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ロベルトの遺体はマーカスが引き取り、ナサール家で弔うことになった。
タウンハウスに入ったルーファスは疲れたようにソファーに身を預け、執事から話を聞いた。
クリスティアも彼の隣に座り、温かい紅茶を一口飲んで、心を落ち着けようと努めた。
ロベルトは家令という立場で外向きの仕事をほぼひとりで取り仕切っていたようで、執事は彼が何をしていたのか具体的には知らなかったが、手紙のやり取りをしていた相手などは把握していた。
「交友関係はルーファス様がいらした時からほとんど変わっていなかったと思います」
壮年の執事は前任者から役目を引き継いでまだ一年足らずだが、見習いとして長く勤めており、信頼のおける人物だ。
「それまでと違うことと言えば、ここ一年ほど神殿に通われる回数が増えたこと。あとは、ルーファス様が領地に戻られた頃から、デイル侯爵家とのお手紙の遣り取りが頻繁になりました」
「……」
久しぶりに実家の名を聞いて、クリスティアはぴしりと固まった。
ただでさえ耳にするのも不快なのに、今の状況では良からぬ企みの気配がするから最悪だ。否が応でも警戒心が高まってしまう。
表情に出したつもりはなかったが、只ならぬ雰囲気を感じたのか、執事が慌てたように言った。
「申し訳ございません。クリスティア様のご実家ですので、特に不審に思わず、報告いたしませんでした」
「話しておくべきでしたね。わたしは両親や妹と折り合いが悪くて、交流があるのは母方の祖父母だけなのです。あちらから来た手紙は残っていますか?」
「亡くなったと報せがあってから、急ぎの書類があってはいけないと思い、執務室に残っていた書簡を調べたのですが、そちらにはありませんでした。さすがに寝室には勝手に入るわけには参りませんし、ルーファス様がいらしてからと思いまして」
「わかった、後で俺が調べよう。 下がっていいぞ」
「リリアナですわ」
ふたりきりになった途端、思わずそう口走っていた。
前世でもそうだったが、両親はクリスティアに関心などない。今世ではリリアナもそうだと思っていたが、やはりルーファスと婚約したことで何かが変わったのかもしれない。
「あの子は今でもわたしを苦しめたいと思っているのでしょうか? それとも王妃の差し金で……」
「クリスティア」
優しく呼びかけられ、はっと我に返った。
「大丈夫だ。落ち着いて」
「はい……」
取り乱してしまったことが恥ずかしい。
クリスティアの不安を慮ったルーファスの提案で、ふたりはいっしょにロベルトの部屋を調べることにした。
しかし、机の引き出しは整理し終わったばかりのようにきれいに空になっており、私信の類は一通も残っていなかった。
「残念ながら証拠は残っていないな」
「リリアナが自分の意志でロベルトと連絡を取っていたのか、それとも王妃の指示で動いているのかが気になります。前世では王妃の計画に進んで協力していたようですから……」
ずっと考えていたことがある。
「ルーファス様、王妃は前世と同じことをしようとしているのではないでしょうか」
「どういうことだ?」
「前世で王妃は辺境伯家を意のままにし、王太子の後ろ盾とする為、婚約者のいなかったあなたにカミラ王女を嫁がせました。ですから、今世ではわたしがあなたと婚約することで、王家の介入を防げるかと思ったのですが、もうひとつの可能性を忘れていました」
「第二王子か?」
「はい。前世ではシャーロット様の病が快方に向かっていることを知らなかったから、王妃はカミラ王女をあなたに嫁がせた。でも、もし今の王妃がシャーロット様の病状を知っているとしたら? わがままな王女を辺境伯夫人にするより、第二王子を辺境伯にしたほうが王妃にとっては思い通りに操りやすいですよね。ついでに王都から遠ざけることもできますし」
「それをするには障害がありすぎるぞ。まず父が反対するだろうし、後継者の俺もいる」
「ですから、ゲオルグ様の命を狙ったとは考えられませんか?」
「成功したら、次は俺も消すつもりだった? そこまでするか? ああ、するだろうな」
疑問を抱くことすら無駄だったとばかりに、ルーファスがうんざりしたように言う。
「しますわね。あの方たちは目的のためなら手段を選びませんから」
「今回は防げたが、また仕掛けてくるかな?」
「警戒しておいたほうがいいと思いますわ」
「だが、防戦一方というわけにはいかないな。王都に来たからにはこちらも積極的に動こう。明日、ボーリュ伯爵から晩餐に招かれている。彼は俺の友人なんだが、情報通で頼りになる男だから楽しみにしていて」
***
ルーファスとは王立学院の同級生だというボーリュ伯爵エドアルドは、王都で一、二を争うアトラス商会の経営者であり、金髪碧眼の美男子だった。隣に寄り添う夫人もまた赤みがかった金髪と青緑色の瞳の持ち主で、夫に負けず劣らず華やかな美人だ。
「久しぶりだな。婚約おめでとう」
「ありがとう」
初対面の挨拶を済ませると、エドアルドはにこやかにクリスティアに話しかけた。
「ルーファスと私は気が合うのですよ。嫌いなものが同じでね、神殿と王家」
「おい、俺はそこまではっきりとは言ってないぞ」
「今さら何を言っている。さんざん振り回されて迷惑を被ったのはおまえだろう? 神殿には聖水を優先的にまわしてやるから聖騎士になれと言われてタダ働き、王家からは危うく王女を押し付けられるところだったじゃないか。まったく陛下が止めてくださらなければどうなっていたか」
「もう過去の話だ。それよりいろいろと面倒を掛けているからこちらがもてなさなければならないのに、招待してもらって申し訳ないな」
「いや、王都に来たばかりでまだ落ち着かないだろう。気にするな。こちらも儲けさせてもらったことだし」
「売れ行きは順調なんだな」
「ああ。想像以上だね」
エドアルドが満面の笑みで答える。
レーヴェ領で生産した精油は〝雪月薬〟、芳香蒸留水のほうは〝雪月水〟という名で、アトラス商会で販売してもらっている。領内の商店以外ではまだここだけにしか卸していないので、王都では独占販売だ。
「雪月水を飲んだらよく眠れるようになったと好評だよ。疲労回復効果も聖水と大差ないみたいだし、それでいて値段はほぼ半分となれば、そりゃあ売れるよな。精油のほうは高価だし、薬と銘打っているせいで王都ではあまり売れていないが、瘴気の影響を受けやすい辺境と隣国からの問い合わせが多い。今まで瘴気病に有効な治療薬がなかったから、効果があると分かれば、こちらも注文が増えていくと思うよ」
「神殿が何か言ってくるだろうな」
「どうかなあ。本当ならケチをつけたいところだろうが、それどころじゃなさそうだぞ。聖水の生産量が明らかに落ちてるんだ。最近では販売されない日もあるからな。商品がそろえられないのに、こちらが売れているからと文句はつけられないだろう? その件で他にも報せたいことがあるんだが、まずは食事にしよう」




