終章 高一 十一月 『灯す』
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「せんぱい、わたし……わたし」
「ふ……どうしたの。そんなに慌てて」
整わない呼吸がもどかしい。
「わたし……っ」
「うん、わかった。こっち」
蜂須賀先輩が、菫の腕を取って歩き始める。
(え?え?え?)
突然の事態に頭は追いつかないが、それでも菫の足は、素直に先輩のあとについて、踏み出していた。
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階段を降りて外に出て、外壁に沿って共用棟の裏に回る。そこに、デッドスペースのような小さな内庭があった。
散りかけた葉を、やわらかな黄色に染めたユリノキが、ぽつりと立っている。
「ここ、穴場だから、好きなんだ」
「私、こんなところがあるなんて、知りませんでした……」
「うん。落ち着いた?」
「はい……」
息も頭も落ち着いた。
そして、今度は何から話せばいいのかわからなくなり、途方に暮れる。
足元に積もる落ち葉のなかに、正解が落ちていないか視線で探る。
菫は、ひどく冷えている指先を、きゅっと握り込んだ。
「ええと……私……」
「うん?」
「本当は先輩に、渡したいものがあったんです。でも、それ、なくなっちゃって……」
「そっか。……じゃあさ、代わりにこれ、もらってくれない?」
そう言うと先輩は、白い緩衝材に包まれたものを、肩にかけたスクールバッグから取り出した。
思ってもいなかった展開に目を瞬かせながら、菫は意外と持ち重りするそれを、両手でそうっと受け取る。
「開けてみて」
慎重に包みを解くと、小さなガラス製のランタンが出てきた。
そこに、先輩がすっと手を伸ばし、指先でぱちりと操作をする。
(――ああ、明かりが灯る)
内側に灯った光が、曇りガラスのランプシェードを透かして、優しい陰影を生み出した。
浮かび上がった光景を見た瞬間、菫の頬を、透明な雫が伝い落ちた。
繊細な五枚花弁のスミレの花と、寄り添う丸いクマバチ。
菫が失くしたと思っていた想いの結晶が、先輩の手でわずかに形を変えて、そこにあった。
「なんで……」
「最初は、スミレの花だけを描こうと思ったんだけど、昨日これを見て」
ポケットから取り出された先輩の大きな手に包まれていたのは、売られてしまったはずの菫のチャーム。
「え、これ」
「うん、本当は売るつもりなかったんだって?さっき、一年生かな?後輩の子が、泣きそうになりながら教えてくれたよ」
「香菜実ちゃん……」
「これ、返したほうがいい?」
「っ!いえ!持っていてください!……先輩に、渡したかったんです。それ、私の、気持ちだから」
「良かった」
先輩が、詰めていた息を吐くように、小さくつぶやいた。
(え……)
聞こえた言葉が信じられなくて、菫は急いで顔を上げる。
ぱちりと音がしそうなくらいに、強く交わった視線の先、先輩の穏やかな顔に浮かんでいたのは、あの優しい、『特別』なかお。
「俺も。菫さんにそれ、受け取ってほしいと思ってたんだ」
「……え?だって……うそ……」
「うん?」
「だって昨日、明日香先輩と……っ」
「島野?ああ、ホールの前でばったり会って、後輩たちの成長について熱く語られたな。島野が、どうかした?」
「え……ええ?……いえ、いいんです……」
「うん?じゃあ、菫さん」
「……はい」
「それは、つまり、」
「っ、先輩!」
言いかけた先輩の言葉を、菫は急いで遮る。
――想いは届いていた。それでも。
(やっぱり、ちゃんと、自分の言葉で言いたい)
「先輩、私。先輩のこと……好きです」
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文化祭の君 Fin.
これにて、『文化祭の君』菫編は完結です。
菫の静かな恋を、最後まで見守っていただきありがとうございました。
菫編はいったん完結しますが、本作には菫の親友、凜を主人公としたアナザーストーリーが存在します。
次話、舞台裏を一本挟んでから、そちらも投稿させていただきます。
どうぞお楽しみに。
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これからも、物語の世界を、ご一緒させてください。




