守りたいもの1
俺とメロは魔王の居住地へと急いだ。
飛ぶように走り、のんびり歩く魔物たちをビュンビュン追い抜かしていく。
クセェ臭いがプンプンした。
『どうするつもりだ、レノ殿。魔王様のエネルギーを奪うなんて、簡単ではないと言ったではないか』
「ハッ。モヤはモヤに頼れば良い」
『何?』
「ハルナフトプをこっちに引き入れるんだよ」
『ハルナフトプ……?』
魔王の居住地に近づき、死の臭いが鼻の奥をキツく刺激する。
辺りは貢物を持った魔物たちで埋め尽くされていた。
これから順に魔王と謁見し、貢物をささげるのだろう。
「さて。おびき寄せてやるか」
魔物たちの列のど真ん中で、俺とメロが立ち止まる。
俺たちをよけながら前へ進む魔物を見て、俺は笑みをこぼした。
「テメエら、犠牲になってもらうぜ! ドラゴンブレス!」
俺は前後左右、手当たり次第ブレスを吐いた。
ゴオォォォ! と、強烈な音を立てて燃え上がるブラッディベア、ゴブリン、コカトリス、フェンリル――。
焦げて炭となった魔物たちが、ドサドサッと地面に崩れ落ちる。
異変に気付いた魔物たちの牙が、一斉に俺へ向いた。
その数、ざっと数百匹。
『レノ殿! 何をしておる!』
一瞬で魔物たちの標的にされ、メロが大声を上げる。
「メロ、コイツらを蹴散らせ。そしたら、お目当ての奴が来る」
俺はそう言いながら、目の前のウルフの脳天を手刀で貫き、ゴーレムを蹴り上げて周りの雑魚魔物たちの上へ落っことした。
空を飛び回るフレアファルコンにドラゴンブレスを吹きかけ、丸焼きになったファルコンのモモ肉を食いながら、引っこ抜いた骨を矢のように投げる。
投げた骨がコボルドの首に突き刺さったのを見届け、飛びかかってきたオルフェンの喉を掻っ切ってやった。
熱い血しぶきを浴び、気持ちが10倍高揚する。
手に付いた血をペロリと舐めとり、手刀でウルフの首を落とした。
熱い、熱い。
『意味がわからない』
ぼやくメロは大きく息を吸い込み、ゴゴゴォォォと特大のドラゴンブレスを吐いた。
けたたましい轟音とともに、一直線にブレスが飛ぶ。
ギュアアァァァ!
直線上に居た魔物たちの断末魔が、1キロメートル以上続く。
地面は黒く焼け焦げ、魔物たちの灰すら残らない。
魔物たちが死んでいく。
魔王の結婚式を祝う生き物は、もうここにはいない。
みんな殺気立って、俺に注意を向けている。
もっと。
もっとだ。
俺はタッと駆けだし、列になる魔物たちの首を手刀で次々落としていった。
絶命の唄が耳の奥でこだまする。
死ね。
死ね。
死ね!
抜け殻になった魔物たちが地上に散乱する。
見てるか、魔王。
見てるか、ハルナフトプ。
早く止めにこないと、テメエを祝福する生き物も、贅沢な貢物も、全部なくなるぜ?
