第13話 『作戦その二、間合いと爪研ぎ』
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(今日も、平和だ……)
日の当たる窓際で、パイプ椅子に座りながら、詩郎はこっそりとあくびを噛み殺した。
「――お前に俺様の何がわかる!この薄汚い魔女風情が!」
「はっ!その薄汚い魔女に、まんまと呪いをかけられたのは、どこのどいつだい?お・う・じ・さ・ま?」
「やめて……私の夢の中で喧嘩しないで。私はここでおとなしく寝てるから、そっとしておいて……」
「あんたは、寝ていたいのか起きたいのか、どっちなんだい?はっきりしないねぇ、まったく」
呆れたように『魔女』が言ったところで、彼女は菊田先輩の顔に戻って、パンと手を叩く。
「……今の姫の台詞、ちょっと弱すぎないかな?それだとただ気弱なだけな感じがする。もうちょっと卑屈さを前面に出すか、いっそちょっとヒステリックにしてコメディに振るか、どっちがいいかな?」
「わかりました。私はどっちもいけますけど、流れとしてはコメディに振ったほうが、映えますかね?」
「それなら野獣も、もう少しコミカルな動きを足すかな」
「うん、それで行ってみよう」
部屋の向こう側では、演者たちの立ち稽古が白熱中だ。
脚本を書いた詩郎は、名目上監督兼演出ということになっているが、実際のところ演劇に関する経験値は皆無、ずぶの素人だ。役者たちが自ら創意工夫をする様子に、おいそれと口を出せる気はしない。
結果、こうして彼らの役者魂がぶつかり合う様子を、静かに眺めているというのが、ここ最近の詩郎の日常だ。
(ほんとに、平和)
詩郎は傍らに置かれたもう一脚のパイプ椅子に、ちらりと目をやった。そこに、ちょこんと座っている詩郎の『相棒』は、黄色いガラスビーズの大きな瞳を、射し込む太陽光でキラキラと輝かせながら、沈黙している。
魔女の使い魔として紹介されたこの黒猫の飼い主は、ここ数日演劇部にはほとんど顔を出していない。少し見かけたとしても、制作途中の衣装を役者に当てて長さを測ったり、工芸部が持ち込んだ舞台装置を確認するくらいで、またすぐにいなくなってしまう。
(衣装作り、順調かな)
目が合えば相変わらずの眩しい笑顔を向けてくれるが、会話らしい会話はしばらくしていない。
強気な態度と気遣いの高低差に振り回されるのは、いつまでも慣れないと思っていた。
それなのに今、胸をざわつかせるこの落ち着かなさは、一体なんなんだろう。
正弦定理よりも難解なこの問いは、詩郎には到底答えられる気がしなかった。
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