31
さんざん泣いて冷静になってみると、今の地位を失うと告げられた父の反応はそれほど意外なものではなかった。
思った以上に自己中心的だったことには驚いたが、それだけだ。
いろいろふざけたことを言っていたが、もうすべてクリスティアには関係のないことだから、ルーファスには祖父に処分を告げられた父が取り乱していたとだけ伝えた。
「あとはお祖父様にお任せすることにしたの」
「それがいいと思う」
うなずいてから、ルーファスは第二王子から聞かされた王妃たちの今後についてクリスティアに話した。
「そう、リリアナは死罪を免れたのね」
「それに、カミラ王女は何の罪にも問われない。不満かもしれないが、きっといつか天罰が当たるよ」
「天罰? それほど信心深くないあなたがそんなことを言うなんて、よほど腹が立ったのね。王女のことは予想していたし、不満なんてないわ。リリアナも魔塔の奴隷だなんて、きっとあの子にとっては死ぬより辛いはずよ」
「あなたが納得しているならそれでいいが。実は第二王子から伝言があるんだ」
ルーファスはひどく言いにくそうに切り出した。
「リリアナに会いたいなら、魔塔に送る前に一度だけ会わせてあげる、と」
「そうですか」
クリスティアは考え込んでしまった。
母の不貞を知っても他人事のようで、よほど父に腹が立ったのだろうとしか思わなかったし、父が違うことを知っても今さらリリアナに対する思いが変わったということもない。
我ながら冷たいとも思うが、彼らはすでに家族ではなかったし、もう肉親の情なんてものは枯れ果てて、どこにも残っていないのだろう。
うっかり会いに行くと、クリスティアは貴族のままなのに、自分だけが平民となることへの不満をぶつけられそうで面倒だ。
ただ、リリアナがいちばん欲しかったものは何なのか、それが気になる。前世でも今世でも常に敵視され、まともに話したことなど皆無だ。だからこそ、最後に一度だけ、彼女に尋ねてみたいと思った。
「まともに話ができるかわかりませんけど、会ってみようと思います」
「俺も一緒に行くよ」
「大丈夫ですわ」
あれほど大泣きした後で説得力が無いというのは十分わかっているが、今回は自分でも本当に大丈夫だと思うのだ。
父と母にはまだ期待していた部分があったのかもしれない。だから、彼らの言動に思いのほか傷ついたりしたのだろうが、前世での出来事のせいでリリアナに対してはまったくそういう感情はない。
「モリスについてきてもらいますから」
「どうしてモリスなんだ?」
「ちょっとリリアナに前世の話でもしようかと思いまして。どうせ信じてくれないでしょうけど、証人としてモリスがいてくれたら心強いので」
「……そうか」
ルーファスは不満そうだったが、仕方ないというようにうなずいた。
***
リリアナとの面会は地下牢で、鉄格子をはさんで向かい合うことになった。
「惨めな姿をあざ笑いに来たってわけ?」
(いきなりこれだもの)
思わずため息が漏れる。
「少しは落ち込んでいるかと思ったのに、あなた、こんな状況でも怖いほど変わらないのね」
「は? 平民になったからわたしがショックをうけているとでも? 王太子に怪我させたんだもの。貴族のままだろうが平民になろうが、どうせ死罪でしょ」
(そうだ、まだリリアナは魔塔に送られることを知らないんだったわ)
面会の前、牢番から本人にはまだ知らせてないから耳に入れるなと注意されたのだ。
「そうじゃないわ。お母様のことは許せないかもしれないけど、お父様はあなたをかわいがってくれたでしょう? どうなったか気にならないの?」
「どうせ不貞をするなら貴族の男にして欲しかったわ。お母様が罰せられるのは当然よ。わたしの人生をめちゃくちゃにしたのだもの。お父様だって、デイル家から王太子妃を出したいから、わたしを大事にしていただけだわ」
「あなた、そんな風に思っていたの?」
