守りたいもの3
魔王討伐の作戦はいたって単純。
魔王を構成するモヤを分解し、散らす。
分解は、アレキサンドリアやハルナフトプの得意分野だ。
『しかし、レノ様。散らしたモヤはどうするのです? そのままにしたら、また魔王に取り込まれます』
「ああ。だから貢物を使う」
魔王の周りには、強い力を宿した貢物が無数に置かれている。
赤、青、緑、黄色、カラフルなモヤを持った貢物。
そのカラフルなモヤと、魔王の真っ黒なモヤを混ぜて、抑え込む。
「魔王を、自我が保てなくなるまで分解して、貢物に封印する。それが今回の作戦だ」
ハルナフトプの身体から緑のモヤが伸びて、落ちていた腕が身体にくっついた。首無し状態のまま、立ち上がる。
なんとなく俺の方へ身体が向いた。
『キミに協力すれば新しい身体を貰えると考えて良いかい?』
「ああ」
『信じるからな』
「ああ、ああ。ほら、さっさと行け。作戦開始だ」
ハルナフトプはクルッときびすを返し、手を宙へかざした。
手首をくるっと回して黒いモヤを出現させると、その中へ進んでいく。
魔王の元へ瞬間移動したのだろう。
「メロ、オマエは使えそうな貢物を俺の周りに集めろ。濃いモヤをまとってるヤツだ。そこに魔王を封じる」
『承知』
周囲の魔物を威嚇し続けていたメロが、キッと魔王の居住地へ鋭い視線を向けた。
魔王を封じることに異議はなさそうだ。
「行くぞ。ついて来い」
俺は魔王の居住地へ向け、トトンッと駆け出した。翼を広げたメロが上空から俺についてくる。
眼前に、数千の魔物たちの列。
トトッと駆け抜け最前まで進むと、魔物たちはみな貢物をそなえ、魔王に頭を下げていた。
――ケッ、ご苦労なこった。
魔王はデカい椅子からそれを眺め、優雅に飲み物を飲んでいる。
国王の姿はない。
国王は相変わらず、奥の御殿で幽閉されているのだろう。
首を失ったハルナフトプは魔王の隣に立ち、魔物の列を見下ろしている。
アイツ、攻撃しねえのか?
チンタラしやがって。面倒くせえ。
「しょうがねえな。魔王の気を引いてやるか」
目の前に居たデカい甲羅を持つ魔物を持ち上げ、魔王目掛けてぶん投げる。
「結婚祝いの花火だ! 受け取りやがれ!」
宙を舞う甲羅魔獣。
俺はそれに、特大のドラゴンブレスを吐きかけた。
ガン! ガンガンッガンッガン! ガン!
甲羅に当たったドラゴンブレスが、四方八方へ飛び散る。
近くを歩いていた小さい魔物が、流れ弾にあたってボワッと燃えた。
バキッ! バキビキビキッ!
亀裂の入った甲羅へ、さらにドラゴンブレスを吐く。
ボワッ! ドガアァァァァンッ!
甲羅の内側へ火が回り、甲羅が中から破裂した。
ビュンビュン飛び散る甲羅の破片。
無数の破片が魔物の列、魔王の足元に突き刺さる。
魔王は立ち上がり、黒いモヤで盾を造った。
――無防備な黒いモヤ! 今だ!
俺の想いが通じたのか、魔王の真横から、緑色のモヤが伸びる。
ピュンッ! ピュンピュン!
緑のモヤは魔王の黒いモヤを切断し、盾のようになっていた黒いモヤの塊が宙を舞った。
魔王が一瞬動揺したようにハルナフトプを見る。
――裏切られるとは思わなかったか? いい気味だぜ!
