第3話 『木陰の避難所』
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「……逃げられた」
ぽかんとした顔でつぶやいた後で、凜は慌てて他のメンバーを振り返る。
「私、なんかまずいこと言いました?!」
顔中に『不可解』と書いてある凜の様子に、菊田先輩がくつくつと笑う。
「いや、驚いたな。ザッキーがあんな大きな声を出すのは、初めて聞いた」
「何かが、刺さったんでしょうねぇ……でも、なんとなく、悪い感じではないような気がするわ」
頬に手を当てながらほうっと息を吐いて、夏希先輩が続く。
「でも、監督がいなくなっちゃいましたけど、どうします?」
ほっそりとした指を唇に当てて、みなみが小首をかしげる。
「まぁ、しばらくそっとしておいてあげよう。先に、メイン三人の採寸をやってしまえばいいんじゃないかい?衣装がどうなるにしろ、必要だしね」
「そうね。そうしましょう」
相変わらずの爽やかな笑みを浮かべながら、柏木先輩が告げるのに合わせ、夏希先輩が持参した巻き尺を取り出す。
凜は、ファイルに挟んだ採寸表とシャープペンを用意しながら、眉根を寄せて考え込んでいた。
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「かんっぜんに失敗した……」
共用棟の裏にある小さな内庭で、詩郎は頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
そこにポツリと一本だけ立つユリノキが、まだ残暑厳しい九月の太陽から詩郎を守るように、影を落としている。
――皆が知っている物語を組み合わせた、舞台映えするドタバタラブコメ。
詩郎が書いた脚本の演劇部内での評価は、そんなシンプルなものだった。姫がちょっと根暗なのも、野獣の傲慢さも、キャラを彩るためのスパイスでしかない。そのはずだ。
(なのに、まさか、あんな深い解釈をいきなりしてくるなんて、思わないじゃないか)
しかも、彼女が語る解釈には、聞かされてみれば皆が納得するような説得力があり、何ひとつ違和感がない。
――それは、詩郎自身を含めて。それが、かえって衝撃だった。
「どうしよう……」
さらに、彼女は詩郎の脚本を好きだと言い切った。奥深くて面白いと。あんな解釈をしているのに、なぜ。
詩郎にとって、駒野凜という存在は理解不能だ。思わず逃げ出してしまったほどに。
戻り方がわからない。戻って何を言えば良いのかがわからない。あんな目をしていた彼女に、何と返せば良いのか。
ぐるぐると考え続ける詩郎が、どれくらいそうしていただろうか。
ふいに、かさりと草を踏む音とともに、あの、暴力的なまでに明るい声が、静かな内庭にそっと響いた。
「みつけた」
詩郎は、弾かれたように立ち上がり、警戒する猫のように身を引いて、やってきた凜を見つめ返した。
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