第2話 『熱射と逃亡』
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「……で、夢の中のオーロラ姫は、自己否定することで頑なに自分を守ってるから、ドレスだけど、こう……ちょっと鎧みたいなイメージで。色も、くすみ色」
凜が、スケッチブックの端に貼り付けた色見本を指さしながら言う。
「なるほどね。いいと思うわ。そうすると、目覚めたときはどうなるの?」
夏希先輩に目顔で促され、凜は更に身を乗り出す。
「そこは、心の鎧が取れて花開くの!殻を破る感じで、中からふわっとチュール重ねて。色味も鮮やかに!」
「良いな。華やかで舞台映えする」
演劇部側の部長二人、柏木先輩と菊田先輩は、感心したように頷きあう。
「でも、場面転換の間に早着替え?せっかくの見せ場に一回引っ込んだら、リズムが詰まらない?」
そこに、オーロラ姫役本人が、おっとりとした口調で、でもしっかりと釘を刺すように割り込む。
「そこなんですよねぇ……できれば、舞台の上で衣装替えしたいんだけど……」
凜にとっても悩みどころを突かれて、指先でトントンと唇を叩く。
「なかなか大胆だな君は!うまくやれれば相当な見せ場になる!……でも、そうなると大がかりな仕掛けが必要ではないか?」
菊田先輩は目を輝かせつつ、悩ましげだ。
「んー……でも、これ絶対にやりたいんですよね。コスプレで使うような仕掛けの流用で、なんとかできないかなぁ……」
考え込む凜に、柏木先輩がふと顔を上げる。
「ちなみに、野獣はどうなる?」
「野獣はもっとわかりやすいですよ!それこそ、傲慢という鎧で自分を守ってるから、姫を思いやれた瞬間に呪いが解けて人間に戻りますよね?なので、中に王子の衣装を着ていて、獣の鎧を脱ぎ捨てたらいいんじゃないかと!何箇所か紐で結んでおいて、そこを解けばいけますよ。魔女の杖の先にでも結びつけておいて、そこを引っ張るとか。魔法っぽくなりますよね」
身振り手振りで示す凜の説明に、菊田先輩は楽しそうに手を打った。
「コマリンは本当に面白いな!カワナツがリーダーに推すのも納得だ!」
「ふふふ……中学からもうずっと、うちの製作側のエースだったからねぇ。一応言っておくけど、演劇部にはあげないわよ?」
口元に手を当ててにっこりと告げる夏希先輩の笑顔には、凜への信頼が溢れており、それがまた、くすぐったくも誇らしい。
「いやぁ、そう言われるとかえって欲しくなるなぁ!……ああ、そういえばザッキーは、どう思う?」
ことの成り行きを、一人黙ったまま聞いていた詩郎に、菊田先輩が水を向ける。
「……ていうか、こんな本格的な衣装、本当に作れるんですか」
詩郎は高校からの外部進学組で、今年から青葉学園の演劇部に入部したばかりだ。そんな彼からすると、凜の描く理想像は、正直に言って高校演劇としては分不相応な、夢物語にしか見えない。
「そこは、我が手芸部布もの班の腕の見せどころね。駒野をはじめとして、今年も実力者が揃っているから、信頼してもらっていいと思うわ」
夏希先輩は余裕の笑顔だが、詩郎の眉根に寄った皺は、深いままだ。
「そもそも、この脚本にそこまで書いてないんだけど。自己否定とか自己中とか、どっから出てきたの」
詩郎が目元にかかる長い前髪の影から、警戒したように言う。それを聞いた凜は、思ってもないことを言われたとでも言うように、ぱちりとその大きな目を瞬かせた。
「文字では書いてないけど、書いてあるじゃん」
「……は?」
「行間。だって、そうでしょ?この脚本のテーマは、自己評価の再定義と他者への思いやりを獲得する物語。魔女の試練は、姫と野獣――というか、王子に、それを気付かせるためのものじゃないの?」
「…………は?」
「まだちょっと魔女の立ち位置の解釈に迷ってるから、本当はそこを河原崎くんと議論したかったんだけど。姫と野獣に興奮して、盛り上がりすぎちゃった。ごめんね?」
迷いなく告げる凜に、詩郎はガタンと音を立てて立ち上がった。
「……がう」
「ん?」
「ちがう!俺、そんなつもりじゃ……!」
次いで、思わず大声を出した自分に気付いたためか、一瞬にして真っ赤になった顔色を隠すためか、詩郎は右腕で顔を覆う。
「解釈が違う?なら、教えて?脚本家の意図はなるべくきちんと理解して、カタチにしたいよ」
気を悪くした風もなく、ちいさく首をかしげる凜。
「俺……ちょっと外の空気吸ってきます!」
呆気にとられる一同にそう言い置いて、詩郎は部屋を飛び出していった。
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