29 Side ルーファス
数日後、貴族会議を経て、王太子アーロンの廃嫡と第二王子ユリウスの立太子が決まった。
それがまだ正式に発表される前に、ルーファスはユリウスに呼び出された。
おそらく次々とやってくる仕事に忙殺されているのだろうと思っていたが、彼は変わらず余裕のある態度で、以前より顔色も良くなっているようだ。
「僭越ながら心配いたしておりましたが、お元気そうで何よりです」
「うん。父上も良くなられたし、母上と兄上の機嫌をうかがわなくてすむようになったから、とても気が楽なんだ」
(なるほど)
王太子になるというプレッシャーよりも、開放感のほうが勝っているらしい。
「クリスティア嬢は大丈夫かな? デイル侯爵家はどうなってる?」
事件の後、リリアナは取り調べの為王宮へ連行され、牢に入れられている。
真実を知ったオスカーの怒りは凄まじく、ヴェルマは侯爵邸の地下牢に閉じ込められたが、クリスティアの取りなしで今は自室で謹慎となっている。
「お母様に同情したわけじゃないの。ただ、不貞はお母様の過ちだけど、原因はお父様にもあると思うわ。だから、お父様だけが被害者のような顔をしてお母様を罰するのは、何か違うような気がして」
クリスティアはルーファスにだけ、そんな本音を話してくれた。
「先代のデイル侯爵が領地から駆け付けてこられました。クリスティアから話を聞き、頭を抱えていらっしゃいましたが、後始末は自分がすると仰るのでお任せしようかと」
「そうだな、それが良い。じつは今日来てもらったのは、卿に謝らなくてならないことがあるからだ。クリスティア嬢にも関わりのあることだが、彼女に伝えるかどうかは任せるよ」
「それは彼らについてでしょうか?」
ルーファスは事前に王宮から報せを受けていた。
王妃は離宮に幽閉された後、毒杯を賜る。
王太子は断種のうえ北の塔に幽閉、再教育が施される。その結果によっては母と同じ道をたどることになるだろう。
宰相と後継者である子息は自害させる。夫人は離縁、娘と共に実家に戻される。公爵家は傍系が継ぐ。
「つけ加えておくと、会議では王妃が国王に毒を盛ったことは伏せられた。国王陛下の不調の原因が毒だったなんて知られないほうがいいからね。それに他の罪だけでも十分裁けるし」
ユリウスは苦い顔をした。罪を犯した母に対し、悲しみよりも怒りのほうが大きいのだろう。
「大神官は神殿に送り返し、処罰を任せた。おそらくもう生きてはいないだろう。話し合いの末、中毒になる成分が入っていたことは知らずに聖水を売っていたことにした。さすがに神殿を潰すわけにはいかないからね。もちろん、しばらく監視はつけるよ。それから、聖水による中毒症状が出ている者には雪月水を支給する。費用は神殿持ちだ。用意してもらえるかな?」
「承知しました」
「問題なのはここからだ。まずリリアナ嬢だが、王太子に毒を使って片目を奪ったというのは大罪だ。ただ、その罪で裁こうとすると毒の出所が問題になる」
「調べてくださったのですか?」
「もちろんだ。私にも彼女が嘘を言っているようには思えなかったからね。それで姉上の周囲を調べさせてみた。リリアナ嬢に毒を渡したことは証明できなかったが、姉上が何人もの人間を介して毒を手に入れたことは突き止められた。それで、事実を父上に報告したんだが……」
ユリウスは助けを求めるように、上目遣いにルーファスを見た。
(言いたくないんだろうなあ)
なんとなく答えが予想できたし、多少はユリウスに同情もするが、助け船を出してやるほどルーファスはお人好しではない。
「どうされました、殿下? 続きをどうぞ」
素知らぬ顔で先を促すと、軽くにらまれた。
「くっ、こんなことならクリスティア嬢にも来てもらうのだった」
「彼女には殿下に多大なるお気遣いをいただいたと言っておきますからご心配なく」
「はーっ、わかったよ。姉上が毒を渡したという証拠はないし、婚約も決まっている。部屋中くまなく調べて不審な物がないか確認した上で、結婚準備の為、早々に大公領へ送り出すと決められた。その代わりと言っては何だがリリアナ嬢の罪は公にされず、魔塔へ奴隷として引き渡される。魔法師たちが〝豊穣の手〟の能力について調べたいそうで、実験材料兼使用人ということだ」
「甘くないですか?」
「魔塔の奴隷となれば一生外へ出ることはできないし、婚姻も子を持つことも許されない。おまけに魔法師はイカレた奴が多いから、若い女性にとっては十分重い罰だと思うが」
