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「陛下、お体はもうよろしいのですか? 無理をなさってはいけません」
「構うな」
近づいて腕を取ろうとする王妃の手を、国王は冷たく振り払った。
「思ったより元気そうで驚いたか? まだ本調子ではないが、薬が効いてずいぶんと良くなったぞ。もう少し休んでから復帰するつもりだったが、そなたらがあまりにも勝手をするものだから出てくるしかなくなったのだ」
厳しい言葉で王妃を叱責すると、国王はアーロンにも鋭いまなざしを向けた。
「退け。そこはそなたの席ではない」
王太子が弾かれたように立ち上がり、あわてて中央の玉座から離れる。
空いた椅子にゆったりと腰を下ろした国王は、挨拶をしようとするルーファスを軽く手を振って止めた。
「すまぬが、少し待ってくれ。そなたとは後でゆっくり話をしたい故」
「陛下、それはなりません」
ルーファスに向けられた視線を遮るように、王妃が国王の前に立った。
「王太子を害そうとした黒幕はそこにいるルーファスです。犯人を捕らえようとしましたのに、なぜお止めになるのですか? 王家に対する反逆ですから、レーヴェ家にも罪を問わねばなりませんわ」
「黙れ。証拠もなしにそのようなことを軽々しく口に出すな。私がこの場に来たのはおまえたちを止める為だ」
国王は苛立ったように手を振り、王妃を脇へ下がらせた。
「だが皆が揃っているならちょうど良い。まず大神官、そなたの罪を問おう。聖水についてレーヴェ家から申し立てがあり、魔塔に調査を依頼していたのだが、その報告書が来ている。結論から言うと、聖水には輝星草だけでなく摂取し続けると中毒症状を引き起こす香草が含まれていた。おまえは知っていたな?」
「とんでもない。まさかそんな物が入っていたなんて、私は何も知りませんでした」
「神に仕える身で嘘を吐くのか? 聖水の売り上げが落ちた途端、その香草の割合を増やせと指示したのはおまえだろう? ああ、反論なら取調官に聞いてもらえ。証拠も証言もあるから無駄だろうが」
大神官はへなへなとその場に座り込んだ。
「ひとつ教えてやろう。聖水の売り上げが落ちたのは、もっと安価で安全な〝雪月水〟という商品が王都に広まったからだ。雪月水には聖水による中毒を治す効果もある。今回の調査で明らかになったことはすべて公表するから、神殿の信用はこれ以上ないほどに落ちるだろうな。覚悟しておくがいい」
今にも気絶しそうなほど真っ青になった大神官は、騎士たちに引きずられるようにして退場していった。
「というわけで王妃、もう金は入ってこないぞ」
「ひっ!?」
いきなり矛先を向けられて、王妃は引きつったような甲高い声を上げた。
「神殿の商売を認める代わりに売り上げの何割かを巻き上げていたのは知っている。そうして集めた金をばらまいて、高位貴族たちの支持を取り付けようとしたが、反応は今ひとつだったようだな。だから、焦って西の辺境伯家に手を出そうとしたのか?」
「わたくしはそのようなことはしておりませんっ」
すっかり冷静さを失った王妃はひたすら首を振って否定する。
「残念ながら、こちらも証言が取れている。辺境伯襲撃に関わり、始末された男の遺書もあるし、何より神官たちが調査に協力的だったらしい。まあ、正直に話せば罪を減じてやると約束したせいもあろうが」
王妃は再び国王の前に出ると床に跪き、声を震わせて訴えた。
「陛下、そのような者たちの証言などお信じになるのですか? わたくしは長い間、心から陛下に尽くして参りましたのに」
「はっ、今度は泣き落としか。今さら何をしても手遅れだ。宰相と手を組んで、夫に毒を盛るような女に掛ける情けなどないわ。そうまでしてアーロンを王太子にしたいか? そうだな、こやつならそなたの思い通りに動くだろうからな」
