第5話 『熱』
*****
(浴衣、着崩れてないよね……)
菫は白地にスミレの花が咲く自らの浴衣を、ちらりと見下ろした。
この浴衣は、親友の凜と一緒に布を選び、手芸部布もの班のエースだった彼女が、菫のために手ずから縫い上げてくれた、一点物だ。
二人が身に着けた帯留めや根付、そして簪などの小物類は、菫自身がレジンクラフトで作った、こちらも自信作。
菫はスミレ、凜は黒猫。
中学一年のときに決めた二人のモチーフは、ずっと変わらない。
どちらもこれまで五年間で一番たくさん作ってきた、得意の柄だ。
それを、現役社会人コスプレイヤーである凜の姉が、着付けとヘアメイクまで完璧に仕上げてくれた。
さらに、移動中の人混みに揉まれないようにと、凜の兄が会場まで車で送ってくれた。
駒野家三兄弟が、自信を持って送り出してくれた菫の浴衣姿に、問題はまったく見当たらない。
(とすると、やっぱり……私かな)
菫は前を行く誠也の顔を、こっそりと見上げる。
先ほどから彼はずっと、まっすぐに前を見据えたままだ。
しっかりと繋がれた右手以外に、その気持ちは見えない。
(浴衣、似合ってないのかなぁ……。それか、スミレは春の花だし、やっぱり、ハナショウブにするべきだった?)
季節外れとも言える柄の生地を、菫のためにわざわざ探しだしてくれた親友の努力を、後悔したくなんてない。
それでも、どうしても不安が頭をもたげてしまって、菫は暮れなずむ祭りの景色に目をやる。周囲を行き交うのは、鮮やかな装いの人たち。
屋台の提灯が放つあたたかい光に照らされたその姿は、どれも幸せそうに輝いている。
「あの、せんぱい……あ!」
意を決した菫が、かすれそうな声で呼びかけた、その時。
小石に躓き、慣れない下駄を履いたその足元が揺らぐ。
「おっと」
しかし、繋いでいた誠也の左手が、菫をしっかりと支えてくれる。
「ご、ごめんなさい」
「いや……足元不安定だし、腕捕まるか?」
菫はぱっと誠也を見上げる。
「いいんですか?」
「おぅ」
左腕をすっと差し出す誠也。
そんな彼の穏やかな顔が見えて、菫はほっと息をつく。
そして、遠慮がちに、でも嬉しそうに、誠也の黒いTシャツの左袖にそっと指をかける。
「先輩の腕、がっしりしていて、なんか安心します」
照れながらも、はにかんで見上げる菫の顔から、誠也はすっと視線を逸らす。
その時――
どん!
菫の左半身に強い衝撃が走るとともに、彼女の下駄が地面を滑り、視界がぐらりと傾ぐ。
「菫!」
「あ、やべ!ごめんなさーい」
慌てたように走り去っていく男の子の声を遠くに聞きながら、気づいた時には力強い腕に引き寄せられていた。
菫の視界は、黒一色に覆われる。
そして、熱いぬくもりと香りに、包まれていることを知る。
「びっ……くりした……」
「ったく、危ないな……菫、大丈夫か?」
菫の前ではいつも穏やかな彼には珍しく、鋭い舌打ちを漏らしてから、誠也は自らの腕のなかで俯いている彼女を見下ろす。
「菫?どっか痛めた?」
「や……大丈夫です。先輩が支えてくれたから。でも今ちょっとたぶん顔が……」
「顔が?」
心配そうに覗き込もうとする彼の気配を感じ、菫は慌てて声を上げる。
「み、見ないでください!たぶん顔が、大変なことになってるから……」
うつむいたままで告げた菫の耳は、眩しいまでに真っ赤だ。
「……。わかった」
そう言うと、誠也は菫を抱き込んだ左腕に、さらにぐっと力を入れる。
菫は、その力強さと、のぼせそうなくらいの熱に、一瞬びくりと揺れる。
「こんなとこ、誰かに見られたら……!」
「知り合いなんかいないし、誰も見てねぇよ」
誠也は、ぶっきらぼうに答える。
しばし固まっていた菫だったが、彼の色濃い気配に包まれる安心感に、やがてふっと力を抜くと、コツンと額を肩に預けたのだった。
*****




