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幸いにも、と言うしかないが、アーロンは助かった。
かなり強い毒だったらしいが、口の中に入ったのが少量だったことと、すぐに解毒効果のある雪月薬を飲ませたことで命に別状はなかった。
だが、無傷で済んだわけではない。
目に入った毒の解毒が間に合わず、左目はかろうじて視力が残ったものの、右目は完全に見えなくなってしまったのだ。
治療に当たったモリスからあらかじめ聞いていた為、王宮から報告を受けても驚きはしなかったが、問題はその後だった。
王太子の病状を知らせてくれたのは第二王子だったが、続いてやってきたのは王妃の使者で、すぐさま王宮に来るようにと強制に近い呼び出しを受けた。
「行きたくないな」
馬車の用意をするよう指示してからも、ルーファスは心底嫌そうに、何度もそう言った。
「絶対なんか言いがかりをつけられるに決まってる」
「大丈夫ですわ。モリスの記録がありますもの」
クリスティアも不安だったが、それを口にしたくなくて、あえて明るい顔を装ってみる。
「そうなんだが……」
珍しくルーファスが口ごもると、モリスが安心させるように大きくうなずいた。
「クリスティア様が正しいですよ。ルーファス様、心配はご無用です。もし僕の記録が偽造だなんて言われても、いざとなったら魔塔の方々に本物だと証明してもらえるよう頼んでありますから」
「おお、さすがだ、モリス。頼りになるなあ」
ルーファスが晴れやかな表情になり、モリスの背中を叩いた。
「ですから、安心して行ってらっしゃいませ」
モリスが恭しくお辞儀をすると、ルーファスは不思議そうな顔をした。
「何を言ってる? おまえも行くんだぞ?」
「ええっ、なんで僕が行かなきゃならないんです? 魔法石を調整しておきましたから、記録された映像はルーファス様でも再生できますよ?」
「あれ、伝えてなかったか? あの場にいた者はひとり残らず連れてこいと、王妃に命令されたんだ」
「あの女っ」
「気持ちはわかるが、不敬罪というものがある。王宮では控えろよ」
「あの、僕は治療の疲れで体調が……」
「いいからさっさと乗れ」
「……はい」
憂鬱だったはずなのに、あまりにも緊張感のないふたりのやりとりを聞いて、クリスティアは思わず笑ってしまった。
*
王宮に着くと、謁見の間に通された。
前世で断罪された場所だ。嫌でもあの時のことを思い出してしまう。
(だめよ、しっかりしなくては)
必死に自分に言い聞かせてみても、足が震えてしまう。
「大丈夫だ。今度こそ守るから」
ささやき声と共に、そっと手を握られる。
見上げると、ルーファスは強いまなざしでまっすぐに前を見つめている。
中央の玉座に王太子、隣には王妃が座っており、一段下がったところに宰相と中央神殿の大神官が控える。
だが、アーロンの右目は眼帯に覆われ、その傍らにリリアナはいない。
(そうよ、前回とは違うわ。今度こそ断罪されたりしない)
クリスティアは顔を上げ、ルーファスと一緒に玉座の前まで進んで挨拶をした。
「なぜ呼ばれたかわかっているな?」
なんとか堪えようとしているのだろうが、抑えきれない怒気を周囲に放ちながら、王妃が威圧感たっぷりに聞いてくる。反論の余地などないと言いたげな態度だが、ルーファスはいささかも動じない。
「リリアナ嬢が王太子殿下に不敬を働いた件でしょうか? 残念ながら、私達はたまたまその場に居合わせただけですので、特にお話しするようなことはございませんが」
「不敬だと? ふざけたことを。此度のことはれっきとした襲撃事件だ。王太子の暗殺を企てたのはそなたであろう」
(はい?)
クリスティアはめまいを覚えた。
王妃も王太子同様、いつも悪い意味で想像を超えてくる。
言いがかりもここまで来るともはや反論すらしたくないレベルだが、黙っているとさらに相手は暴走するだろう。
「まさか王妃様が無実の者に罪を着せるとは思いませんでした。いくら王太子殿下が傷を負われ、動揺されているとしても、さすがにお言葉が過ぎるのでは? 今回は王太子殿下とリリアナ嬢の諍いに過ぎないでしょう。私とは何の関わりもございません」
ルーファスもうんざりしたようで、言い方がとげとげしい。
「よくもぬけぬけと。そなたは王太子を廃し、ユリウスを担ぎ上げるつもりだったのだろう。後ろ盾となって中央で権力を握りたかったのか? だが、そんなことはわたくしが許さぬ。たとえ片目を失おうとも、次の国王はアーロンなのだ」
王妃は立ち上がると、ルーファスを指さしながら命じた。
「こやつは王太子暗殺を企んだ主犯で、王家を揺るがそうとした反逆者だ。すぐに捕らえて地下牢へ連れて行け」
一方的に犯してもいない罪を並べ立てられ、捕らわれてしまう。
前世の出来事が再現されたようで、全身が震え出すのを止められない。
「ルーファス様っ」
隣にいる彼の袖をぐっとつかむと、力強い腕で肩を抱き寄せられた。
いつのまにかモリスが前に立って、王妃の姿を隠してくれている。
「早く逃げないと……」
だが、ルーファスは口元に笑みを浮かべている。
「大丈夫だから、周りを見てごらん」
「え?」
言われて初めて気付いた。王妃が命令したにもかかわらず、騎士たちは誰ひとり動こうとしていないのだ。
異様な光景に、王妃は信じられないというように目を大きく見開いた。
「おまえたち、何をしている!?」
母に代わってアーロンが憤怒の形相で叫んだ。
「母上の命令だぞ、早く捕らえぬか!!」
「そこまでにしておけ」
それほど大きくもないのに朗々とよく通る声は、命令することに慣れた響きを持ち、聞く者に逆らうことを許さない重みがあった。
「陛下!?」
「父上?」
玉座の奥にある扉から、国王がユリウスを伴って現れた。
杖をついてはいるものの、誰かに支えられることもなく、自力でゆっくりと玉座に向かって歩いてくる。




