守りたいもの2
首無しで腕無しのハルナフトプが、身体だけでフラフラと立っている。
俺は無防備なハルナフトプの胸ぐらをつかみ、今度は心臓へ手刀を突き付けた。
「で? テメエはなんで魔王なんかに協力してやがる」
動いていないハルナフトプの心臓に、ギリギリと爪を立てる。
ハルナフトプはブルリと身体を震わせてから、ダラリとその力を抜いた。
『……楽しく生きるためさ。だから、返してくれる? ボクの頭と腕』
顔は潰れているくせに、どこからともなく超音波が響く。
気持ちわりい野郎だ。
地面に落ちているハルナフトプの腕がヒクヒク動いた。
「やだね。テメエのせいでこっちは楽しくねえんだよ。まあ、テメエが俺らに協力してくれんなら、考えてやっても良いがな」
『ハァ、なにそれ。ウザ』
胴と足だけになったハルナフトプが、つま先で地面を蹴り上げる。
土ぼこりが宙を舞う。遠巻きに見ていた、大勢の魔物たちの緊張感が強くなる。
メロが咆哮をあげ、魔物たちを威嚇した。魔物たちが1、2歩引き下がる。
グリグリと地面に穴をあけるハルナフトプのつま先を、俺はかかとで踏みつぶした。
「なあ、ハルナフトプ。俺の側に付けよ。魔王なんかよりもずっと、良い思いをさせてやるぜ?」
『うるさいなァ!』
イライラしたハルナフトプの心の叫びが、キンキンと脳に響く。
『ボクが欲しいのは自由だ! 自由が楽しい。自由こそ命。自由こそ生きる意味だ! キミはそれを提供できないだろ!』
「自由? 自由じゃねえじゃん。魔王に従ってる時点で」
『うるさい! うるさい、うるさい! オマエはボクがどんな生き方をしてきたか知らないだろ! 今は自由なんだ! 魔王様は自由を与えてくれた。だから魔王様に従う!』
「オマエ馬鹿か? それを不自由って言うんだろ」
『うるさい!』
ハルナフトプの両腕がビクンと大きく動く。
ハルナフトプの身体から緑色のモヤが増殖し、落ちている両腕に向かって伸びた。
まさかコイツ、腕をくっつけようとしている?
「させるかよ」
俺はハルナフトプの心臓へ向けていた手に、力を集中させた。
真っ赤なモヤを手のひらに何重にもまとい、その手でハルナフトプの身体から伸びた緑のモヤをギュッと掴む。
粒子単位で、緑のモヤを分解してやる!
そのとき。
『レノ様! お待ちください、私です! アレキサンドリアです』
「アレキサンドリア?!」
俺は慌てて力を抜いた。
緑のモヤがシュルシュルとハルナフトプの体内へ引っ込む。
俺の赤いモヤも全身へ戻った。
「アレキサンドリア、オマエどこに居るんだよ」
『ハルナフトプと共にいます。今、ふたり一緒にこの身体を使っているのです』
ふたり一緒?
よくわからない。
「合成みたいなモンか?」
『いえ。私たちは元来、ひとつになったり分裂したり、が可能な種族です。私は今、ハルナフトプと融合しています』
「で? 融合してるから、命乞いしたいって?」
『そうではありません。話を聞いて頂きたいのです。そのうえで、交渉したいのです。我々は、レノ様に協力する意思があります』
本当かよ。
ハルナフトプの態度は、協力する気なんて皆無だろ。
だが、アレキサンドリアの声は真に迫るものがあった。
『お願いします。とりあえず、話を聞いてください』
俺はハルナフトプの胸倉をつかんだまま、とりあえずアレキサンドリアの要望に応えた。
*
緑のモヤの一族は、植物を司るエネルギーの集合体である。
魔王と同様、植物たちの感情が集まり、分裂し、自我を持った。
モヤたちの生活は、不自由の極みである。
肉体がない。
それは存在の否定である。
大地は獣たちのものであり、空は鳥獣たちのもの。
実体を持たないモヤは拠点を持つことも、心安らかに過ごすことも許されない。
ほとんどの生き物たちに認知されず、空間にただ浮遊し、悠久の時を過ごす。
それはある意味究極に自由で、壊滅的に不自由であった。
自由とは、敗者がいてこその強者の証だ。
足かせを持つ誰かが、足かせを持たぬ誰かを見たとき、足かせを持たぬ者を「自由」と呼ぶ。
足かせを持たぬ人しか存在しない世界では、足かせを持たぬ者は「自由」ではなく、「普通」でしかない。
そんな世界で、モヤたちは圧倒的に敗者だった。
他種族と会話することも、協力して大自然に立ち向かうことも、それぞれの存在を認め合うために戦争することも、何もない。
他者から見れば、モヤは無に等しい。
自由か不自由かを問う土俵にも立てない。
だからモヤたちは力が欲っした。
存在が欲しかった。
他者へ立ち向かうための肉体が欲しかった。
自分たちの存在を、世界に認めさせたかった。
そこへ現れた、魔王。
魔王の手により合成され、ハルナフトプは肉体を得た。
肉体は世界を統べる究極のアイテムだ。
この世に存在し、認知され、力を持ち、他者を従える。
彼はついに、強者の側に立った。
それこそ、彼が望んだ自由。
他者の羨む顔を見てほくそ笑む。
他者の絶望する顔を見て愉悦にひたる。
これまでの人生をすべて捨てるに値する、最高の人生の幕開け。
これを維持できるなら、魔王のためにこの身を捧げても良い――。
ハルナフトプが魔王に従う理由。
それは、自由を謳歌するため。
言い換えるならば、更なる自由が約束されるなら、魔王以外に従ったって構わない。
自由こそ正義。
自由こそ宝。
それがハルナフトプの、緑のモヤたちの想いだ。
*
『レノ様がもし、我々に魔王以上の自由を与えてくださるなら、我々はレノ様の力になります』
アレキサンドリアが言う。
だらけたハルナフトプの肉体が、退屈そうにリズムを刻んでいた。
「それはありがてぇけど、……ハルナフトプもそう思ってんのか?」
『別に、好きにすればいい。ボクは自由さえあれば何でもいい。誰に従うかは重要じゃない』
両手と頭が不自由になったハルナフトプを、ジィッと見る。
コイツの最優先事項は「自由」。
今までコイツがしてきた行動だって、魔王への忠誠心によるものではない。
だとすれば、コイツをこちら側へ引き入れるのは簡単な話。
自由を与えてやれば良い。
アレキサンドリアが言う。
『魔王の消失は我々にもメリットがあります。魔王に従い、魔王のために働く必要がなくなりますから』
魔王を討つことで、主従関係のない真の自由が手に入る。
利口な選択だ。
『ただし』
アレキサンドリアが続ける。
『協力する代わりに、レノ様には我々の肉体を造っていただきます』
「肉体を……造る?」
『そうです。レノ様は、ピィ様の肉体を造りましたでしょう? アレです。アレを、我々の種族みんなにやって頂きたいのです』
俺は自分の右手に視線を落とした。
肉体を造る?
ピィの肉体は再生したが、あれは修復だ。いちから造ったわけではない。
できるのか?
わからん。自信はない。
「まあ良いか。やってやるよ……それでいいな? ハルナフトプ」
『デメリットがないなら構わない』
「そうかよ。じゃあ、交渉成立だ」




