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文化祭の君  作者: 獅童最
side 駒野凜 『凜と花咲き、君思ふ』
36/43

第11話 『黒猫の読解と捕捉』

 *****


 駒野凜は、幼い頃から周りをよく見ている子だった。


 共働きの両親と、年の離れた兄姉から、あふれんばかりの愛情と、ほどほどの厳しさを与えられて育った彼女は、周囲の人が大好きだった。

 彼らを観察して、理解して、求めているものや言葉を渡す。そうすると、よりたくさんの愛情に変わって、彼女のもとに返ってくる。

 そんな人との関わり方が、凜にとっての日常だった。


 長じるにつれて、やみくもに他人を暴くだけでは、喜ばれないこともあると学んだ彼女は、ちょうどいい人との間合いの取り方も、徐々に覚えていった。

 同時に、姉が打ち込むコスプレの世界など、創作上のキャラクターであれば、どれほど深読みしても大丈夫ということも理解し、のめり込んでいった。


 高校生になった今では、他者を理解したい欲は、趣味の世界に捧げている。

 一方対人関係では、ほどよく空気を読んで適切な間合いを保つ『愛されキャラとしての駒野凜』が、すっかり確立してきた。


 そんな性格と、両親から受け継いだ愛嬌のある容姿も相まって、男女別学かつ恋愛禁止の青葉学園においても、凜はなかなかにモテる方だ。

 それを分かったうえで、佐々木くんのような思春期の淡い眼差しなどは当たり障りなくかわしながら、楽しく生きてきた。


 大事な家族と無二の親友、そして打ち込める趣味。そんな素敵なもので満たされた凜の世界には、恋愛事などは必要ない。

 心からそう思っていた。


 ――それなのに。


 演劇部の部室を、廊下側の窓からこっそり覗き込んだ凜は、慌てて廊下の壁裏に隠れた。


 今見てしまった一瞬の光景からでも、凜は多くを理解する。


(みなみ姫と詩郎くん、良い雰囲気だな)


 会話の内容は聞こえないが、いつもの巨大猫を脱ぎ捨てたみなみの表情には、詩郎に対する興味と関心がありありと浮かんでいた。


(でもみなみ姫のは、《《まだ》》恋じゃない)


 みなみのなかでの『一番』は、常に彼女自身で、だからこそ彼女は、舞台の上で誰よりも輝くのだ。


(問題は、詩郎くん)


 みなみにからかわれて顔を赤らめてはいるものの、凜の前にいるときとは違う、ちょっとだけ力が抜けた表情をしている。


(私の前にいる詩郎くんは、だいたいいつも、困っている)


 理由は明白だ。詩郎相手には、凜が長年培ったはずの間合いが、うまく取れない。気付いたときにはもう、うっかり踏み込みすぎている。そうしてまた、詩郎を困らせる。


(だって大好きなものを目の前に見せられたら、誰だって咄嗟に手が伸びる)


 凜は人とその感情を読み解く子だ。そしてそれは、自分自身に対しても、割とそうだ。


 だから、理解してしまう。


(みなみ姫と詩郎くんが良い雰囲気なのが、羨ましい)


 胸にわだかまるもやもやとした感情。これはたぶん、嫉妬というやつなのだろう。


(私、詩郎くんが欲しいんだ)


 初めての感情に、胸がざわつく。


 ままならない。

 うまくいかない。


 でも、欲しい。


 ――それが、恋。


 凜は今、たぶん生まれて初めて、満たされない経験をしている。


(面白いな)


 凜は静かに目を細めると、獲物を狙うハンターのように、ちろりと舌で唇を湿らせてから、いつもどおりの全力の笑顔で、部室の扉を開けたのだった。


 *****

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