


 菫の前ではいつも穏やかな彼には珍しく、鋭い舌打ちを漏らしてから、誠也は自らの腕のなかで俯いている彼女を見下ろす。


「菫?どっか痛めた?」

「や……大丈夫です。先輩が支えてくれたから。でも今ちょっとたぶん顔が……」

「顔が?」


 心配そうに覗き込もうとする彼の気配を感じ、菫は慌てて声を上げる。


「み、見ないでください!たぶん顔が、大変なことになってるから……」


 うつむいたままで告げた菫の耳は、眩しいまでに真っ赤だ。


「……。わかった」


 そう言うと、誠也は菫を抱き込んだ左腕に、さらにぐっと力を入れる。

 菫は、その力強さと、のぼせそうなくらいの熱に、一瞬びくりと揺れる。


「こんなとこ、誰かに見られたら……!」

「知り合いなんかいないし、誰も見てねぇよ」


 誠也は、ぶっきらぼうに答える。

 しばし固まっていた菫だったが、彼の色濃い気配に包まれる安心感に、やがてふっと力を抜くと、コツンと額を肩に預けたのだった。


 *****

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