21 Side リリアナ③
「王女様がお呼びです」
妃教育を終えて部屋を出たところで待ち構えていた侍女に連れられ、リリアナはこっそりため息をつきながら庭園の東屋に向かった。
最近のカミラはそこでお茶をするのがお気に入りなのだ。
以前は王宮に来るたび王妃に呼ばれていたが、近頃はまったくお声が掛からない。その代わりのようにこうしてカミラに呼び出される。
王太子は母親の言いなりだから、リリアナは王妃に気に入られるようご機嫌を取る必要があったし、王家の一員になったような気分になれるから王妃に呼ばれるのは嬉しかったが、いずれ他家へ嫁ぎ、リリアナよりも身分が下になるカミラと時間を過ごしたところで何のメリットもない。
むしろ面倒なことをしつこく言ってくるので、嫌でたまらなかった。
「遅いわよ」
カミラは不機嫌さを隠そうともしない。
作り笑いを浮かべて挨拶し、丸テーブルをはさんで向かい合う。
「ねえ、いつまで待たせるつもり?」
「何のことでしょう?」
「あなたの姉を何とかしなさいと言ったでしょう?」
「無理ですわ」
「ふうん、あなた、今の自分の状況がわかってないのねえ」
「思わせぶりなことを仰るのはやめてください。王太子様と週に一度はお会いしていますし、お妃教育も進んでおります。何も変わっていませんわ」
「強がっても無駄よ。お母様に呼ばれなくなったくせに」
「……」
「ねえ、婚約者を亡くした令嬢がいるの。ヘイズ侯爵家はあなたの家より歴史が古くて名門だし、きっと王宮に来ることになるわよ」
「そのことは知っています。第二王子の婚約者になるのでしょう?」
「それ、本気で言っているの? 〝豊穣の手〟が使い物にならないと証明されたあなたより、ヘイズ家の令嬢のほうが価値が高いわ。お母様がユリウスになんか渡すものですか。だから、差し替えられると警告してあげているのに、いいかげん理解しなさいよ。このままだといずれ婚約破棄の理由を作る為に傷物にされるか、最悪消されるかもしれないわね」
カミラは胸の前で両腕を組んでリリアナをにらみつけた。
「お母様はレーヴェ家にアーロンの後ろ盾になって欲しいから縁を結びたいの。ユリウスが辺境伯の令嬢と婚約すれば、ますますわたくしがルーファス様に嫁ぐ理由がなくなってしまう。もう待てないわ」
「わたしには姉を排除する手段がありませんわ。連絡も取れないほどですのよ」
これはまったくの嘘でもない。
クリスティアが早々に辺境に旅立った後、辺境伯のタウンハウスに手紙を出してみた。
誤解があって姉とはうまくいっていなかった。仲直りしたいが姉は家族に怒っていて手紙を送っても読んでもらえないだろう。せめて、辺境でうまくやっているのか様子だけでも教えてもらえないかと頼んでみたのだ。
すると、ロベルトという男から返事が来たが、おふたりは仲睦まじく過ごしておられますのでご心配なくという素っ気ないもので、取り付く島もない。
その後も何度か出してみたが、返事は来るものの、変わりなくお健やかですといった判で押したような文章が並ぶばかりだった。
そのロベルトが死んだと聞いてさすがに驚いたが、レーヴェ家に直接当たっても無理だということは分かったので、調査の為に人を雇うしかないかと考えていたところだ。
「今ならふたりで王都に来ているはずよ。仲直りしたいと言って呼び出せばいいでしょう。そしてね、これを飲ませるの」
目の前に置かれたガラスの小瓶には薄い茶色の液体が入っている。
「少し匂いがあるけれど、紅茶にでも入れれば大丈夫。簡単でしょう?」
カミラが唇の片端を持ち上げて、にやりと笑う。
(何を言い出すのかと思えば……)
リリアナは呆れたが、試しに聞いてみた。
「そこまでして、わたしに何の見返りがあるというのでしょう?」
