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「当家のことを調べたというのならもっと早くからわかっていたはずです。なぜ、今になってそのようなことを仰るのですか?」
すべてを告白した以上、アーロンの要求を受け入れるしかないことはヴェルマもわかっているはずだ。それでも、あまりに無慈悲なやり方に恨み言のひとつも言わずにはいられなかったのだろう。
「〝豊穣の手〟が使い物にならないからだ。そっちの姉のほうが力の使い方が違うと言っていたが、正しく使ってもすぐに豊作になるとか、そういうものじゃないんだろう? どっちにせよたいした能力じゃない」
返ってきたのは、あまりにも残酷な答えだった。
「父親は平民といっても元は貴族だから目をつぶろうと思っていたが、役立たずでは我慢して不貞の子を娶る利点なんかないからな。デイル家は後ろ盾としても弱いし、婚約を破棄するのは当然じゃないか」
ヴェルマは唇を噛んで黙り込んでしまった。
リリアナがふらふらと椅子から立ち上がってアーロンに近付き、正面で跪いて彼を見上げ、祈るように両手を組んだ。
「アーロン様、お願いです。どうか見捨てないでください。わたしは王妃様に求められるままに能力を使ってきました。そのおかげで神殿からたくさんのお金が入ってきたはずです。今までの功績までなかったことにするおつもりですか?」
「親子揃ってしつこいなあ」
アーロンはうんざりしたように言った。
「いいか、おまえは貴族じゃない。さんざん蔑んできた姉ではなくて、おまえが平民なんだよ。本来なら私と口をきくことすらできない身分だって、いい加減に理解しろよ」
リリアナはがっくりと肩を落として項垂れた。
「……まったく一家揃って馬鹿にして」
「なんだ?」
「無能なのはあんたのほうよっ!!」
いきなり顔を上げて大声で叫ぶと、リリアナは隠し持っていたらしいガラスの小瓶の蓋を開け、中味をアーロンの顔面に掛けた。
「うわああっ!!」
液体を顔中に浴びたアーロンは絶叫し、椅子から転げ落ちた。そのまま両手で顔をこすりながら、床に倒れて苦しんでいる。
「モリス!!」
ルーファスの呼びかけで、モリスがアーロンに駆け寄り、体に手を当てて呪文を唱えた。
掛けられたのが毒物なら時魔法で体中に回るのを防ぐことができる。
クリスティアは床に転がった空の瓶を拾い、モリスに渡した。
「おそらく植物毒だと思いますが、嗅いだことのない香りなので特定はできません」
「解毒剤はどこ?」
リリアナに聞いても、苦しむアーロンを見てにやにやと笑うだけだ。
「とにかく雪月薬を使ってみましょう」
モリスが手当をしている間、ルーファスは護衛の騎士に王宮に知らせるよう指示をした。
「王太子はモリスに任せるしかない。今のうちに使用人たちに口止めし、侯爵と話をつけてくる。ここで待っていてくれ」
「はい」
ルーファスが出て行った後、クリスティアはリリアナの肩をつかみ、正面から顔をのぞき込むようにして厳しい口調で尋ねた。
「何の毒なの?」
それでも笑いながら首を振り続ける妹の頬を軽く叩くと、リリアナようやく笑みを引っ込め、きっとクリスティアをにらみつけた。
「なんであんたなんかに叩かれなくちゃいけないのよ」
「あなたが馬鹿なことをしたからでしょう!? どんなにクズでもあいつは王太子なの。殺してしまったら極刑は免れないわ。あんな奴の為に死んでもいいの!?」
リリアナの目に涙が浮かんだ。
「……嫌よ」
「そうでしょう? 助けなくちゃならないのよ。早く何の毒なのか言いなさい!!」
「知らないわ。王女にもらったんだもの」
「なんですって? カミラ王女がどうしてあなたに毒を渡すの?」
「……だから、お姉様を殺すためよ」
「は?」
全身から力が脱けるような気がした。
