第16話 『捕獲と救済』
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「そういうわけだから、どうか君の力を貸してくれないか」
両手をそろえて、直角に近いくらい深く頭を下げた先輩の頭を、詩郎は困惑顔で見下ろした。
高校女子部二年の、菊田麻美と名乗ったその先輩は、図書委員であると同時に、演劇部の女子部長だと言う。そして、彼女は最初に宣言した通りの5分間を目一杯に使い、演劇部の窮状を詩郎に切々と訴えた。
曰く、演劇部は毎年十一月の文化祭公演に、その活動の大部分を注力していること。
曰く、昨年までは毎年、部員の一人が書いたオリジナル脚本を元に公演をしていたこと。
曰く、今年はその生徒が引退してしまい、脚本を書ける者がいなくなってしまったこと。
曰く、文芸部に脚本を書いてほしいと依頼したが、男女ともにすげなく断られてしまったこと。
曰く、そんなときに図書館でひとり、物語を書いていた詩郎と出会えたのは、天恵に違いない、と。
(勝手なことを、言わないで欲しいんだけど……)
詩郎が書いている文章など、技術の欠片もない、趣味の産物だ。ド素人が手慰みに書き散らかしてるものに、天の意思なんて働くはずがない。
そもそも詩郎は根っからの理系で、自分でもお世辞にも文章がうまいとは思っていない。ただ、家庭環境的に家に帰っても居場所がないため、放課後に学校で時間を潰す手段として、物語を選んだに過ぎない。
「俺、脚本の書き方なんて、知らないです……」
「大丈夫!小説とは違って脚本はあくまでも素材だから、文章の巧拙は関係ないんだ。むしろ、私たち演者が好き勝手にアレンジしてしまうから、文芸部に嫌がられているという面もある」
「俺には、無理ですよ」
「そこをなんとか!私たちを助けると思って!サポートは惜しまないし、テーマなんかも好きにしてくれていい」
詩郎がうんと言うまで、梃子でも頭を上げるつもりがないことがありありとわかる様子で、先輩は頭を下げ続けている。
幼い頃から、家族を含めた周囲と距離があった詩郎には、こういうときにどうすれば良いのか、皆目見当もつかない。
「あの……図書館、閉まるんじゃないですか」
「その通りだよ。だから、早く良い返事をくれないだろうか」
頭は低いのに、神経は図太いらしい。
「その、俺は、自信ないです……」
「それでも構わない。まずは試しに書いてみてほしい。それを皆で読んで、無理だと思ったらちゃんとそう言う。でも、さっき読ませてもらった君の物語の感じなら、きっとうまくいくと思う」
「あんなちょっと見でそんなことわかるわけ……」
「速読は私の数ある特技のひとつなんだ」
そんなことを言われても、詩郎からすればほんの5分前に初めて出会った先輩が、自分の何をそんなに気に入ったのか、さっぱりわからない。
(それだけ、藁にも縋る思いってことかな……)
先輩の勢いに絆されかけている、お人好しな自分に呆れながらも、結局詩郎はその強引な先輩の要求を、受け入れてしまったのだった。
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