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ただの村人に世界の運命を背負わすな!―俺は死神に連れ去られた妹を助けたいだけ―  作者: 無限大
魔界

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カレンと俺と1

 地平線まで赤黒いモヤが立ちこめている。

 呼吸するたび赤黒いモヤが肺に侵入し、身体を内側からくすぐった。

 息を吐く。

 肺の奥から赤味の増したモヤが、ポワッと排出された。


 ここに、真っ黒な魔王はもういない。


 死んだ?

 消滅した?

 わからない。が、少なくとも「魔王」としての自我は維持できなくなったようだ。

 また長い年月をかけ、どす黒い感情が集まってこない限り、安泰だろう。


「みんな生きてんのかな」


 大地に映ったワサワサと動く影に気付いて、空を見上げる。

 魔王との激戦を遠巻きに眺めていたメロが、そこらへんをウロウロと浮遊していた。


「なにやってんだ、アイツ」


 しばらく眺めていると、メロは急に俺へ向けて急降下してきた。

 メロの肩が緑色に輝いている。


『レノ殿! アレキサンドリア殿たちを見つけたぞ!』


 メロが肩に乗せて連れてきたのは、アレキサンドリアとハルナフトプだった。

 奴らは肉体を失い、大気中で浮遊していたところを、救助されたらしい。

 緑のモヤがスルリと動いて、今度は俺の身体にまとわりつく。


『……ねェ。ボクたちとの約束、忘れてないよねェ?』


 ハルナフトプの声がする。

 心なしか声が遠い。モヤの色味も薄いし、弱っているのかもしれない。

 俺はハルナフトプのモヤを引き離すことなく、そのまま頷いた。


「ああ、身体を造るんだろ? わかってる。テメエらの森へ行けばいいか?」


 とは言ったものの、肉体を造るエネルギーをどこから調達するか。

 アテにしていた魔王の貢物は、強烈なモヤの噴出で吹っ飛び、消え去った。

 自分の体内に残るエネルギーだけでは、心もとない。

 俺は自分の手を見つめ、カレンを助けるために守っておいた秘宝を思い浮かべた。

 ――愛、か。

 俺はグッと拳を握る。


「なあ、悪い。ちょっとだけ時間をくれねえか。一旦、人間の世界へ戻りたい。そのあと、必ずテメエらの身体を造りに行くからさ」

『信用できない、と言ったら?』

「あ? ……じゃあ、人間界まで付いてくるか? テメエらはどうせ肉体もねえし、人間には気付かれない。俺を監視しに来ても良いぜ」

『嫌な言い方をするなァ』


 文句を言いつつ、ハルナフトプとアレキサンドリアは俺と同行することになった。

 まず御殿から国王を救出し、その後、魔物たちの作った村へ戻る。

 ベアトリーチェを連れ、カレンを生き返すために守っておいた真っ赤な秘宝も持ち出した。


「よし。行くぜ、人間界へ」


 俺は空間に手をかざして、モヤを噴出した。

 モヤのエネルギーを使って、人間界との通路を造る。

 そこへ、一歩。

 足を踏み入れると、目の前にはもう、聖枢機院が広がっていた。


「復興も進んでるな」


 芝生の上に積み上がっていたウルフの死骸はなくなり、崩れた教会の修理もあちこちで行われている。

 以前に比べて出歩く人が増えている。表情も力強い。

 城下町もきっと、ロケッティア団長たちと共に復興を目指しているだろう。


「こ、国王陛下?」


 はしごの上で壁を修復していた聖職者が、俺たち一行に気付き、驚きの声を上げた。

 それを聞いた聖職者たちが一斉に顔をあげ、俺たちをマジマジと見ている。


「こく、国王陛下が戻られた! きょきょ教皇様へ連絡を!」


 バタバタしはじめた聖職者を見て、俺の隣に立つ国王が「帰ってきたのだな」と呟く。

 国王のこけた頬に、一筋の涙が光る。

 国王は俺に顔を向け、頭を下げた。


「レノ、本当に感謝する。褒美はいつでも取りに来なさい。きみには何だって与えよう。この私の命を救ってくれたのだから」