「理由はわかるでしょ? あの女はどうしてもルーファス様と結婚したいようだけど、そんなの無理に決まってるわ。断ったら、わたしを罠に嵌めて脅すんだもの。仕方なかったのよ」
「まさか、今日、わたしを殺すつもりだったの?」
「そんなことしたら、わたしが疑われるじゃない。だから、毒を飲んだ振りをして、お姉様を犯人にするつもりだったのよ。ルーファス様もいっしょだと厄介だから、アーロン様を呼んで逆らえないようにするつもりだったのに、どうしてこんなことになったの?」
両手で顔を覆い、椅子に突っ伏して泣き出したリリアナを、クリスティアは冷ややかに見下ろした。
(泣きたいのはこっちよ)
前世でカミラにやられたことを、今度はリリアナにされるところだったとは。怒りも悲しみも通り越して、虚しさがこみあげてきた。
何度も失望させられたのに、まだ懲りていなかったのかと自分で自分を殴りたくなる。
「わずかでも同情したのが間違いだったわ。きっかけはともかく、あなたが引き起こした事よ。自分で責任を取るしかないわね」
泣き続けるリリアナから後ずさりするように距離を取ると、今度はヴェルマが隣に座り、そっと背中を撫でている。
そんな姿を見ても、もう胸は痛まない。ただあまりにも愚かだと思うばかりだ。
扉の外が騒がしくなる。
様子を見に行こうと、ふたりに背を向けた瞬間、ふいに名前を呼ばれた。
「クリスティア」
今まで向けられたことのない優しさのこもった声。
あまりにも信じられなくて、ぎこちなく振り向くと、ヴェルマが柔らかな表情を浮かべ、まっすぐにクリスティアを見つめている。
「あなたが生まれてとても嬉しかったわ。でも、不貞を疑われたの。好きでもない男の子どもだけど力を振り絞って生んだのに、冷たくされたからオスカーを許せなかったし、あなたのことも愛せなかった」
(わたしは何を聞かされているの?)
最初に思ったのはそれだった。
(生まれたことを喜んでくれたのは嬉しいわ。でも、お父様のことは好きじゃなかったと。要するに、好きでもないあなたの子どもを頑張って産んであげたのに、自分の子じゃないと言って冷たくされたのが許せない。そんな扱いをする男の子どもだから愛せなかったってこと?)
「もし、わたしがリリアナと同じ髪と目の色で生まれてきていたら、あなたはわたしを愛せましたか?」
ばかばかしいと思ったが、試しに聞いてみた。
「そうね。オスカーが疑ったりしなければ、あなたを可愛いと思えたでしょうね」
(夫婦揃ってお互いのせいにして、それでも離婚できないから、自分たちに似ていないわたしを悪者にして妥協したのね。似たもの同士だと思うわ、悪い意味で)
心の中ではいくらでも怒りの言葉や悪口が浮かぶのに、本人を前にすると何も言えなくなる。
母を傷つけたくないからではない。恐れているわけでもない。ただ、何を言っても伝わらないという虚しさを味わうのが嫌なのだと思う。
結局、無言を貫くことにしたクリスティアに対し、ヴェルマはいかにもすまなさそうに告げた。
「ずっとあなたに謝りたかったの。愛せなくてごめんなさい」
「ははっ」
思わず笑ってしまい、あわてて口を押さえた。
(真面目な顔で何を言うかと思えば……。まったく、本当は愛していたのよとか、嘘でも言えないのかしら)
ヴェルマはなぜ笑われたのかわからないようで怪訝な顔をしている。
(まあ、そんな嘘を吐かれても腹立たしいだけだし、いっそ潔くて良いのかもしれないわ)
「申し訳ございません。まさか謝っていただけるとは思いませんでしたので。謝罪は受け取りました。わたしのことはもうお気になさらずとも結構です」
母に何も言えなかったのは、伝えたいことがもう何もなかったからだ。
そのことを気付かせてくれたことへの感謝を込めて、クリスティアはこれが最後だと深々と頭を下げた。