急に、グググッと空気が重くなった。
身体が地面へ押さえつけられそうになる。
同時に、ツーンとした腐敗臭が空から降ってきた。
その違和感のど真ん中に立っているのは、ハルナフトプ。
空を飛ぶようにやってきたハルナフトプは、腐った身体に黒い長髪姿で、俺を見下すような顔で舞い降りる。
やっと来たか。
「よお。久しぶりだな、ハルナフトプ」
『んー? 誰だっけ、キミ』
キーンと頭に響く超音波を聞いて、俺の頬がヒクヒク動いた。
ハルナフトプは、ザリッ、ザリッと一歩ずつ俺との間合いを詰めてくる。
首を90度に曲げ、ニタッと笑ったハルナフトプは、生きる屍そのものだ。
虫唾が走る。
俺はプッと地面に唾を吐いた。
「オマエさあ、そんなクッセェ身体、よく我慢できるな。やっぱ肉体を持たねえ生き物ってのは、身体が恋しいのか?」
『ハァ?』
ハルナフトプが俺の心臓めがけて長い爪を突き立てようとする。
俺は咄嗟に手で払いのけ、逆にハルナフトプの腕を手刀で切り落としてやった。
ボドドッと鈍い音がする。だが腐ったハルナフトプの身体からは、血が一滴も出てこない。
『オマエ、ウザいなァ』
眉を寄せたハルナフトプが腕を拾い、腕と身体の切断面をグイッと押し合わせた。
肉体からは濃厚な緑のモヤがブワブワと湧き出し、腕がくっついていく。
ハルナフトプは指先をグーパーして、ニンマリ笑った。
「チッ、不死身かよ」
『レノ殿、コヤツは何者だ』
雑魚魔物を追い払い続けていたメロが、俺の背後に立って問う。
「ハルナフトプ。元はアレキサンドリアと同じ種族で、アレキサンドリアの恋人らしいぞ。今は合成されてこんな姿だがな」
『なんと。……レノ殿の目当てはコヤツか?』
「ああ。目には目を、モヤにはモヤだ。魔王退治にはコイツを利用すんのが丁度いい」
ハルナフトプの口角が片側だけ、ヒクヒクと上がる。
『なんの話だァ?』
ハルナフトプは殺気立った目をして、俺を睨んだ。
それを俺は、フンと笑い飛ばす。
「テメエを従えてやるって話だよ、この俺がな!」
グッと足に力を入れ、全身のエネルギーを込めた握りこぶしをハルナフトプのアゴに打ち込む。
ハルナフトプはドン、ドン、ドンと回転しながら5メートルほど吹っ飛んだ。
奴のアゴの骨は折れ、顔の下半分が醜くゆがんでいる。
それをハルナフトプは手でゴキッと動かし、治療した。
『キミ、生意気だなァ』
ハルナフトプの両目に真っ黒な闘志が宿る。
ハルナフトプはエネルギーの宿った右手を俺にかざした。
――ハッ、見え見えなんだよ、馬鹿が。
そうやってエネルギー弾を打ち込もうって考えだろ。
モヤの動きが視える俺に、もうそんな攻撃は効かない。
俺はハルナフトプの手をよけ、代わりに顔面へドラゴンブレスを吐いた。
至近距離の攻撃をハルナフトプはかわしきれず、その長髪が焦げる。
いい気味だぜ。
『貴様……!』
ハルナフトプがギリリと歯を食いしばり、歯茎をむき出しにする。
――イケる。
速さも力も、俺はハルナフトプに負けていない。
俺はニヤリと笑って、ハルナフトプに飛びかかった。
両手の手刀でハルナフトプの腕を同時に切り落とす。
その後すぐさま、左手でハルナフトプの頭を掴んだ。
右手の先を鋭く伸ばし、ハルナフトプのアゴ下にグイと差し込む。
「動いたら首を落とすぜ」
プスリと首に穴が開く。
苦々しい顔をして、ハルナフトプの動きが一時的に止まった。
俺はハルナフトプの腐った顔に自分の顔を目いっぱい近づけ、奴の耳元でささやいた。
「なあハルナフトプ。オマエ、なんで魔王に協力してるんだ? 何が望みだ。言えよ」
ハルナフトプの顔面は腐ったドブよりも汚く濁り、悪臭を放っている。
呼吸するたび、腐敗した空気が俺の肺に貯まっていった。
腕をもがれたハルナフトプは、俺を睨みつけながら、俺の下腹部を蹴り上げる。
「テメエ! じっとしてろっつったろ!」
俺はハルナフトプの足を強く、何度も蹴り飛ばした。
腐ったハルナフトプの足はゴキッバキッと音を立て、骨が粉々になる。
ハルナフトプは恨めしそうに俺を見据えながら、折れた右足をプランプランさせた。
「アレキサンドリアから聞いたぜ? オマエ、最初は自分たちの居住地を守るために、力を求めたんだろ? それがなんで、こんなコトしてんだよ」
俺はハルナフトプの首へ手刀をさらに食い込ませる。
血の出ない穴が、ブスッと大きく広がった。
『誰が答えるか。馬鹿め』
ベエェ、とハルナフトプが長い舌を出す。
「ああ、そう」
俺はハルナフトプの頭を横倒しに引っ張り、ブチブチッと首を引きちぎった。
身体から引き離されたハルナフトプの顔が、『あぁあ』とうんざりした声をあげる。
首を地面に落っことし、力いっぱい踏みつける。
ハルナフトプの頭は熟れた果実のように爆ぜた。
あっけない。
が。
『ちょっと、やめてよね。折角のボクの身体が台無しじゃないか』
「はあ? ハルナフトプ。テメエ、まだ喋れるのか。キモ」
顔もねえのに、どこから声出てんだよ。