「わたくしがヘイズ侯爵に令嬢をひそかに隣国へ行かせるよう話してあげる。侯爵は中立派で野心のない人物よ。娘を王太子妃にするつもりなんてないはず。代わりがいなくなれば、あなたはそのままでいられるわ」
(はっ、それで取り引きになるとでも? 馬鹿にしているわ)
鼻で笑いそうになるのを必死に堪える。
そもそもカミラは自己評価が高すぎる。なぜ、ヘイズ侯爵が自分の言葉だけで娘を隣国に行かせると思うのか。
確かにヘイズ侯爵に野心はなさそうだが、それはつまり王家に忠実とも言えるわけで、その意向に逆らったりはしないだろう。
(だいたい自ら動く度胸も頭もないくせに、他人にやらせようなんて図々しいのよっ)
胸の内で毒を吐く。
カミラの言うことが本当なら自分の身を守る手段を講じなければならないが、クリスティアに毒を盛るというのはリリアナにとってリスクしかなく、何の利益ももたらさない。
怖じ気づいた振りをして断ろうかと思ったが、それだけではカミラは諦めないだろう。
姉のデビューの夜会が終わってから何度も呼び出され、あまりのしつこさにいい加減うんざりしているところだ。
(もういいわ、とりあえず受け取っておこう。後でなくしたとでも言えばいいのよ)
「……わかりました」
ためらいつつ恐る恐る手を伸ばしたように見せかけながら、毒の入った小瓶を受け取る。
すると、カミラは満足げにうなずき、耳元でささやいた。
「実はね、この毒、あなたが買ったことになっているの。証人も用意してあるわ」
「えっ?」
驚いてカミラを見つめると、獲物を捕らえた猛獣のようにギラギラと目が輝いている。
「ちゃんとあの女を殺してくれなかったら、わたくし、他の者に命じてヘイズ侯爵令嬢に同じ毒を盛らせ、あなたの仕業にするわ。婚約者の座を脅かされそうになり、嫉妬と焦りのあまり凶行に及んだ、というのはどう?」
(やられた……)
リリアナは唇を噛んだ。
カミラは最初から取り引きなどする気はなく、ただリリアナを利用するつもりだったのだ。
馬鹿にしていた相手にいきなり足をすくわれ、動揺が隠せない。
「それぐらいのことはできるわよ。だって、わたくし王女だもの。まだ王太子妃候補で、侯爵令嬢のあなたより遥かに身分が高いのよ?」
目の前にいるカミラが別人のように見えた。とても狡猾で、到底逆らうことのできない権力者だ。
「そうそう、お母様に告げ口できないようにしなくては。あなたは体調を崩してしまい、明日からしばらく王宮に来られないことにしましょう。あまり長く休んでは良くない噂が立つわよ? 一日も早く、わたくしの望みを叶えてちょうだいね」
(どうしてこんなことに?)
もはや何も言うことができず、リリアナは呆然としたまま屋敷に戻った。
父に話してみたが、リリアナには王妃がついているのにカミラにそんなことができるはずがない、ただの脅しだから無視すれば良いと言うだけで、まともに取り合ってくれない。
その王妃に見放されているかもしれないのに、まったく現状を理解していない父に絶望した。
体調が悪いと部屋に引きこもっていると、侍女から意外な知らせがもたらされた。
「クリスティア様から手紙が届いたそうです。何でも皆様にお話があるので、こちらにお越しになりたいとのことでした」
「はっ、お姉様が?」
気持ちが高ぶり、笑い出してしまいそうだ。
(わたしはまだ何もしていないのに、向こうからやってくるんだわ)
カミラの罠からは逃れられないのだと追いつめられた気持ちになる。
(これまで何の音沙汰もなかったのに、よりによって今、会いに来ようとするなんて、そんなにわたしに殺されたいの?)
あまりの間の悪さに、リリアナは神を呪い、ますます姉を憎んだ。




