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文化祭の君  作者: 獅童最
side 駒野凜 『凜と花咲き、君思ふ』
34/42

第9話 『創る人たち』

 *****


 自動販売機が設置された男子食堂は、共用棟と男子部校舎のちょうど境にある。一応、そこまではギリギリ共用エリア扱いとして、必要に応じた女子の立ち入りが可能だ。


「でもやっぱり、男子食堂に女子一人では入りづらいから、一緒に来てもらえて助かっちゃった」


 弾むような口調と足取りでそう言った凜は、いつも通りご機嫌だ。


(なにがそんなに、楽しいのかな……)


 凜みたいな女子が、自分なんかと一緒にいて楽しいことなどあるのか。


 詩郎からすれば、女子なんてものは、心底摩訶不思議だ。

 中学まで共学だったとはいえ、クラスの中でも常に隅っこで、空気のように目立たない存在だった詩郎は、女子との交流など皆無に等しかった。女きょうだいもいない詩郎の持つ『女子』という存在への知識など、好んで読んでいた本や漫画由来の、恐らく相当に偏ったものしかない。


「そうだ、詩郎くんって猫好き?」


 ――そして、どうやら女子の話題は脈絡もなくあちこちに飛ぶという小説知識は、誇張ではなく真実だったようだ。


「……まぁ、嫌いでは、ないかな」

「ほんと?良かった。あのね、魔女の使い魔として、定番だけど黒猫を配置しようかなって。私も猫好きだから、黒猫のぬいぐるみならいっぱい作って持ってるし、今度良さそうなの持ってくるね」


 詩郎が口にした『嫌いじゃない』が、いつの間にか『好き』に変換されていることを含めて、今の凜の発言にはツッコみたい箇所がありすぎる。ありすぎて、どこからツッコんだものか迷わしいくらいだ。


「……ぬいぐるみって、自分で作るものなの?あと、使い魔とかは、演劇部の小道具チームが用意するんだと思ってたけど」

「まぁ、ほとんどの小道具はそうだよ。私も他人の領域をいたずらに侵したくはないし。でも、魔女の相棒だけは、絶対黒猫が良いなって思って。そして私は、黒猫には並々ならぬこだわりがあるのですよ!」

「そうなの?」

「そうなの!手芸部の友達と一緒に、自分の作品には基本的に、サイン代わりにオリジナルのモチーフを入れようって決めてて。私の場合は、モチーフが黒猫なの。ほら、このハンカチの猫も、私が刺したんだよ」


 凜がポケットから取り出した薄紫色のタオルタイプのハンカチには、黄色い瞳が特徴的な、黒猫が刺繍されている。そしてその刺繍は、売り物だと言われても何ら違和感がないほど、整っていてかわいらしい。


「え、これ、駒野さんが作ったの?」

「あ、さすがにベースのハンカチは市販品だよ?でも、黒猫は私!かわいいでしょ?」


 言われてみれば、凜がにっしし、と歯を見せて笑う様子は、おとぎ話に出てくる猫そっくりだ。


「……すごい」


 思わず感心して呟いた詩郎に、凜はその笑みをより深くする。


「私にも、特技ってものがあるんだよ。姉が昔から結構筋金入りのコスプレイヤーなんだけど、私も小学校の頃から衣装作るの手伝ってて、針から刺繍からミシンまで、布と糸使うものはだいたいできるよ!だから、今回の衣装づくりも、期待してくれて良いからね!あ、コスプレってわかる?」

「……わかる」

「良かった!じゃあ、伝わったかな」

「普通にすごいと思う。あと、駒野さんは得意なこと、たくさんありそうだけど」


(……人付き合いとか)


「んー、布と糸以外は、そうでもないかなぁ。そもそも私、オリジナルのデザインってあんまり得意じゃなくて。でもね、コスプレとか、演劇衣装みたいに、誰かが創り出したものを、大切に読み解いてカタチにするのは、すごい好き」

「そういうもの?」

「そういうもの!でもって、自分オリジナルの世界を作れる人、本当に尊敬する!だから、詩郎くんのほうが、何倍もすごいよ!」


 凜が、媚びるでもおだてるでもなく、心の底から思っているみたいに、真っ直ぐな笑顔でそんなことを言うものだから、詩郎は反応が一拍遅れてしまう。


「……俺のは、そんなもんじゃないよ」

「そんなものだよ!でも、さっき言った手芸部の友達もそうだけど、やっぱり本物の『創る人』って、無自覚な人が多いのかなー。天才ってやつ?」

「ちょ……本当に、やめてよ」


 共用棟から、男子食堂に向けて渡り廊下を歩いている今、なんだか急に気温が真夏に逆戻りしたかのように感じて、詩郎は汗を流しながら必死に視線を逸らす。

 そんな詩郎の様子を、またにっししと楽しげに笑って眺めながら、凜は歌うように言葉を重ねる。


「まぁ、本人がどう思ってようと、私は好きってことだから、良いよね」


(本当に、勘弁して……)


 そう願った詩郎の思いが届いたのか、やっとたどり着いて開け放った、ドアの向こう。自販機が並ぶ男子食堂から、クーラーの冷えた空気が漂ってきたことに、詩郎は心の底からホッとした。


 *****

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