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「陛下は体調を崩されたままで、今では謁見すらままならない。だから王妃と宰相が好き勝手できるわけだが、さすがに今回のなさりようにユリウス殿下も思うところがおありなのだろう。一度おまえと話してみたいと仰っている。いずれ接触があると思うから、よろしく頼むよ」
「俺は自分の家を守るのに精いっぱいなんだ。王位争いに手を貸す余裕などないぞ」
「そんなことは求めていないさ。ただ、利害が一致すれば、殿下はおまえがやろうとしていることに手を貸してくれるかもしれない。あの方はおそろしいほど頭が切れるうえに、年に似合わずしたたかなところがあるから、最初から腹を割って話すことをお勧めするよ」
「やれやれ、こちらは計画を慎重に進めようと思っていたのに、いきなり大事になってきたな」
ルーファスは肩をすくめただけだったが、クリスティアは前世でほとんど接点のなかった第二王子が動き始めたことに戸惑いを隠せなかった。
***
驚いたことに翌日の午後になって、領地に戻ったはずのマーカスと一緒に、モリスが王都にやってきた。
「モリス、どうして?」
クリスティアはルーファスと執務室にいたが、入ってきたふたりを見て思わず目を丸くした。
「よく来たなと言いたいところだが、雪月薬の作業場から目が離せないんじゃなかったのか?」
いぶかしげなルーファスに対し、モリスは涼しい顔で答えた。
「生産の目途がつきましたし、引き継ぎもしっかりしてきました。シャーロット様は順調に回復され、お庭を散策できるほどになりました。問題ありません」
「それで、こっちに来たのか?」
「実はロベルト様の訃報を受け取る少し前、ナサール卿の許に手紙が届いたのですが、一読するなり倒れてしまわれたとのことで、私が呼ばれました。怒りのあまり頭に血が上ってしまったようですが、一時的なもので命に別状はありませんから、今は主治医に任せ、安静にしてもらっています」
「たいしたことがないなら良かった。いったい誰からの手紙なんだ?」
「ロベルト様からの魔法郵便でした」
〝魔法郵便〟というのはあらかじめ魔塔に手紙を預けておき、契約時に決められた頻度の連絡が途絶えたら、自動的に登録してある宛先に送られるというものだ。
登録料が恐ろしく高価なので利用者は限られるが、遺書として使われることも多い。
「ロベルトは身の危険を感じていたということか」
「ナサール卿に、手紙をすぐにでもルーファス様に届けたいが、内容が重大なので信頼できる人に預けたいと相談されまして、それなら誰か探すより私が行ったほうが早いかと思いましたので」
その後、ロベルトが亡くなったとの報せがあったが、ナサール卿はすでに覚悟をしていたようで、遺体を引き取るために人を向かわせたそうだ。
モリスは魔法師の友人に頼み、マーカスの居る場所まで転移魔法で送ってもらったのだという。
マーカスはそこでモリスからナサール卿の伝言を受け取り、王都に戻ってきた。
「ロベルトの遺体は他の者に任せ、すぐに王都に引き返してルーファス様をお守りするようにと父に命じられました」
騎士らしく毅然と振る舞ってはいるが、マーカスの顔色は良くない。
モリスも気遣わしげに彼に目を向けている。
「私もせっかくここまで来たので、何かお役に立てることはないかとマーカス様に付いてきました」
「手紙は読んだのか?」
「まさか、ナサール家の者でもないのに」
「マーカスは?」
「いえ、父がまず先にルーファス様にお見せするようにと」
「そうか、では見せてもらおう」
目を通すうちに、ルーファスの顔がみるみる険しくなる。
無言のまま読み終えると、彼はクリスティアに手紙を差し出した。
そこに書かれていた事実は悪い意味で予想通りだった。
*
もし計画が失敗したら彼らは私を許さないだろう。その時の為にこの手紙を残す。
私は騎士団長の息子でありながら、兄と比べて剣の技量が劣ることに劣等感を抱いていた。ただ学問においては兄より優秀であったから、王宮の文官試験を受けるつもりだった。
ところが、父であるナサール卿が許さなかった。国よりもまずレーヴェ家の為に働くべきだというのだ。
逆らって勘当されたりすれば文官になれないどころか、貴族ですらなくなる。泣く泣く従うしかなかった。
王都のタウンハウスを任されても、飼い殺しにされているように感じた。社交界に顔を出すようになると、自身に継ぐべき爵位がないことが不公平に思える。
そんな日々の不満が溜まっていた頃、聖騎士だったルーファス様に届け物があり訪れた神殿で、ひとりの神官に出会った。
聞き上手な男で、私の不満や悩みに根気よく耳を傾けてくれる。しだいに彼を深く信頼するようになり、足繁く神殿に通っていると、大神官の側近である上級神官に呼ばれた。
実は、王家がカミラ王女をルーファス様に嫁がせたいと考えている。だが、辺境伯様が難色を示しているから、なんとか説得できないかという話だった。
なぜ神殿がと思ったが、王妃様に聖騎士として神殿にいるルーファス様を懐柔しろと言われたのが始まりらしい。王妃様の意向に逆らえば聖水の販売権を奪われてしまうから従わざるをえないのだという。
領地の家令とは手紙のやり取りをしているが、事務的な事柄がほとんどで、当然レーヴェ家の内情などこちらに知らされる訳もない。
正直にそう言うと、恐ろしい提案をしてきた。辺境伯様を亡き者にすれば、新しく当主となるルーファス様を王家が後見するということで縁談を進められる。協力してくれれば、王太子は無理だが第二王子の側近として取り立ててやると。
冗談じゃないと即座に断ったが、今にして思えば、この話を聞いてしまった時点で私にはもう逃れる術はなかったのだ。
国王陛下によってカミラ王女と大公家の縁談が決まり、ほっとしたのもつかの間、彼らが今度はシャーロット様に第二王子を婿入りさせると言い出した。
私はシャーロット様が回復されたことを伝えていなかった。それなのに、彼らはすでにそのことを知っていた。
最初から信用などされていなかった。このままでは私まで殺されるかもしれない。
もはや言われるままに動くしかないと諦めた。
神官たちは少しでも罪の意識から逃れたかったのだろう。王妃様の意向だとはっきり口にしながら当主様を襲う計画を立て、私はそれに従った。
ウィルバートには当主様がナサール家を排除しようとしていると嘘を吐いた。信じたかどうかはわからないが、彼は計画を実行してくれた。私に恩があったからだと思う。賭博の借金を二回ほど、父や兄に内緒できれいにしてやったのだ。もしばれていたら、とうの昔に騎士団を首になっていただろう。
彼と仲間たちには本当に申し訳ないと思っている。
父上、私は怖かったのです。殺されることも、彼らの悪事に荷担したと知られることも。
何より相手の思惑も見抜けず、隙を見せてしまい、結果的に取り込まれることになってしまった私の弱さを、父上に知られることが怖かった。
愚かで不甲斐ない息子をお許しください。
きっと王妃様は諦めていません。どうかくれぐれも用心なさってください。
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