目を見開いて絶句する王妃を見て、国王は冷笑を浮かべた。
「アーロンを国王に据えて意のままに操ろうなど、ずいぶんと分不相応な考えを持ったものだが、宰相に唆されたのか? 私は後悔している。このようなことになる前にもっと早く決断すべきだったと」
「陛下?」
「宰相を捕らえて投獄せよ。王妃と王太子は拘束し、私の執務室へつれていくように」
宰相はおとなしく連行されていったが、王妃と王太子は大声で喚きながら抵抗し、数人の騎士に力ずくで連れ出された。
*
謁見の間を退出した後、あらためて国王に呼ばれ、モリスも含めた三人で執務室を訪れると、王妃と王太子は各々が粗末な木の椅子に座らされ、後ろ手に縄で縛られていた。おまけに布で口を塞がれている。
アーロンはともかく罪を暴かれたはずの王妃もまだ心は折れていないようで、こちらに気付いた途端、ふたり揃って思い切り睨みつけてきた。
クリスティアとルーファスは薦められるまま国王とユリウスの向かいに座り、その後ろにモリスが立つ。
「人払いをしたので護衛がいない。騒がれても困るのであのようなことになった。見苦しいが我慢してくれ」
国王は用意されていたお茶をひとくち飲み、ふうっと大きく息を吐いた。
「さっそくだが記録した映像とやらを見せてほしい。おおよそのことはユリウスから聞いているが、自分の目で確かめたいのだ」
「かしこまりました」
ルーファスがうなずくと、モリスが魔法石を取り出して封印を解く。
再現された映像は平面ではなく立体で、デイル家の応接間がそのままこの場に運ばれてきたのかと思うほどリアルに再現されていた。
「魔法師が記録した映像は編集できません。長くなりますが記録し始めたところから見ていただくことになります」
モリスの言葉通り、映像はクリスティアとルーファスが侯爵夫妻と向き合って座る場面から始まった。
クリスティアも〝豊穣の手〟を持っていると告白した辺りで、王妃が驚きの表情を浮かべる。
その後、アーロンがリリアナの出生の秘密を暴露するのを見て、国王の表情が険しくなる。
当の本人はまったく悪いと思っていないようで、自らの行いを目の前で再現されても平然としている。だが、さすがにリリアナに罵られ、毒を掛けられた場面になると、拳を握りしめて必死に叫び出したいのを堪えているようだ。今ではひとつになってしまった瞳に、リリアナに対する殺意が宿っている。
王妃は痛みにうめく息子の姿に衝撃を受け、身を捩りながら涙を零す。
モリスがアーロンの治療を始めるところで映像は終わっていた。ふたつの時魔法を同時に使うことができないからだろう。
「なんということだ」
国王は深いため息をつき、疲れたように椅子の背に身を預けた。
「我が息子は恐ろしいほど品性に欠ける愚か者のようだ。婚約者である令嬢の気持ちなど少しも考えず、あのように残酷な事実をいきなり突きつけるとは。だが、問題はそれだけではないな」
「ええ、その通りです」
国王に視線を向けられ、ユリウスは大きくうなずいた。
「信じたくはないが、リリアナ嬢の話が本当だとしたら、カミラも罪を犯したことになる。おまえに調査を任せる。誰を使っても良い、真実を明らかにしてくれ」
「はい、早急に取りかかります」
「気は進まんが、最後にふたりの言い分も聞いてやろう。ユリウス、布を外してやれ」
しゃべれるようになるが早いか、アーロンは大声で不満をぶちまけた。
「私は本当のことを言っただけなのに右目を駄目にされたのですよ!? 悪いのはリリアナではありませんか!!」
「リリアナ嬢はもちろん罪に問われる。そしておまえは王太子の座を失うというわけだ」
あまりにも重大な発言だったが、国王が何のためらいもなくさらりと言ってのけた為、誰もが最初は聞き間違いかと思い、内容を理解するのに若干の時間を要した。




