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文化祭の君  作者: 獅童最
side 佐藤菫 『文化祭の君』
23/32

終章 高一 十一月 『灯す』

 *****


「せんぱい、わたし……わたし」

「ふ……どうしたの。そんなに慌てて」


 整わない呼吸がもどかしい。


「わたし……っ」

「うん、わかった。こっち」


 蜂須賀先輩が、菫の腕を取って歩き始める。


(え?え?え?)


 突然の事態に頭は追いつかないが、それでも菫の足は、素直に先輩のあとについて、踏み出していた。


 *****


 階段を降りて外に出て、外壁に沿って共用棟の裏に回る。そこに、デッドスペースのような小さな内庭があった。

 散りかけた葉を、やわらかな黄色に染めたユリノキが、ぽつりと立っている。


「ここ、穴場だから、好きなんだ」

「私、こんなところがあるなんて、知りませんでした……」

「うん。落ち着いた?」

「はい……」


 息も頭も落ち着いた。

 そして、今度は何から話せばいいのかわからなくなり、途方に暮れる。


 足元に積もる落ち葉のなかに、正解が落ちていないか視線で探る。


 菫は、ひどく冷えている指先を、きゅっと握り込んだ。


「ええと……私……」

「うん?」

「本当は先輩に、渡したいものがあったんです。でも、それ、なくなっちゃって……」

「そっか。……じゃあさ、代わりにこれ、もらってくれない?」


 そう言うと先輩は、白い緩衝材に包まれたものを、肩にかけたスクールバッグから取り出した。


 思ってもいなかった展開に目を瞬かせながら、菫は意外と持ち重りするそれを、両手でそうっと受け取る。


「開けてみて」


 慎重に包みを解くと、小さなガラス製のランタンが出てきた。

 そこに、先輩がすっと手を伸ばし、指先でぱちりと操作をする。


(――ああ、明かりが灯る)


 内側に灯った光が、曇りガラスのランプシェードを透かして、優しい陰影を生み出した。

 浮かび上がった光景を見た瞬間、菫の頬を、透明な雫が伝い落ちた。


 繊細な五枚花弁のスミレの花と、寄り添う丸いクマバチ。


 菫が失くしたと思っていた想いの結晶が、先輩の手でわずかに形を変えて、そこにあった。


「なんで……」

「最初は、スミレの花だけを描こうと思ったんだけど、昨日これを見て」


 ポケットから取り出された先輩の大きな手に包まれていたのは、売られてしまったはずの菫のチャーム。


「え、これ」

「うん、本当は売るつもりなかったんだって?さっき、一年生かな?後輩の子が、泣きそうになりながら教えてくれたよ」

「香菜実ちゃん……」

「これ、返したほうがいい?」

「っ!いえ!持っていてください!……先輩に、渡したかったんです。それ、私の、気持ちだから」

「良かった」


 先輩が、詰めていた息を吐くように、小さくつぶやいた。


(え……)


 聞こえた言葉が信じられなくて、菫は急いで顔を上げる。

 ぱちりと音がしそうなくらいに、強く交わった視線の先、先輩の穏やかな顔に浮かんでいたのは、あの優しい、『特別』なかお。


「俺も。菫さんにそれ、受け取ってほしいと思ってたんだ」

「……え?だって……うそ……」

「うん?」

「だって昨日、明日香先輩と……っ」

「島野?ああ、ホールの前でばったり会って、後輩たちの成長について熱く語られたな。島野が、どうかした?」

「え……ええ?……いえ、いいんです……」

「うん?じゃあ、菫さん」

「……はい」

「それは、つまり、」

「っ、先輩!」


 言いかけた先輩の言葉を、菫は急いで遮る。

 ――想いは届いていた。それでも。


(やっぱり、ちゃんと、自分の言葉で言いたい)


「先輩、私。先輩のこと……好きです」


 *****


 文化祭の君 Fin.

これにて、『文化祭の君』菫編は完結です。


菫の静かな恋を、最後まで見守っていただきありがとうございました。



菫編はいったん完結しますが、本作には菫の親友、凜を主人公としたアナザーストーリーが存在します。


次話、舞台裏を一本挟んでから、そちらも投稿させていただきます。

どうぞお楽しみに。



本作を気に入ってくださった方は、ぜひご感想やリアクションなどをお寄せください。

作者にとっては何よりの励みになります。


これからも、物語の世界を、ご一緒させてください。

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