「そりゃどうも」


 何だって、か。

 俺はつい、鼻で笑ってしまった。

 簡単に言ってくれるぜ。


 俺は、抱えていた真っ赤な秘宝の石をなでた。

 世の中、欲しいものが必ず手に入るとは限らない。

 手に入れて良いとも、限らない。

 そこには、複雑な感情と秩序が渦巻いている。

 そういうものだと、今は思う。


 少しして、教皇が教会から出てきた。

 俺は、教皇に駆け寄る。


「カレンは?」

「変わらず保管しておる」


 俺は一目散に教会へ走った。

 教会奥の階段を駆け下り、地下へ。

 カレンが安置されている部屋の扉を開ける。

 そこに、聖水の入った棺に沈められた、カレンがいた。


「カレン」


 紫色をしたカレンに、優しく声をかける。

 たとえカレンの耳に俺の声が届いたとしても、カレンの脳には届いていないだろう。

 身体のあちこちが腐敗して、心臓さえも失ったカレン。

 カレンの意識も、合成された魔物の意識も、もうこの肉体には宿っていない。

 ここにあるのは、空っぽの肉の器だ。


 俺は赤い石を床に置いて、聖水に沈むカレンの頭を撫でた。

 ズルリ、と毛の束が頭皮から抜ける。

 カレンの身体はもう、朽ちている。

 わずかな刺激にさえ耐えられない。


「たぶん――」


 秘宝の力を使えば、肉体を造ることができるだろう。

 でも、ここに沈むカレンの肉体を俺が造って、それをカレンと呼べるのかな。

 カレンは、何をもってカレンなんだ?

 俺の造る肉体は、カレンか?

 そうなのか?

 いや。


「カレンはもう、この世にいない」


 心は肉体に宿る。

 だったら、肉体を造ればカレンがよみがえるのか?

 そんなわけない。


 俺が造ったカレンの肉体に宿るのは、きっと、カレンのフリをした何かだ。

 現に、死んだカレンの肉体と魔物を合成して生まれた「カレン」は、俺の知っているカレンとは違った。

 偽物のカレン。

 それで良いから生き返したい、というのは、俺のエゴだ。

 自分勝手な、自分の欲。

 そんなもの、愛でもなんでもない。

 ただの我儘で、傲慢で、クソみたいな欲望だ。

 魔王と、おんなじ。

 そんなこと、誰がやるかよ。


「俺は、カレンを本っっ当に大事にしてる。だからさ、もう、カレンを自分のエゴで汚すのはやめる」


 俺は赤い石から少しだけエネルギーを吸い取り、カレンの肉体の、表面部分だけを修復した。


「せめて、綺麗にしてから弔ってやるから」


 それで、終わりだ。

 腐敗したカレンの足にエネルギーを注ぐと、美しい白い肌になった。

 腐りかけて歪んでいた顔は、安らかな寝顔になる。

 昔の、俺の知っているカレンに戻ったみたいだ。


 俺は聖水の中から、静かに眠るカレンを抱き上げた。

 棺にたまった聖水を捨て、ふたたびカレンを棺へ寝かす。

 棺を抱えて部屋を出て、すれ違った聖職者の許可をもらい、墓地へ。

 ちゃんと埋葬してやるからな、カレン。

 それが正しい愛の姿だから。

 墓地へ向かう俺の肩に乗り、アレキサンドリアとハルナフトプも付いてきている。


『良いのですか、レノ様』


 墓地に棺を安置し、棺の上へ土をかぶせている俺に向かって、アレキサンドリアが尋ねた。

 墓地には、ザッ、ザッと一定のリズムで土をかぶせる音が響いている。


「良いも悪いも、カレンはもう、この世にいねえからな」

『ですが、レノ様はカレン様を生き返らせるために奮闘していたでしょう?』


 痛いところを突かれて、手が止まる。

 俺はスコップを持ち直し、また土をかけた。


「俺の妹は、もう死んでる。俺は、カレンを守りたかった。けどさ、カレンの死の尊厳を守ることが、たぶん、今の俺にできる唯一の『カレンを守ること』だと思うんだ」


 そうだよな、カレン。

 俺の問いかけに、ドクン、と心臓が跳ねる。

「そうだよ」と、カレンが返事をくれた気がした。

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