クリスティアは父が自分とよく似た娘を可愛がっているのだと思っていたが、リリアナ自身は利用価値があるから大切にされていただけだと、より冷徹な見方をしていたことに驚いた。
「わたしとお父様は目的が同じだっただけよ。でも、あの人は無能で、王宮内でまったく力がなかったから、わたしは王妃様に媚びて守ってもらうしかなかった。ずっと努力してきたのに、どうしてこんなことになるの?」
リリアナはぎっとクリスティアをにらみつけた。
「ずっと怒りが収まらないのよ。わたしが平民になるのに、なんであんたが貴族のままなの? しかも未来の辺境伯夫人だなんて、許せないっ!!」
(やっぱり言われたわ)
クリスティアはげんなりしたが、リリアナは止まらない。
「おまけに〝豊穣の手〟まで持ってるなんて、どう考えてもおかしいわ。神に選ばれたのはわたしだったはずよ」
「自分以外に能力を持っている人間がいるのが許せないの?」
「あたりまえでしょう? わたしが他の誰かと同じなんて許せないわ。だから、女性としてこの国で最も高貴な身分である王妃になって、皆を跪かせるの。その為に好きでもない男の機嫌を取って、気に入られるようがんばったのよ。なのに、わたしを役立たずと馬鹿した上に、婚約破棄だなんて許せるわけないでしょう。殺してやりたかったのに、死ななかったのが残念だわ」
「あなたは王妃になるという望みを叶えるためなら何でもするのね? では、わたしが〝豊穣の手〟を持っているとあなたが知っていたら、わたしを消そうとしたかしら?」
「あんたの容姿じゃ、わたしに代わって王太子妃に選ばれるなんてあり得ないと思うけど」
リリアナはせせら笑った。
「でも、そうね、やっぱり消そうとしたと思うわ。特別なのはひとりだけでいいもの」
(ああ、それが理由だったのね)
前世で執拗にクリスティアを追いつめ、死に追いやったのも、たったひとりの特別な人になる為。王妃になっても足りない。〝豊穣の手〟の持ち主も唯一自分だけでなければならなかったのだ。
リリアナの言動がようやく腑に落ちたが、怒りよりもむしろ虚しさを強く感じる。
前世でルーファスとクリスティアを死なせた者たちは、自分たちの欲を満たすためだけに動いていた。彼らは自らを省みる気持ちなど持ったこともなかっただろう。常に己が正しいと信じていたから。それゆえに、今世でクリスティアが違う行動を取ったことで状況が変わったにもかかわらず、彼らはまた同じ事を繰り返した。
「わたしの後ろにいるモリスは時魔法師なの。わたしは彼のおかげで時を遡って人生をやり直しているのよ。前回は先に能力に目覚めたわたしが王太子の婚約者になったけれど、あなたに無実の罪を着せられて、最後は毒を飲まされて殺されたわ。だから、今回が二度目よ」
「は? 何言ってるの?」
「信じなくてもいいわ。わたしが能力を隠し、ずっと領地にいたのは両親に疎まれたからじゃない。あなたに二度と殺されたくなかったからよ。今回は何の障害もなかったはずなのに、結局うまくいかなかったわね」
「わたしを馬鹿にしてるの!?」
リリアナは鉄格子をつかみ、大声で叫んだ。
「ずっとおとなしくしていたくせに、なんで急に出てきたりしたのよ。あんたが来てから何もかもおかしくなったのよ!!」
「人のせいにしないで。あなたはわたしを殺そうとしたことを申し訳ないとは思わないのね?」
念押しのように聞くと、リリアナはあっさりと肯定した。
「思うわけないじゃない。前回なんて知らないけど、必要だったらいつだってやるわ。あんたがわたしの立場だったら、きっと同じことをしたはずよ」
「しないわよ。わたしは〝豊穣の手〟を持っているからって、自分を特別だとも、選ばれた人間だとも思っていないもの」
クリスティアは即座に否定した。
「もう一度言うわ。あなたはわたしを殺したのよ。だから、あなたがこれからどれほど苦しもうと、けっして同情なんかしない」
その時、背後から声が掛かった。
「もういいでしょう?」
振り向くと、そこにはユリウスがいた。




