第10話 『開花と紅葉』
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「やっぱり、磁石は5個ね」
「うん、私もそう思う。あと、中央の合わせのところ、もう一枚重ねて補強する。そうすれば、布が歪む心配も、ほとんどないと思う。磁石もくるんで、ずれないように縫い込んじゃうわ……みなみ姫、重さ大丈夫?」
「私は、余裕よ」
今日は二年生たちは、修学旅行の説明会とのことでホームルームが長引いており、まだ来ていない。ほかの演劇部員たちも、別室でそれぞれ道具類の製作や個人練習に出払っているため、広い演劇部の部室には、凜たち一年生幹部の三人しかいない。
ガランとした部室に、オーロラ姫役のみなみが着ている仮縫いスカートのかすかな衣擦れと、磁石が引き合い、くっつくときの軽やかな音だけが響いている。
女子二人がスカートの裾に取り付けたリボンを引いて、何度も開いて閉じてを繰り返す。その様子を、詩郎は少し離れたところから真剣な目で見つめている。
開いたオーバースカートの中から、チュールと呼ばれる薄布が出てくる様子は、凜の主張通り、硬い殻を被ったつぼみが、春の日差しを受けて開くようで、とても華やかだ。
「上のチュニックは引き剥して取り払っちゃうから良いとして、万が一スカートが閉じちゃったりしたら、大惨事だよね?姫がまた眠りについちゃう」
冗談めかして凜が言うが、確かに舞台上でそれは、絶対に避けたい事態だ。
「これ、黒子役に後ろでリボンを結んでもらえば?」
「それもありだけど、まだこのあとクライマックスシーンもあるから、解けたり見た目が崩れたりしたら、やだよねぇ」
「それならいっそ、後ろも分割式にして、背景パネルの裏に巻き取れば?」
「詩郎くん天才!それで行こ」
身を乗り出しながら目を輝かせて言う凜は、相変わらず今日も全力で楽しそうだ。
「天才って、こんなことくらいでまた大げさな……」
詩郎が眼鏡のふちを指先で押し上げながら顔を隠すが、その耳はほんのりと赤い。
「私!ちょっと工作室の佐々木くんに、仕様変更伝えてくる!」
凜が元気よく挙手をしてから、パタパタと部屋を出ていく。
「あらま、本当に思い立ったら一直線ね」
「……なんか、子どもみたいだよね」
残された二人は、やや呆れ気味に顔を見合わせる。
「コマリンってば、おもちゃに夢中な子猫みたい。あのふわふわの髪の毛も、ちょこちょこ素早く動く感じも、猫っぽいしねぇ。可愛くて、目が離せない。ちょっと嫉妬するわ」
「……意外。守口さんでも、そんなこと思うんだ?」
「あら、役者なんて多かれ少なかれそんなものじゃない?『私を見て』『私を好きになって』『私に夢中になって』っていう気持ちで舞台に立ってる人ばかりだと思うけど」
「そうなのか……」
女子という生き物は、本当に奥が深くて、不可解だ。
詩郎が溜息とともに視線を彷徨わせると、開いたまま置きっぱなしになっていたパイプ椅子が、目についた。
「とりあえず、座る?」
「ああ、ありがとう。このドレス、二重なだけあって、重いのよねぇ」
「……さっき、余裕って言ってなかった?」
「当たり前じゃないの。どんなにしんどくても涼しい顔をして立ってるのが、女優ってもんでしょ……まぁ、コマリンにはバレてたみたいだけど」
勧められた椅子に、みなみはスカートの裾を調えながらふわりと座る。
「あの子のあの目、怖いでしょ。どんなに仮面を被っていても、すぐ見抜くの。役者からしたら、天敵みたいなものよ。ま、味方にしとけば心強いけど」
「駒野さんのあれは、やっぱり女子的にも、普通じゃない?」
「そりゃそうよ。今回の脚本だってそう。最初はちょっと根暗でかわいそうな姫役で、夢から覚めたらハッピーエンド、なんてシンプルに構えていたら、あの解釈でしょ?難しいったらないわ」
「……なんか、ごめん。大丈夫?」
気遣うように伺う詩郎に、みなみは即答で切り返す。
「大丈夫に決まってるじゃない!難しい役の方が、断然燃えるわ。ただ美人なだけで、王子さまが救いに来るのをおとなしく寝て待つだなんて、ホントつまらないって思ってたんだから。今のオーロラ姫のほうが、演じていて楽しいわ」
「そういうもの?」
「そういうものよ。それに私、彼女の解釈聞いて、やっと姫のことが理解できた気がしたの。自己評価の低さは、高いプライドの裏返しだなんて、思ってもみなかった。わざわざ自分を低く評価するなんて、バカらしいとしか思えなかったもの」
先輩たちがいない場では、みなみは意外とよくしゃべる。普段の彼女は、なかなかに大きな猫を被っているようだ。
「でも彼女、全部見抜いてるように見えるけど、本当に暴いてほしくないところには、絶対に踏み込んで来ないの。悔しいくらいのバランス感覚よね」
「そうなんだ……」
経験値の少ない詩郎には、よくわからない。よって、曖昧に相づちを打つしかない。
「まぁ、それだけ自然にやってるのよね。天然なのか、計算なのかもわからないくらい。だから、憎めない」
みなみは華奢な指先で口元を隠すようにして、溜息をつく。そんな彼女の様子を、詩郎はぼんやりと見つめる。
「ザッキーも、そうでしょ?あれだけ脚本に踏み込まれても、うっかり受け入れちゃってるように見えるけど?」
「そう……そうかも……」
「ま、気をつけなさい。気付いたらあなたも、丸裸にされちゃうから」
つややかな唇を綺麗な円弧に引き上げて、みなみはちらりと詩郎を見上げた。
「丸裸って……」
美人の口から聞くにはなかなかに刺激的な言葉に、詩郎はわかりやすく顔を赤らめて狼狽える。
「ザッキーも、意外と面白いわよね。コマリンが好き好き言う理由、ちょっと分かったかも」
くすくすと笑うみなみに、詩郎はより一層顔を赤らめる。
「だから、それは俺の脚本のことで、しかもあれは駒野さんの独自解釈で……」
「独自解釈ね。まぁ、そういうことにしておきますか」
本格的に楽しそうに笑うみなみと、秋の紅葉のように染まった詩郎を、傾きかけた初秋の日差しが、優しく照らしていた。
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