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(まさか、リリアナがお母様と他の男の人との間に出来た子だっていうの?)
アーロンの放った言葉の意味は理解したが、受け入れることができずにいる。クリスティアでさえそうなのだから、オスカーとリリアナは尚更だろう。
「殿下、困りますな。なぜそのような勘違いをなさっておられるのか……」
「王家で調べたんだから間違いないさ」
戸惑いながらも否定しようとするオスカーを、アーロンは容赦なくさえぎった。
「侯爵の弟、アルバートだっけ? リリアナはそいつの子どもだぞ。もう死んでるが、貴族じゃなくて平民になってたんだから、父親が平民という噂は正しかったな。まあ、じつは姉じゃなくて妹だったというのが笑い話だが。ねえ、公爵夫人、そうだろう?」
凍ったような寒々とした空気がその場に流れた。
誰もが言葉を失い、ただ黙ってヴェルマに目を向けた。
もともとクリスティアにとって母は遠い存在だったが、今ではまるで見知らぬ他人のように思える。
皆の視線を受けても、ヴェルマは顔色ひとつ変えずに平然としていた。
「リリアナは殿下の婚約者でございます。なぜそのように貶めようとなさるのですか?」
アーロンがぶつけてきた事実を否定も肯定もせず、ヴェルマはただ訝しげな表情を浮かべるだけだ。
「婚約なんか破棄されるに決まってるだろう。夫人の不貞の子で、父親が平民ならリリアナも貴族じゃなくなるからな」
デイル家の血筋を引くのはヴェルマだが、爵位を継いだのは婿養子であるオスカーだ。生まれた子どもは父の身分を受け継ぐから、リリアナがアルバートの娘であれば、彼女は貴族ではなく平民ということになる。
「違うわ、そんなはずない。わたしがお父様の娘じゃないなんて、何かの間違いよ」
リリアナは潤んだ瞳ですがるようにヴェルマを見た。
「そうよね? お母様」
しかし、ヴェルマは返事をするどころか娘に目を向けようともしない。
代わってオスカーが娘に答えた。
「そうだとも。リリアナは私に似ているんだ。クリスティアと間違えたに決まっている」
「やれやれ、諦めの悪いことだ。髪や瞳の色が同じだからって親子の証明になるのか? 弟は侯爵にそっくりだったのだろう?」
アーロンは嘲笑を浮かべたまま、冷ややかな口調で言った。
「せっかく内々に済ませてやるつもりだったのに、あくまで認めないというなら、王宮に証人を呼んでひとりひとり証言させようか。当時の使用人とか、死んだアルベルトの妻とか。そうだ、本人の遺書もあるぞ。ちゃんとリリアナが娘だって告白してる」
「アルベルトの遺書ですって?」
地を這うような低い声だった。
「そんなものを残すなんて、ほんとにあの人は卑怯だわ。秘密のひとつも守れない、自分が楽になりたいだけの、ただの臆病者よ」
ヴェルマは初めて感情をあらわにし、憎々しげに吐き捨てた。
「お母様?」
リリアナが信じられないというように大きく目を見開いた。
「ヴェルマ、おまえ、やっぱり不貞をしていたんだな」
オスカーににらまれてもヴェルマは怯むことなく、氷のように冷えたまなざしで夫を見返した。
「あなたは何もわかってない」
うめくように言葉を絞り出すと、ヴェルマはそこからたがが外れたようにしゃべりだした。
「あなたとの婚約が決まる前、わたしはアルバートが好きだったわ。なのに、あの人は兄に悪いからと自分から身を引いてしまったのよ。腹が立ったわ。だから、彼のことはきっぱりと諦めてあなたと結婚した。すぐに身ごもって幸せだったのに、あなたは生まれてきた子の髪と目の色が違うからって、わたしの不貞を疑った。どんなに違うと言っても信じてくれないあなたを憎んだわ。許せないと思った。それで復讐してやろうと決めたの」
「復讐だと?」
「そうよ。その頃のアルバートはもう結婚していて貴族ではなかったけれど、そんなことどうでも良かった。わたしが受けた仕打ちを話し、あなたと結婚したかったと責めたら良心がとがめたのでしょうね、あの人はすぐにわたしの言いなりになったの。リリアナがあなたたちと同じ色を持って生まれてくれたのは嬉しかったわ。神様がわたしの復讐を後押ししてくれたとさえ思った」
「嘘をつくな!! リリアナは私の娘だ」
「だから、違うと言っているでしょう? あなたの娘はクリスティアだけよ」
「嘘だ、黙れ」
オスカーは力なくつぶやいた。
「わたしは何度も言ったわよね、クリスティアはあなたの子だと。でも、あなたはずっと実の娘を愛することなく遠ざけて、弟の子どもを自分にそっくりだと言って溺愛していたのよ。笑えるわ。ねえ、真実を知った今の気分はどう?」
満面に笑みを浮かべるヴェルマに、いきなりオスカーがつかみかかった。
首を絞めようとするのを、ルーファスと王太子の護衛騎士がふたりがかりで止める。
「放せっ!! この女、殺してやるっ!!」
「うるさいぞ。追い出せ」
アーロンに命じられ、騎士は喚き続けるオスカーを殴りつけて静かにさせると、肩に担いで部屋を出て行った。
「侯爵が落ち着いたら、あとはそちらで話し合ってくれ。おとなしく応じてくれるなら、婚約は破棄でなく解消にしてやってもいいし、リリアナの父親についても黙っていてやる」
突然明らかになった事実があまりにも衝撃的で、クリスティアはただ呆然と成り行きを見守るばかりだったが、さすがにアーロンの言い様に怒りがこみ上げてきた。
リリアナの出生の秘密を軽々しく暴露しただけでなく、いきなり婚約破棄まで突きつけてくる。それも、さも王家が温情を施してやっていると言わんばかりの態度で。
いくらリリアナが嫌いでも、さすがにざまあみろとは思えない。アーロンのしたことはもはや人としてどうかというレベルだ。
(前世からわかってはいたけれど、まったく変わっていないわ。クズね)
そのひと言に尽きる。
だが、アーロンの暴言はこれだけでは終わらなかった。




