20
「雪月薬で回復したと聞いて予想はついているかもしれないが、父は遅効性の毒を少量ずつ飲まされていた。まさか、母が手ずから淹れたお茶に毒が入っているとは思わず、気付くのが遅れてしまったんだ」
「そこまでわかっていて、なぜ王妃様を放っておくのですか?」
「その時ははっきりした証拠がなかったんだ。中途半端に追及しても逃げられてしまうだろう。王妃と宰相、ふたりを同時に排除しないとのちのち禍根が残る。それに兄上のことがあって――」
ここまで歯切れ良く話していたユリウスが初めて言いよどんだ。
「父は兄が王太子としてどう振る舞うのか、見極めたかったのだと思う。だから、ご自分は病を理由に政務を控えた。もし兄に問題がなければ、父は早期の退位を考えていたと思う。でも、兄は母の言いなりになるばかりでなく、己に都合良く解釈をして傍若無人に振る舞い、さらに評判を落とした」
(結局、あの方は変わらなかったのね)
クリスティアは心の内でため息をついた。
今世では関わらずに済んでいるが、相変わらず多くの人々を苦しめているのだと思うと、あまりにも愚かだと呆れる気持ちしかない。
「僕は王位など望んでいなかった。向いていないと思っていたからね。だが、今の兄上よりはずっとましだろう」
「そのような言い方をされるものではありませんよ」
どこか悲しげなユリウスに対し、ルーファスはまるで兄が弟をたしなめるような口調で告げた。
「だいたいあのような方と比べてはいけません、殿下の価値が下がります」
「ルーファス様っ」
クリスティアがこっそり袖を引いて止めたが、ルーファスは涼しい顔で言い切った。
「言われるだけのことをしてきたんだ、王太子殿下は。高貴な身分であるなら尚更、ご自身の行動について責任を取るのは当たり前だろう」
(わたしもそう思いますけどっ……)
内心では同意しつつも、恐る恐るユリウスのほうを見ると、彼は横を向いて肩を震わせている。
「ユリウス殿下?」
「いや、あまりにもはっきり言われたのでつい……。大丈夫、不敬にはならないよ、事実だからね」
(殿下も相当、毒舌なのでは?)
動揺を隠しつつ、クリスティアは愛想良くにっこりと微笑んでみせた。
「そのように言っていただけるなら話は早い。単刀直入に言おう。私は彼らの悪事をすべて白日の下に晒し、国政を浄化したいと考えている。父も同じ意見だ。そのためにも辺境伯が襲撃されたことを公にしていただき、犯人たちの調書をこちらに渡してもらいたい」
「そこまでご存じなのですか?」
「私の息の掛かった侍女や騎士たちが母の傍にいるんだ。あの人は宰相と手を組み、王宮内を掌握していると思っているが、実はそれほど従う者は多くない。だから、私がボーリュ伯爵を通じて手に入れた雪月薬を、密かに父に飲ませることができた。母はまだ父が回復していることを知らないから、それを利用して今のうちに動こうと思っているよ」
「できる限り協力するつもりですが、父に話さねばなりません。時間をいただけませんか?」
「わかった。母の不始末で迷惑を掛けたことを申し訳なく思っている」
「殿下が謝罪なさる必要はありません。殿下の責任ではないのですから。むしろ、陛下をお助けいただいたこと、臣下として心よりお礼申し上げます」
ルーファスとクリスティアが立ち上がって礼をすると、ユリウスは困ったように苦笑いを浮かべた。
「座ってくれ。そのように言われるとますますいたたまれなくなるよ、身内の不祥事だからね。そうだ、身内と言えば、もうひとつ伝えておきたいことがあるんだ。リリアナ嬢のことなんだけれど」
(ここで名前が出るなんて、もう嫌な予感しかしないわ)
王都を出てからも妹の動きを警戒して情報を集めていたので、リリアナが輝星草の件で王妃の不興を買ったのは知っていた。妃教育があるから王宮には通っているが、王妃とふたりきりで会うことはなくなったとも聞いている。
ロベルトに手紙を送っていたのには驚いたが、その後も特に目立った動きはなかったので、正直、安心していたところだ。
(油断しては駄目だったかしら)
できるなら聞きたくないが、聞かないほうが恐ろしいということもある。
「あの子が何か?」
「近頃、姉に何度か呼び出されているそうだ」
「カミラ様がリリアナを?」
前世ではリリアナのほうが積極的にカミラに近づいていたらしいが、今回は逆のようだ。いずれにしてもクリスティアにとって好ましくない組み合わせであることには変わりない。
「あいにくそちらまで手が回らなくて、詳しいことはわからないが、姉は自分の欲望に忠実で、他人の都合などお構いなしの人だから関わらないほうが良いと思う」
(リリアナも同じなんです)
だから気が合うのかと思ったが、そうではなく互いに相手を利用しようとするばかりのようだ。今はカミラがリリアナを必要としているのだろうか?
「リリアナ嬢が母の悪事について何か知っていたとしても、彼女の立場上、どうすることもできなかっただろう。まったくお咎めなしというわけにはいかないが、今からでも王家と距離を置いたほうが良い。私からの忠告だ」
「ありがとうございます」
頭の痛い話だったが、リリアナがクリスティアの妹だからこそ、わざわざ教えてくれたのだろう。ユリウスの心遣いに感謝した。
*
ユリウスを見送った後、ひどく疲れてしまい、クリスティアはぐったりとしてソファーにもたれかかった。
「大丈夫か?」
心配そうに聞くルーファスも気力回復の為と称してブランデーのグラスを手にしているから、精神的に相当やられているに違いない。
「リリアナとカミラ王女の話を聞いて憂鬱になってしまっただけですわ。それよりあなたのほうが辛そうです」
「陛下が回復されたことも、ユリウス殿下が覚悟を決められたことも喜ばしいことなんだが、ロベルトの件が表に出ればナサール家に傷がつくだろうなあ。できればマーカスを守ってやりたいが」
「ルーファス様……」
「ああ、そんな顔しないで。これは当主が決めることだから、親父殿に任せるよ。悔しいことだが、敵の罪を明らかにする為には、こちらが痛みを受けてもやらなければならないことがあるんだろうな」
不合理だと思う。だから、ルーファスも悔しいと言ったのだ。
(それでも退かないのね……)
痛みを受け入れる決意をしたのであろう彼の言葉が、とても重い響きを持ってクリスティアの胸に残った。
*
夜が更けてもルーファスの言葉が頭から離れず、なかなか寝付けなかった。
〝敵の罪を明らかにする為には、こちらが痛みを受けてもやらなければならないことがある〟
前世でのリリアナは己の罪を自覚していただろうか?
相手がクリスティアだから、どんな扱いをしても構わないと思っていたのかもしれない。だとしたら、その意識を植え付けたのは間違いなく両親だ。
彼らもきっと罪の意識など持ってはいないだろう。前世でも今世でも父はクリスティアを我が子だと認めなかったし、母は娘の存在を無視した。
それはとてもひどいことなのだと、あの人たちにわからせたい。
もう諦めていたつもりだったのに、そんな強い思いがこみ上げてくる。
(一度だけ話をしてみよう)
きっとまたあの人たちの言葉に傷つくことになるだろう。それでも罪を自覚しないままでいてほしくない。
(最後にわたしの気持ちをちゃんと伝えて、終わりにするの)
そう決めたら、ようやく眠りにつくことができた。




