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第十五話


「落ち着いた?」


 地面に落とす涙はやがて枯渇し、触ってもわかる程度にむくんだ顔だけが残る。あまり司君にこんな姿を見せたくなかった。「うん」とだけ返事をすると、静かに「良かった」と言ってくれた。


「まさかここまで思い詰めてるとは思わなかったんだ。本当にごめん」

「ううん、大丈夫。泣いて少しスッキリした。だから……ちゃんと話すよ」


 こんな私にずっと寄り添ってくれたんだ。私だって言わないといけない。多分司君なら、真剣に聞いてくれるはず。少し手は震えるけど、強く握り返す。


「私ね、もう部活辞めたいの」

「それは……全国の決勝に行けなかったから?昔から目標にしてたのは知ってるけど……」

「うん。なんかもう力尽きちゃったみたい。だって、あんな一瞬で終わっちゃったんだよ?一年間頑張って、やりたいことも我慢して練習してきたのに」

「やりたいことって、陸上やる以外なんかあったの?俺知らないんだけど」

「私のことなんだと思ってるの?」

「陸上大好きお姉さん」

「陸上大好きは置いておくとして、お姉さんてなによ」

「昔っから年上に見られてたじゃん。生まれは俺より遅いのに」

「たった二ヶ月早く産まれただけでしょ?」

「されど二ヶ月ってこと」

「誤差でしかないでしょ……」

「それはそうなんだけど」

「あ、そこは認めるんだ」

「正直、別に歳なんてどうでもいいし、気にしたところで何も意味ないじゃん。で、話を戻すけど、やりたいことってなに?」

「友達と一緒に帰る……とか?」

「疑問系かよ。もしかして、実はちゃんと考えてないだろ」

「そんなことないって!ちゃんとあるから」

「じゃあ教えてよ」

「意地悪してくるから言わな〜い」

「はあ?」

「女の子には秘密にしたいことが山ほどあるんで〜す」


 本当は、昔みたいに一緒に帰りたい。だけど、この歳になってまでこんなこと言うのは恥ずかしい。司君には悪いけど、意地悪してくるから別にいいよね、言わなくて。

 

「……分かったよ。それは聞かないでおくわ」

「それでよろしい」

「じゃあさ、もう一つ質問してもいい?」

「何?」

「多分、那月は自分でも気づいてないと思うんだけどさ……」

「気づいてないって、何が?」

「ここ最近はずっと一緒に帰ってるじゃん」

「うん」

「その時間って大体部活とか始まってるでしょ。家に帰る時は必ずグラウンドの脇を通る必要があるじゃん」

「そうだけど」

「……その時さ、必ずと言っていいぐらいグラウンドを見つめてることに気づいてる?」

「え?私が?」

「やっぱ気づいてないよね」


 言われてみてこれまで振り返ってみたけど、確かに見てるかもしれない。言われるまで何も気づかなかった。


「確かに見てたような気がするけど……」

「多分無意識なんだろうね。まあ、気持ちは分からんでもないけど」

「どういうこと?」

「それはこっちが聞きたいんだけど。そうだな……簡単に言えば、本当はやめたくないんじゃないのかって話」

「いやいや、私さっき辞めたいって言ったじゃん」

「確かに言った。ちゃんと聞いてるよ」

「じゃあなんでそんなこと、まるで私のことを分かってるみたいに言うのさ」

「那月は……昔から本心が態度に出るんだよ。自分はそう思ってないと感じてるだけで」

「辞めたいって気持ちは本心じゃないっていうの?」

「それは違うね。多分、辞めたいって気持ちはちゃんとあると思うよ」

「……何が言いたいのかさっぱり分からないんだけど」

「ごめんごめん、そうだな、何かいい例は……」


 と言いながら司君は空を見上げた。何かあるのかと見てやっても、雲一つもありゃしない。そういえば、何か思い出そうとしてる時とかによく上を見るような癖があることを思い出した。

 