(いや、モリスが聞いたら一緒にするなと怒るだろうなあ)
そんなことを思いつつも、抗議の姿勢は崩さない。
「そちらじゃなくて、もうひとりのほうですよ」
(わかってるくせに)
心の中で突っ込んでいると、ユリウスはますます渋面になった。
「父上は姉上を溺愛している。こうなることはわかっていたから、父上の目を盗んで密かに大公殿下と連絡を取った。リリアナ嬢に渡した物以外にも、まだ姉上はいくつか毒を持っていた。私はそれを婚約者である大公の嫡男に使うつもりだったのではないかと疑っている。さっさと未亡人になって王宮に帰るつもりなのだろうと。話してみると、大公も同じ意見だった。もともと人目もはばからず他の男に言い寄る女だと蔑んでいたのに、王命で婚約させられたんだ、親子共々姉上を毛嫌いしている」
ユリウスはわざとらしくこちらを見たが、ルーファスは自分のせいではないとばかりに堂々とその視線を受け止めた。
「無言で訴えなくてもいいよ。卿に責任はない。悪いのは姉上だ。クリスティア嬢を殺そうとした女を許せないだろう?」
「当然です」
「さて、ここから先はあくまで世間話だと思って聞いて欲しいんだが、王都から大公領へ向かうにはギース伯爵領を通らねばならないのは知っているね?」
「はい」
「半年ほど前から、伯爵領内の街道に盗賊が出るそうだ。大公が対策をするように言っても、ギース伯爵は適当な言い訳を繰り返すばかりで何の手も打っていない。それじゃあ誰か身分の高い人が盗賊に襲われても仕方がないし、もしそうなったら伯爵の責任だと思わないか?」
「それは……」
(俺に盗賊の真似事をしろと?)
「大公もね、自分の領内でなければ何が起きても構わないそうだよ」
「ギース伯爵はどうなってもいいのですか?」
「伯爵は貴族たちとの連絡係のような役目をしていたらしいが、王妃から彼らに流れる金の一部を自分の懐に入れて私腹を肥やしていた。今回、これ以上事を大きくしない為、陛下は貴族たちの不正には目をつぶったから彼らは助かった。なのに、伯爵はその金を領地の為に使おうとしないんだ。天罰が当たっても文句は言えないだろう?」
ずっと渋い顔をしていたユリウスが初めてにっこりと笑ってみせる。
ルーファスは思わずため息をついた。
ユリウスのお膳立てに乗せられるのは不愉快だ。しかし、前世でクリスティアを痛めつけ、今世でも危害を加えようとした女を自分の手で葬り去れる、またとない機会ではある。
「二度と噛まれないよう、毒蛇は退治しておかないとね」
ダメ押しのように言われ、ルーファスは覚悟を決めた。
「ほんとに良いんですね。俺は容赦しませんよ」
「もちろん。これが私なりの卿に対する償いだと思って欲しい。ひとりで来てもらった理由がわかっただろう? こんな話、クリスティア嬢には聞かせられないからね」
ルーファスは思わず拳を握りしめた。
(殿下の言うとおりだ。クリスティアが望まなかったとしても、俺はこの手でカミラを排除する。これは俺の復讐であって、彼女には関係のないことだ)
「それからこれは余計なお世話かもしれないが、もし望むなら、リリアナ嬢が魔塔に移る前に一度だけ会わせてあげられると、クリスティア嬢に伝えて欲しい」
「殿下のご厚意に感謝いたします」
ルーファスはユリウスに向かって深々と頭を下げた。
クリスティアがどのような選択をするのかはわからない。ただ、どちらを選んだにせよ、前世から続いていた因縁とでも言うべきものをようやく断ち切ることができるような気がした。
***
社交シーズンが始まる前に、カミラ王女は慌ただしく大公領に向けて旅立った。あちらで婚姻を済ませ、それから王都に戻って式を挙げるのだという。
だが、途中のギース伯爵領内で一行は盗賊に襲われて行方不明となり、王女だけが翌日、付近の森の中で遺体となって発見された。獣に食い荒らされて酷い有り様だったらしい。王女は皆に顔を知られているから売り飛ばすこともできず、ひとりだけ殺されたのだろうと噂された。
国王の嘆きは深く、盗賊の取り締まりを怠ったとしてギース伯爵を男爵にまで降爵し、領地の半分を没収した。
この時に行方不明となった護衛の騎士や侍女が、後に大公家に雇い入れられたことを知る者は、ルーファスとユリウス以外、王都には誰もいなかった。




