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文面に目を通した後で、クリスティアは青ざめた。
ルーファスはクリスティアが自分と対等の立場だということを示すために、あえて次に読むべきだと手紙を差し出したのかもしれない。これは紛れもなく罪の告白だったから。
だが、心情的に言えば、身内に対する懺悔の手紙でもある。
自分が先に読んでしまったことに申し訳なさを感じ、慌ててマーカスに渡すと、彼は深々と頭を下げて受け取った。
「……馬鹿者がっ」
読み終えたマーカスの口から絞り出すように言葉が発せられた。
「こんなことになる前に相談してくれれば……。俺はそこまで疎ましい存在だったのか?」
こみ上げる涙をこらえるように上を向き、やがて大きく息を吐き出すと、今度はルーファスに向かって頭を下げた。
「弟がこんな愚かな考えをもっていたなど、少しも気付いていませんでした。申し訳ございません」
「おまえのせいじゃない。俺だって王都にいたのに何も見ていなかった。その点では同罪だよ。エドアルドに動くなと止められたが、やはり神殿に探りを入れたほうがいいな」
口調こそ冷静だったが、ルーファスの瞳の奥には抑えきれない怒りが宿っている。
ロベルトの死は仕組まれたものに違いないが、黒幕を明らかにするのは困難だ。それに、彼の手紙だけでは王妃の関与を証明するのも難しいだろう。
「ですが、ロベルト様は神官の名前を記していませんから、誰かわかりませんよ。どうやって調べます? もしかしたら、もう消されているかもしれませんし」
たとえ神官たちに接触できたとしても、彼らが証言してくれるとは思えない。ロベルトの死は彼らにとって見せしめの意味を持つことだろう。
皆が一様に考え込み、室内に沈黙が流れた。
ルーファスは怒りが収まらず、マーカスはまだ動揺している。このまま話していても良い考えが浮かぶとは思えない。
「ルーファス様、マーカス卿もモリスも着いたばかりですわ。お話はここまでにして休んでもらいましょう」
クリスティアが声を掛けても、マーカスは大丈夫だと言ってその場を動こうとしない。
「確かに、疲れていては頭も働かないな」
ルーファスも同意はしたものの、なんとなく釈然としない様子でクリスティアに意見を求めた。
「何も言わなかったけれど、あなたはどう思ってる?」
「そうですね。敵はわたしたちがロベルト様を失ったことで逆上し、早急に行動を起こすと考えているのかもしれません。不穏な動きを見せたとあらぬ疑いを掛けられてもまずいですから、しばらく静かに過ごしたほうが良いのではないかと思います」
思い切って提案してみると、ルーファスが苦笑した。
「そんなに今の俺は好戦的に見えるか?」
「いいえ。ただ怒っていらっしゃるのはわかります。これだけのことをされたのですから当たり前ですわ。でも、だからこそ、相手の思惑に乗らないことも大切だと思うのです」
「そうだな」
「罪を犯すまで、ロベルトはこの家に尽くしてくれていたのでしょう? わたしたちは有能な家臣を亡くしたのですから、屋敷内を整える時間が必要ですわ。マーカス卿も葬儀に出られなくてお辛いでしょう? ロベルトのお部屋に祭壇を作りますから、そちらで祈りを捧げてあげてください」
「そんな、罪人である弟の為にそこまでしていただいては……」
「慈悲の心からというだけではなく、レーヴェ家の為でもあります。使用人たちを落ち着かせたいので。ただ、マーカス卿、冷たいことを言うようですが、喪に服した後はロベルトのことを忘れてくださいませ。罪悪感も自責の念も捨ててください。まだ当家の危機は続いています。あなたにもしっかりしてもらわねば困るのです」
言い過ぎたかと不安になったが、マーカスは床に片膝をつき、頭を垂れた。
「お言葉、肝に銘じます。変わらぬ忠誠をルーファス様とクリスティア様に捧げます」
ルーファスがあらためて休息を取るよう、マーカスとモリスに命じる。
部屋を出る前、扉の前で振り向いたモリスはクリスティアに向かい、
「強くなられましたね」
と言って微笑んだ。
(本当にそうだったら嬉しいけれど……)
そんな思いでルーファスを見ると、彼は渋い顔をしている。
「ルーファス様?」
「なんであいつが俺より先にあなたを褒めるんだ? しかもなんか偉そうだし?」
思わず噴き出すと、
「格好良かった。惚れ直したよ」
「褒めすぎですよ」
「いや、俺ももっとしっかりしないとな」
「今のままで十分ですわ。だから、あまり無理をしないで、あなたも休んでください」
「ああ、そうしよう」
だが、静かに過ごせたのはほんの二日ほどだった。
第二王子ユリウスが屋敷を訪ねてきたのだ。しかもお忍びではなく、王宮より先触れが出されるという正式な形の訪問として。
*
応接室にはクリスティアも同席を許され、ルーファスの隣で第二王子と向かい合った。
「母にそろそろ公務として各地に視察に出るよう言われていてね。まず辺境からということになりそうだから、レーヴェ卿が王都にいるうちにいろいろ教えを請いたいと思ったんだよ」
ユリウスはプラチナブロンドに灰青の瞳の持ち主で、顔立ちこそ兄であるアーロンとよく似ていたものの、漂う雰囲気はまったく違っていた。
アーロンのほうは華やかだが、他人を見下すような傲慢さがにじみ出ているのに対し、ユリウスは知的で、穏やかな人柄に見える。
だが、その印象はすぐに覆された。
「では本題に入る前に、少しばかり準備をさせてもらうよ」
ユリウスが護衛の騎士にうなずいてみせると、彼はポケットから香水瓶を取り出し、扉の前に控えていた侍女にシュッと吹き付けた。
侍女がくたりと床に崩れるように倒れ込むと、騎士は耳に綿を詰めてから、扉の前に立った。
「即効性の眠り薬だよ。副作用は無いから安心して。僕の騎士は真面目で眠るわけにはいかないというから、耳栓をさせている。これからする会話はあなた方以外、他の誰にも聞かせたくないのだけれど、辺境伯の屋敷で人払いをしたなんて言われたくないから、ちょっと乱暴な手を使わせてもらったよ」
「当家の使用人は信用できないと仰るので?」
ルーファスが不快さをあらわにしながら言う。
「知らないほうが良い。あまりに重い秘密を抱えると辛くなるだろう? 面倒も起こりやすいしね」
目の前の少年は悪びれもせず、にこやかに物騒な台詞を放つ。
「殿下は見た目ほど穏やかな方ではないようだ」
「レーヴェ卿はボーリュ伯爵から聞いていた通り、率直な人のようだね」
相手のペースに乗せられまいと、わざと挑発するような言い方をしてみたが、ユリウスはまったく動じない。
「……わかりました。降参です」
ルーファスは諦めたようにため息をついた。
「私のことはルーファスとお呼びください。それで、どのようなお話なのでしょう?」
「まず初めに礼を言わせてほしい。あなた方の薬のお陰で、父が健康を取り戻しつつある」
朗報だった。国王が政務に戻れば、王妃は好き勝手に動くことができなくなる。
「それは良かった。お役に立てて何よりです」




