守りたいもの5
「勝手なこと抜かしてんじゃねえ!」
聖女の顔に、パンチを一発お見舞いする。
コキッと聖女の骨が鳴った。
そのとき。
――愛されたい愛されたい愛されたい愛されたい愛されたい愛されたい愛されたい愛されたい愛されたい愛されたい愛されたい愛されたい愛されたい愛されたい!
聖女の全身から、黒いモヤが勢いよく噴出する。
風圧が、俺の身体をドンッと押した。
「クソッ!」
モヤに吹っ飛ばされ、俺の身体は魔王の身体を突き抜けて、ポォーンと空へ放り出された。
そのまま、ビュゥゥンと空中を吹っ飛んでいく。
視界の中の魔王が遠くなる。
「チクチョウ! テメ、ふざけんなよ!」
俺の身体は、上空数十メートルから真っ逆さまに落下している。
さすがにこの高さから落ちたら、助からねえ。
「あああ、もおぉぉ! 死にたくねえってこういうことか、クソがあぁぁぁ」
頭を掻きむしりながら落下していく俺の身体。
ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!
こんなところで死んでたまるかよクソが!
死にたくねえ! 死にたくねえ! 死にたくねえ!
俺の身体が黒く染まっていく。
ふざけんな!
『レノ殿!』
急に、声がした。
「メロ?!」
飛んできたドラゴンが、俺の身体を見事にキャッチする。
勇ましい顔で俺をキャッチしたのは、紛れもなくメロだ。
「助かった! つうかメロ! オマエどこに居たんだよ!」
『魔王様の力に圧され、飛ばされておったのだ。が、間に合って何よりだ』
メロはそう言いながらバッサバッサと翼を動かし、魔王から距離をとって飛空する。
『それで、レノ殿。これからどうする。魔王様の元へ突っ込むか、撤退か』
「撤退なんてするわけねえだろ! 魔王の腹ん中にいた聖女とケリをつける。突っ込め!」
『承知した。飛ばされたらまた我がキャッチしてやろう』
「おう、頼んだぜ、相棒!」
魔王はもはや自我があるのかないのか、棒立ちのまま「死にたくない、愛されたい、幸せになりたい」と泣き続けている。
その心臓部でモヤに包まれている、聖女。
メロが聖女めがけて、俺の身体を放り投げた。
ピューーンと落下しながら、俺は魔王のモヤモヤした体内へ突っ込んでいく。
右手の握りこぶしにエネルギーを集める。
俺の身体に、赤いモヤが戻ってくる。
「おい、クソ聖女! いや、クソ魔王!」
聖女が俺を見る。
「愛されてえなら、テメエが愛される努力をしやがれェェェ!」
俺は言ってやりたいことを拳に込め、落下の勢いのまま、聖女の腹に一発ドコンとぶちかましてやった。
聖女の身体が、くの字に折れる。
聖女は、口から血の代わりに、黒いモヤを吐いた。
――死にたくない。
はあ? 知るかよ。
俺はこぶしにもっともっと感情を混ぜ込んで、聖女へラッシュを決める。
愛されたいなら、愛する人の言葉を聞け!
幸せになりたいなら、歩み寄れ!
愛されたいなら、愛を与えろ!
死にたくないなら、大事にしろ!
愛されたいなら、愛されるに値する生き物になりやがれ! 馬鹿が!
ボコボコに殴られた聖女は、身体のあちこちから黒いモヤを噴き出した。
プシュウ、プシュウ、と出て行くモヤが、「愛されたい」「死にたくない」「愛されたい」と泣いている。
「うっせえなあ、知らねえよ! 自業自得だろ、テメエはよぉ!」
愛?
愛ってなんだ。
テメエの感情は愛か?
愛されたい?
そんなの、ただの承認欲求だろ。
それが愛か?
本当に愛か?
それを一方的にぶつけて、愛してもらえると、本気で思ってんのか?
ああ、ウゼエ!