「たしか……那月ってホラーゲームとか嫌いだよね」

「ホラーゲーム?まあ、怖いのは昔から無理だけど……」

「いつだったか忘れたけど、一緒に見たことあったでしょ?あれ以降、少しでもそういった類の動画とか見た?」

「見るわけないじゃん。嫌いだし」

「だよね、そうだと思った。那月は嫌いなものを極力見ないようにする癖がある。でしょ?」


 言われてみれば、確かにそんな感じがする。お互い、意外とよく見てるんだなと少しだけ感心してしまった。


「……そうかも。てか、キモ。そんなこと気づくの」

「なんでそんなこと言われなくちゃいけないのさ。何年一緒にいると思ってんだよ。癖の一つや二つぐらい気づくもんじゃない?」

「さあ?」

「うわぁ、急に距離置いてきたんだけど」

「なんてね。私もわかってるよ。司君の癖ぐらい」

「だよな、よかった。俺だけかと思った……」

「でもさ、その……ホラーゲームと私の部活はあんまり関係なくない?」

「癖を確認したかっただけだからね。ホラゲ自体は関係ないよ」

「ふ〜ん。じゃあ、陸上が嫌だと思っているもかかわらず見てるから、本当は辞めたくないんじゃないかって思ったってこと?」

「あの通り道は陸上部の練習がよく見えるしね。もちろん、那月が練習してた時もちゃんと見えてたよ」

「練習してるところ見てたの!?」

「たまに……と言っても一瞬だけど、そんな驚くこと?」

「いや、まさか司君に盗撮癖のある変態だとは思わず……」

「そこまでしないって!写真もとってねえし!」

「わかってるよ、司君ならそんなことしないって」

「ならいいけど……まあ、とにかく言いたいのはそう言うこと。それに……」

「それに?」

「……なんか、寂しそうだった」

「え?」

「……俺、那月のこと羨ましいって思ってた。飽きっぽい俺と違って昔からやりたいことを見つけてはそれを楽しそうにやってさ。陸上だってそう。何度も走り込んで疲れるだろうに嫌な顔しないどころか、ずっと笑ってた。心の底から楽しんでるんだなって、遠目から見て思ったよ。しかも、全国の決勝の舞台に立ちたいなんて夢も持っちゃってさ」


 突然寂しそうって言ったかと思えば、私のこと羨ましいとか、楽しんでるとか言ってきて驚いた。確かに陸上の練習はきつかったけど楽しい思い出もある。しかし、まさか司君が私のことをそんなふうに思っていたなんて思いもしなかった。


「でも……大会が終わって部活に出なくなってから、あの時のような笑顔を見なくなった。全国大会が終わって……もう陸上が嫌いになったんじゃないかって。だけど那月は、あの場所をずっと見てる。もし本当に嫌いになったのなら見るのを拒むのに……。だから何度も聞いたんだ。その結果、那月に辛い思いをさせてしまったんだけど……」


 言葉を選びながら語る司君の横顔と西日が重なる。また一口、炭酸飲料を飲んだ。

 

「……ごめん、遠回しに伝わるといいなって思ったけど、いい言葉が見つからないわ」


 ペットボトル片手に顔を俯くと静かに語る。

 

「那月の辞めたいって気持ち……よく分かるけど、それでもやっぱり続けて欲しい。身勝手な理由だってのは自分でも分かってる。でも……」


 言葉を詰まらせる司君。日の影が邪魔をして顔がよく見えない。


「それでも俺は、また那月の心の底から笑ってるところが見たい……夢に向かって頑張ってる姿も……」


 その瞬間、うっすらと光に反射しながら頬を伝って流れるものを見た。堪えているようだけど、また一滴とこぼれ落ちる。これが彼の本音なのだとすぐ分かった。


作者の瑠璃です。

まずは読んでくださりありがとうございます。

この作品はタイトル通り、それぞれの視点で描かれる異世界物語です。人族サイドのお話もあるのでもしよろしければその作品も読んでいただけると嬉しいです。また不定期投稿なので気長に待っていただければと思います。ブクマ、評価等していただけるとめっちゃ喜びます!!

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