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「陛下、それは王太子殿下を廃嫡されるということですか?」
沈黙を破って真っ先に尋ねたのはルーファスだった。
「ああ、そうだ。新たにユリウスを王太子に立てるよう貴族会議に諮る。アーロンには爵位と領地を授けるから、王都から離れて静養するがいい」
「父上!? どうして私が廃嫡されねばならないのですか!?」
アーロンが血相を変えて国王に食ってかかり、王妃もそれに便乗して喚き立てる。
「陛下、それはあんまりですわ。まったく目が見えないわけではないのですから、周りが支えてやれば無事に務められます。お願いですから、どうかこのままで……」
王妃のほうは無視することに決めたようで、国王はわざわざアーロンのほうに顔を向けて答えた。
「片目を失ったことだけが問題なのではない。己の頭で何も考えることなく、母親の言うなりになって愚かなままでいる男に、王になる資格などないということだ」
「父上は誤解なさっています。母上はいつも私が王太子に相応しい行動をするよう導いてくださいました。その教えに従うのは当然ではありませんか」
「だから、自分は悪くないと? 」
「私だけでなく、母上も悪くありません。母上は私が何の憂いもなく王位につけるよう皆に協力を求めただけなのに、何がいけないのですか? むしろ、母上に逆らう奴らが悪いんです」
「……では、私に毒を盛ったことはどうなんだ?」
「母上は殺すつもりなんかなかったはずです。父上がちっとも私を大事にしてくださらないから、軽く懲らしめようとなさっただけですよ」
(この人は何を言っているの?)
クリスティアは唖然とした。
前世ではさんざん罵られ、傷つけられた。思いやりの欠片もない自己中心的な男で大嫌いだったが、まさかここまで物事を自分に都合良く解釈する幼い思考の持ち主だとは思っていなかった。
「もういい、頭がおかしくなりそうだ」
ついに国王もさじを投げた。
「おまえなど危なくて外には出せん。北の塔に幽閉だ。とりあえずふたりを牢に放り込んでおけ」
再び布で口を塞がれ、罪人たちが騎士たちによって連れ出されると、国王は精根尽き果てたというように、がっくりと肩を落とし、頭を抱えた。
「陛下……」
ユリウスが隣に座り、心配そうに声を掛ける。
「あそこまでひどいと思っていなかった。どんなに王妃が騒ごうが、さっさとアーロンから引き離しておけば良かった。まあ、何をいっても今さらだが」
諦めたようにつぶやくと、国王は顔を上げた。
「ルーファス卿、そなたの薬のおかげで助かった。王妃の不始末で起きたことの補償はするつもりだが、それとは別に礼をしたい。何か望みはあるか?」
「雪月薬を作ることができたのはクリスティアのおかげです。褒美をくださるというのでしたら、どうか彼女に」
「ルーファス様?」
「心配していることがあるだろう? 言ってごらん」
国王がうなずいたので、クリスティアは思い切って口を開いた。
「わたしもリリアナと同じ〝豊穣の手〟を持っております。かつての能力者は凶作となった土地を豊作へと変えたかもしれませんが、今のわたしたちにはそこまでの力はありません。わたしはこれからもずっと西の辺境で暮らし、リーヴェ領の為にだけ能力を使いたいのです。どうかお許しいただけないでしょうか」
「わかった。〝豊穣の手〟の力についてよく知りもせず、利用しようとした王家にも責任はある。そなたが〝豊穣の手〟の持ち主であることは公表しないでおこう。雪月薬と雪月水はとても良いものだ。これからも生産を続けて欲しい」
「ありがとうございます」
ずっと不安に思っていたことが解消されてクリスティアは安堵した。
*
帰りの馬車の中で隣に座ったルーファスは、なぜか上機嫌でにこにこと笑顔を浮かべながら、ずっとクリスティアを見つめている。
(どうしたのかしら?)
クリスティアは首をかしげ、向かい側のモリスはその光景を気味悪そうに眺めている。
「なんです? その締まりの無い顔は?」
「クリスティアがずっとレーヴェで暮らしたいって言ってくれたのが嬉しくて」
「何言ってるんですか? いずれ結婚されるんですから当たり前でしょう?」
「最初に期間限定と言われてるからな。いずれ愛想尽かされて出て行かれるんじゃないかと不安でしょうがなかったんだ。でも、もうその心配はしなくていいみたいだな」
「そ、そうですね」
満面の笑みを向けられて、クリスティアは焦った。
(もしかして、わたしがこのまま傍にいてもいいってこと? いいえ、深い意味はないのかも。期待してはいけないわ。契約結婚を申し込んだのはわたしのほうだから、約束は守らないといけないし)
いろいろな思いが頭の中をぐるぐると巡って自分でもよくわからなくなる。
(そうよ、まず、わたしとの婚約に縛られる必要は無いって伝えなきゃ)
「で、でもルーファス様に好きな人ができたら、わたしは町に下りて暮らしてもいいなって」
「ん? なぜそんな話になるんだ?」
「わたしから言い出したことですもの、約束は守りますわ」
「お互い契約なんて言葉に捕らわれていたせいですれ違ってたみたいだな。いや、それは俺のせいか。まだあなたにきちんと伝えていなかったから」
ルーファスはクリスティアの手を取って、まっすぐに向き合った。
「クリスティア、俺は……」
「はい、そこまで」
言いかけたところで、いきなりモリスから制止の声が掛かる。
「邪魔しないでくれないか」
不機嫌になったルーファスだったが、モリスは構わず説教しはじめた。
「邪魔されたくないなら、僕の居ないところでやってください。うっすらとですが事情は察しました。そもそもあなたは無神経すぎますよ。大事な話を馬車の中、しかも第三者の前でするなんて、控えめに言っても最低です」
「大事な話なんだ、早いほうがいいだろう」
「大事な話だからこそ、時と場所を選ぶべきです。だいたい、今日何があったかわかってますか? 王宮に呼び出され、国王陛下にお会いし、愚か者たちが断罪されるのを見たんですよ。フルコースです、お腹いっぱいです。あなたは知りませんが、クリスティア様も僕もざまあみろと思う余裕も無いほど疲れています。日を改めましょう」
「おまえが疲れてるのは関係ないよな?」
あまりにも流暢な弁舌に圧倒されながらも、ルーファスがわずかに抵抗を試みる。
「わからないようですからあえて教えてさしあげたのです。あなた以外の人は疲れています、たまには空気を読めと」
「……わかりました。俺が悪かったです」
冷ややかな笑顔で瞬殺され、ルーファスは座席の端に寄って小さくなった。
何が起ころうと変わらぬふたりの掛け合いに、クリスティアはただ苦笑するしかなかった。