「テメエの愛は、ただのワガママなんだよ! 全部が自分の思い通りになると思ってんじゃねえェェェェ!」
感情のラッシュで聖女の肉体を破壊する。
バラバラになった聖女の肉片は黒いモヤと化し、飛散した。
聖女の姿はもうない。
<アイ、サレ、タイ>
俺を取り囲む黒いモヤが泣き叫ぶ。
チッ。今度は魔王本体か。
<アイサレタイ>
<アイサレタイ>
<アイサレタイ>
<アイサレタイ>
<アイサレタイ>
モヤが俺の肌を刺す。
ピリ、ピリと俺の皮膚が裂け、あちこちから血が垂れた。
真っ赤な俺の血液は、黒いモヤに流され、耳をかすめて飛んでいく。
『……カレン……』
どこからか声がした。
『カレン……、カレン』
俺の周りで、誰かが泣いている。
それは――。
「――俺?」
俺の真っ赤な血液から、俺の声がした。
黒いモヤの中をプワプワ飛び回る俺の血が、「カレン」「カレン」と泣いている。
苦しそうに、つらそうに。
俺は、そんな俺自身の心の叫びに耳を傾けた。
『カレン』
『カレンに会いたい』
『カレンを助けたい』
『カレンを生き返したい』
『カレン、カレン』
『カレンのためなら、俺はなんだってできる』
『カレン』
ああ、そうだ。
そうだった。
愛ってこういうものだよな。
愛するモノのため、何かしてやりたいって、どうしようもなく動くこと。
それが愛だ。
少なくとも、俺の愛は、それだ!
「俺は! カレンのためなら、なんだって出来るんだよ! 俺の愛を見せてやらあ!」
俺は手あたり次第、黒いモヤを口へ運んで、ガブリ、ガブリと食っていく。
魔王の感情を、魔王の自己中な思考を、全部飲み込んでいく。
食って、食って、消してやる!
「見てやがれ! 魔王!」
――死にたくない。
ああ、俺だってカレンを生き返してえよ!
――愛されたい。
俺はカレンを愛してる。だからカレンだって、俺を愛してくれている!
――幸せになりたい。
俺の幸せはカレンと穏やかに暮らすこと。俺はそれを守る! だから戦ってんだ!
「俺は受け取るだけの人間じゃねえ! 与える側の人間だ! 覚えとけコノヤロォォォォ!」
食ったモヤに俺の気持ちを乗せて、パンチ、パンチで放出する。
食って、食って、食って、食う。
全部、全部、俺の感情で書き換えてやる。
カレンのこと、生きること。幸せのこと、愛すること。社会とのつながり、生き方。
全部混ぜ合わせて、拳にこめた。
殴る、殴る、殴る。
バシュン! バシュ、バシュッ! バシュンッ!
黒いモヤが、細かく分裂していく。
魔王の胴から手足、頭まで、魔王としての身体を維持できないくらい、細かく、小さくなっていく。
真っ黒だったモヤは、細かく千切れるにつれ、赤く染まっていった。
――愛されたい。
――なら、愛を与えよう。
――幸せになりたい。
――なら、幸せを与えるよう。
――死にたくない。
――なら、生を与えよう。
黒いモヤと赤いモヤが混じり合って、大気に飛散していく。
感情をささやくように、気持ちを言い聞かせるように、赤黒いエネルギーが大地を埋め尽くした。
分裂を繰り返した魔王は、見るも無残な姿になっている。
漆黒のモヤは今や、小さな人間ひとり分程度しか残っていない。
魔王を構成していた真っ黒なモヤは、もうほとんどが赤黒く、俺の想いを乗せて舞い散った。
俺はここに残った、そのどす黒いモヤに向かって、拳を振り上げた。
「愛ってさあ、誰かを大切にすることなんじゃねえの? それって、全部自分に返ってくるんだよ」
ドゴォォン。
轟音と共に俺のパンチが魔王の黒いモヤを貫き、モヤは跡形もなく大地に散った。




