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「ルーファス様、最後に一度だけデイル家に行って、あの人たちと話をしようと思います」
「それは……」
クリスティアが決意を込めて告げると、ルーファスはとっさに何か言いかけたが、すぐに口を閉ざした。
おそらくやめておけと言いそうになったのを、頭ごなしに反対するのも良くないと思いとどまったのだろう。
「〝豊穣の手〟の真実を告げて、王太子との婚約を辞退するよう薦めます。今なら王妃も引き留めたりしないでしょう。今のうちに王妃から離れておけば、多少なりとも国王陛下の心証が良くなるのではないかと。彼らではなく、祖父母の為に家を守りたいのです。」
「忠告してやっても、あちらが聞く耳を持つかどうか疑問だぞ? また嫌な思いをするだけじゃないか?」
心配そうな顔をするルーファスに、思わず笑みがこみ上げてくる。
「あなたはいつもわたしの気持ちを大事にしてくださるのですね。でも、大丈夫ですよ。少しは強くなりましたから。」
「参ったな、そんな風に言われては反対できない。だが、なぜ急に思い立ったのか、理由を聞いてもいいか?」
「リリアナは王家から距離を置いたほうが良いとユリウス殿下が忠告してくださいました。
そのまま伝えるわけにはいきませんが、黙っておくこともできないと思いました」
「殿下は余計なことを言ってくれたものだ」
「それだけじゃないんです。あなたのお言葉もきっかけになりましたわ。相手の罪を明らかにする為には、こちらが痛みを受けてもやらなければならないことがあるって仰ったでしょう? すごく納得してしまいましたの」
「あー、俺もか」
ルーファスが天を仰ぐ。
「わたしはあの人たちに自分の娘に対する罪を自覚して欲しいのです。そのためなら痛みにだって耐えますわ。最後ですもの、今まで感じてきたことを全部ぶちまけてやろうと思います」
「うん、それは止めない。思う存分やればいいよ」
「あの人たちには何も伝わらないかもしれませんが、前世でできなかったことをやれるだけでも満足ですし、何よりわたしの気が済みます」
「それ、いいな。もちろん、俺も一緒に行くから。そうだ、モリスも連れて行こう、記録係だ」
時魔法の使い手であるモリスは自分が目にした映像を魔法石に保存し、後で再生することもできる。
もはや家族とも思っていないが、デイル家に関する内輪の話だと示す為に、不本意ながら家族全員に話したいことがあるから訪問したいと手紙に記した。
思いのほか早く返信が届き、五日後に会うことが決まった。
***
「いやあ、緊張しますね」
デイル家に向かう馬車の中、モリスはそわそわと落ち着かない様子だ。
「どうしておまえが緊張するんだ? ただの記録係で部外者なんだぞ?」
「そうですけど、いわば敵陣に乗り込むようなものじゃありませんか? 何を言われるのかと今から気が気じゃなくて」
「だから、何を言われようがおまえは関係ないだろう?」
「ですが、クリスティア様がひどいことを言われたら、黙っていられる自信がなくて……」
「我慢しろ。いざという時は俺が出る」
「あの、ルーファス様」
すっかり戦闘態勢の彼を、クリスティアがやんわりと制した。
「お気持ちはありがたいのですが、わたしが助けてとお願いするまでは、どうか見守っていてくださいね」
モリスが無言のまま、気の毒そうな目でルーファスを見る。
「……わかった。だが、もし何かあれば絶対に後で仕返しさせてもらう。そのためにもしっかりと証拠は残さないとな。モリス、おまえの任務は重大だ。何があっても手を出さず、いや、口も出さずにきっちりと記録しろ」
「……辛いです。どうか、デイル家の方々が暴言を吐かれませんように」
モリスの嘆きと祈りを乗せて馬車は進み、約束した時間に屋敷へと到着した。
さすがにルーファスと一緒だからか、使用人たちに侮蔑の視線を向けられることもなく、丁重に応接間へと通された。
オスカーとヴェルマは先に来ていたが、軽く挨拶をしただけで立ち上がろうともしなかった。
クリスティアはルーファスと並んで長椅子に座り、モリスは目立たぬよう壁際に控えたが、侯爵夫妻の表情がよく見える位置を選んで立っている。
「わざわざ我々を集めて何の話をされるつもりですかな」
オスカーは尊大な態度を隠そうともせずルーファスに向かって尋ねたが、彼が答えないのでようやくクリスティアへと目を向けた。
「リリアナはどうしたのですか?」
皆がそろわなければ意味がない。
「リリアナは少し疲れがたまったようで、ここ数日、妃教育を休んでいたのだが、心配した王太子殿下が見舞いに来てくださってな。今はふたりでテラスにいるのだ」
自慢げに語るオスカーにうんざりしながら、クリスティアは淡々と告げる。
「そうですか。では、殿下がお帰りになるまで待ちましょう」
途端にオスカーの機嫌が悪くなった。
「リリアナがいなくても構わないだろう。我らも暇ではないのだ。話があるなら早くしなさい」
「あの子にも関わりのあることです。皆が揃うまで話せません」
「おまえは……」
オスカーの顔が怒りで赤く染まる。怒鳴りつけたいところだろうが、ルーファスの手前、なんとか堪えているのだろう。
知ってはいたが、目の前の男の沸点の低さにうんざりする。
目を合わせるのも嫌で、ふいと視線を逸らすと、ヴェルマがじっとこちらを見ているのに気付いた。だが、その瞳にはまるで感情が籠もっておらず、不気味ささえ感じてしまう。
(ちょっと帰りたくなってきたわ)
思わず扉のほうに目をやると、ちょうどノックの音がして、リリアナが姿を見せた。
ほっとしたのもつかの間、彼女はひとりではなかった。
まるで臣下の為に謁見の間に来たかのような、よく言えば堂々とした、悪く言えば必要以上に偉そうな態度で侯爵家の客間に入ってきたのは、王太子アーロンだった。