俺は足に力を入れ、真っ黒のモヤの盾へ飛びかかった。
俺の両手は真っ赤なモヤで覆われている。
「オラァ!」
モヤの盾に触れる。
――死にたくない。
――幸せになりたい。
――愛されたい。
手のひらから、負の感情がガンガン流れ込んできた。
「クソッ、気持ちわりぃ」
黒いモヤの放つ泣き叫ぶような痛みで、両手がしびれる。
俺は自分のエネルギーをグッと増やし、対抗した。
「消えやがれ!」
ガシッと掴んだ黒いモヤを、足元の貢物に押し込む。
貢物のオレンジ色のモヤがぐにゃりと歪んだ。
ググッ、グググ。
オレンジ色のモヤに、黒いモヤを混ぜ込んでいく。
ぐちゃぐちゃ。
ぐにゃ。
どろり。
モヤはどんどんくすんで、こげ茶に変色した。
これ以上、黒いモヤは吸収できないだろう。
俺は貢物を、魔物の列の後方まで蹴り飛ばす。
<キニ、イラナイ>
魔王の殺気がハルナフトプへ向く。
ハルナフトプは瞬間的に後方へ飛び退いた。
が、それよりも早く魔王から黒いモヤが噴射され、ハルナフトプの両手両足が射抜かれる。
ズシャズシャズシャ。
肉体を切り裂く音。
同時に、ユラリ、とハルナフトプの身体から緑のモヤが抜け出た。
『別に、痛くないんだよねェ』
超音波みたいな声に合わせて、ハルナフトプの肉体がグラリと地面に崩れ落ちる。
飛び出た緑のモヤは、大きく湾曲している。
ブンッ!
緑のモヤがブーメランのようにブンブン回り、高速で飛んだ。
ブンッと風を切り、そのままハルナフトプに伸びていた黒いモヤを、ズタズタに切り裂いていく。
切られた魔王は微動だにしない。
――魔王も、痛くも痒くもないってか?
俺は舌打ちして切り刻まれた黒いモヤを回収し、足元の貢物へモヤを押し込んだ。
ブルル、と空気が震える。
<……キサマラ>
魔王の声と共に空間すべてが振動した。
大地はグゴゴゴゴと唸り、風がザアアアと吹きすさぶ。
<ウットウシイ、キエロ>
魔王の顔面から濃い黒のモヤが出る。
鋭くとがった無数の針になり、ハルナフトプの肉体をズジャジャジャジャと刺していく。
その針一本一本を、緑のモヤがズババババと素早い動きで切断した。
<ウットウシイ、ウットウシイ、ウットウシイ!>
魔王の感情がたかぶる。
高揚する魔王の心に反応して、地面にボコッと穴が開いた。
ボコッ、ボコボコッ。
十数個の穴が開き、黒いモヤが噴き出た。
溢れるモヤが、辺りを黒く染め上げる。
「チッ。鬱陶しいのはテメエだ!」
放出されるモヤを切る、切る、切る。
それを貢物に封じる、封じる、封じる。
魔王の身体から、大地から、空間から、黒いモヤがドロドロドロドロ湧いて出る。
――死にたくない。
――私を認めて。
――幸せになりたい。
黒いモヤがあちこちで叫び続ける。
それを貢物に押し込んで、押し込んで、押し込んで、黒く染まった貢物がどんどん積み上がっていく。
キリが無い。
<モウ、イヤダ!>
魔王の叫び声と共に、強烈な風が魔王から噴き出た。
ゴゴゴゴゴ!
ビュウゥゥゥ!
黒いモヤが一気に吹き飛んでいく。
ゴンゴンゴンゴンゴン!
魔物たちも吹っ飛んだ。
貢物もガンガン飛ばされていく。
ビュワワワワ、ビュウゥゥゥ!
俺は地面に伏せ、大地にしがみついた。
頭上を強い風が吹き抜けていく。
――死にたくない!
――私を認めて!
――幸せになりたい!
――死にたくない。
――私を認めて。
――幸せになり……。
――死にたく……。
――……。
……。
風がやんだ。
――……。
――死にたく……。
――私を認めて。
――死にたくない。
――死にたくない!
――幸せになりたい!
――死にたくない!!
俺たちを囲うように、360度から「死にたくない」という声の大合唱が聞こえてくる。
さっきの風とは逆方向に集まってくる「死にたくない」の大合唱は、徐々に大きくなり、近くなり、強くなる。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。幸せになりたい。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。幸せになりたい。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
数万、数千万の「死にたくない」が、魔王に注がれる。
俺は伏せ、頭を守りながらその環境に耐えた。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。幸せになりたい。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。幸せになりたい。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。幸せになりたい。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
魔王はこの感情をゴクゴクと飲み干した。




