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クリスティアはデイル侯爵邸の応接室で、父であるオスカーと向き合っていた。
隣に祖父が居てくれるので心強いが、今さら何も話すことなどないというのが本音だった。
「その、今まですまなかった」
「謝る相手が違います」
頭を下げる父に冷たく告げる。
「あなたが母を信じてくれていたら、このようなことにはなりませんでした」
「だが、結局ヴェルマは不貞をしていたじゃないか」
(どうしてもお母様だけを悪者にしたいのね。でも、それをわざわざお祖父様の前で口に出して言う必要があるの?)
呆れてしまい、反論する気も失せた。
それは祖父も同じ気持ちだろう。
手紙で事件を知らせ、侯爵邸へ行くより先に辺境伯の屋敷に来てもらった。祖父にはクリスティアの口からきちんと話をしたかったのだ。
祖父は気丈だった。衝撃を受けたに違いないのに怒りも見せず、冷静に事実を受け止めていた。
「リリアナだけは両親に愛されて幸せな娘だと思っていたのに……。ヴェルマはなんと罪深いことをしたのか。愚かだ、あまりにも愚かだ」
すべてを聞き終えた後、祖父が漏らした悲しげなつぶやきがしばらくクリスティアの胸から離れなかった。
「娘の不始末に関しては申し訳ないと思っている。だが、最初におまえが不貞だなどと娘を侮辱した時に、もっと厳しく抗議するべきだった。いずれ誤解は解けるなどと安易に考えていたせいで、クリスティアにも辛い思いをさせてしまったことはわしの過ちだ」
「当然、ヴェルマとは離縁しますし、リリアナも私の娘ではないのですからこの家から除籍します」
「そうだろうな。だが、忘れていないか? この家の血筋なのはヴェルマのほうで、おまえは婿養子に過ぎない。おまえに後継ぎとなる子はいないのだから、離婚すれば爵位はヴェルマの従兄弟に譲ることになるぞ」
「どうしてそんな話になるのですか!? わたしには娘がおります。クリスティアの産んだ子を後継に迎えればよいではありませんか」
「リリアナがいなくなった途端にわたしを娘扱いするのですか?」
口出しは控えようと思っていたのに、あまりにも身勝手な言い分に黙っていられなくなった。
「あなたがお疑いになった理由、わたしの赤い髪と緑の目はそのままで何も変わってはいませんが、それでも娘だとお認めになる?」
「それは……」
「ずっと可愛がってきたリリアナの心配はしないのですか? あの子が罪を犯したことに胸は痛まないのですか?」
「私は何でも望みを叶えてやった。王太子の婚約者にもしてやったのに、自らそれを捨てたんだぞ、許せるものか。あれほど馬鹿だとは思わなかったが、私ではなく弟の子なら出来が悪いのは仕方がないだろう」
(ひどい言い様ね。そんなに簡単に切り捨てるなんて……。リリアナのことを愛していなかったの?)
怒りを覚えたが、それはすぐに諦めへと変わった。
「あなたはいつもご自分のことばかりだわ」
(期待していたわけではなかったけれど、こうなったことに本当に少しも責任を感じていないのね)
「わたしが産んだ子どもにこの家を継がせるつもりはありません。あなたの爵位を守るために、わが子を犠牲にしたくはありませんから」
「クリスティアっ!! 私だって騙されていたんだから許してくれてもいいだろう!?」
「お父様、許しを請う相手も間違っていますわ。デイル侯爵令嬢であるリリアナが、王太子に傷を負わせたのです。父親であるあなたも罪に問われるはずですよね。なのに、呼び出されもしない。なぜだかわかりますか?」
「それはリリアナがわたしの娘じゃないから……」
「そのような言い訳が通るはずないでしょう。すでにお祖父様がルーファス様と一緒に陛下に謁見し、謝罪を済ませているからですよ」
クリスティアの言葉に祖父も大きくうなずいた。
「罪人を出したばかりか、リリアナの身分を故意に偽っていたとお疑いを受けても仕方のないところを、陛下はデイル家に情けを掛けてくださり、当主の交代で済ませてくださるそうだ。つまり、もうおまえの処分は決まっているということだな」
「なぜ私が当主の座を追われるのですか!? 悪いのはリリアナとヴェルマではありませんか!!」
「無論、ふたりは除籍する。リリアナは罪人として裁かれるし、ヴェルマは修道院へ入れる。平民として行くのだから辛い生活になるだろうが、それも罰だ。おまえには離婚の慰謝料としていくらか払ってやる。身辺の整理をしてひと月以内にここから出て行け」
「そんな馬鹿な話があるものか。義父上、私が何をしたというのですか? クリスティア、頼む、助けてくれ。私が悪かった。何度でも謝るから……」
今にも泣き出しそうなオスカーの顔をにらみつけ、クリスティアは椅子から立ち上がった。
(どうして自分だけが被害者みたいな顔をするの? もう耐えられないわ)
「お祖父様、わたしはお先に失礼しますわ。後はお任せしてもよろしいでしょうか?」
「ああ。わしはこれからヴェルマに会いに行くが、おまえはどうする?」
会うつもりはなかった。だが、娘として何か伝えるべきか迷う。
「無理しなくて良い。ヴェルマはずっとおまえの母親ではなかった」
強い言い方だったが、それがかえって自分に対する祖父の愛情のように感じられた。
「ありがとう、お祖父様」
クリスティアは微笑み、それ以上は何も言わずに部屋を出た。
辺境伯の屋敷に戻ると、着替えもせずまっすぐに執務室に向かう。
デイル家での話を報告するつもりだったのに、ルーファスの顔を見た途端、涙があふれて止まらなくなってしまった。
(ああ、わたしはすごくルーファス様に会いたかったんだわ)
いつのまにか、彼が傍にいるのが当たり前のようになっていた。そのことにどれだけ支えられていたのか、今まで気付かなかったほどに。
「どうした?」
机の前にいたルーファスは、ぎょっとしたように書類を放り投げて飛んできた。
ぎゅっと抱きしめられると安心して、ようやくほっと息がつけた。緊張でこわばっていた体が少しずつ緩んでいく。
「侯爵に嫌なことを言われたのか? やっぱりついていけばよかった」
過保護だと言いたかったけれど、それがうれしくて、ただ甘えたくて、彼の胸に顔をうずめ、思う存分泣いた。




