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「わたしは愚かでした。前世であれだけ欺かれ、命を落としたというのに、知らぬ間に気を緩めていました。あの人たちは今世でも同じことをしようとしているのに、怖くて、その事実から目を逸らしていたのです。わたしは臆病者だわ。こんなに弱くて、誰を守れるというのでしょう……」
涙がとめどなく溢れて止まらない。
「大丈夫、あなたは弱くないよ。いつだって誰かを助けたいと思って動いている、優しくて強い人だ」
ルーファスの声は限りなく優しかった。
「ずっと気を張っていては疲れて心が折れてしまうよ。ひとりでがんばらなくていい。俺がいる。それで足りないならちょっとくやしいけどモリスもいる。前世とは違う、みんなで幸せになれる未来をつくるんだろう?」
「はい」
込められた思いが言葉にも温度を与えるのか、その温かさに只々癒され、甘えてしまう。
「前世の俺はきっと、あなたを守れなくて無念だったはずだ。今度こそ失敗したくないと思っているのは俺も同じだよ。だけど、恐れることはないんだ。あの時とは何もかもが違う。何ひとつ、あいつらの思い通りになっていないのだから」
「ええ、そうね」
さっきよりは力強い返事ができたと思う。
心配そうだったルーファスが安心したように笑顔になる。
「今日はゆっくり休んで、また元気な顔を見せて欲しい。あなたがそばにいてくれるだけで、俺はうれしいんだから」
その夜はすべての不安や心配事を手放し、ゆっくりと眠ることができた。
***
拷問を加えてもウィルバートは口を割らず、黒幕の正体はわからないまま、暗殺を企てた者は全員が処刑された。
侍女のアンナは命こそとられなかったものの追放処分となり、二度と領内に足を踏み入れることは叶わない。
ルーファスはレーヴェ家に仕える者たちにあえて彼らの罪と、それに対する処罰の内容を明らかにした。
領主に危害を加えようとする者が存在することを知らしめ、自覚のあるなしに関わらず、その動きに加担してしまうことがないよう、皆に警戒心を植え付ける為だ。
冬の間は王都の情報を集めるだけにしてこちらから仕掛けるようなことはせず、雪月草の製品を作ることに注力することにした。
蒸留法で得られた精油は清涼感のある爽やかな香りがより強く感じられ、前世でモリスが雪月草の花びらを煮詰めて作った薬よりもはるかに少ない量で浄化の効果を発揮した。また、実験により、瘴気だけでなく体内に入った毒も浄化できることがわかった。
さらに精神を鎮めリラックスさせる効果があった。王都では不眠に悩む貴族も多いと聞く。おそらく彼らにとって助けとなるだろう。
芳香蒸留水は浄化の作用は落ちるものの、精油より多く生産できるため、ずっと安い値段で売ることができる。
もともと精油や芳香蒸留水は瘴気病に苦しむ領民に安価で譲っていたが、ある程度、量産のめどが立ったところで、王都にいるルーファスの友人に無償で試供品を送り、彼の経営する商会だけに卸して、王都で販売してもらった。
不眠症に良いとうたったのが功を奏したのか、思ったより早く反響があり、春を迎える頃には多くの注文が入るようになっていた。
ルーファスは社交シーズンが始まる前に王都に向かうと聞き、クリスティアも同行することにした。
「ロベルトには本当のことを話してもらいたいが、まあ、無理だろうな」
王都に向かう馬車の中で、ルーファスが苦々しげに言った。
ロベルトの行動を見張らせていたが、王宮に出入りする様子もなく、個人的に特定の誰かと親しくすることもない。
ただ頻繁に中央神殿を訪れていることに、ルーファスは不審を抱いた。
ロベルトは信心深い男ではなかったはずだ。
ルーファスが聖騎士であった頃はともかく、今でも通っているというのが引っかかる。
情報ギルドに依頼してより深く探らせると、大神官の側近である上級神官に招かれ、神殿内の個室で度々会っているという。
ロベルトにはいちおう話を聞くつもりだが、どんな答えであれ、ルーファスは領地に送り返すつもりでいた。
報告の義務を怠り、神殿との関係を深めている男をこれ以上、王都に置いておくことはできない。
今回は兄であるマーカスに事情を話して同行させている。万が一にもロベルトが逃亡しないよう、監視役として付ける為だが、もうひとつ、彼の処遇をナサール家に任せるという意味合いもある。
明確な罪を犯した証拠はないが、領主に忠誠心を疑われている。父であるナサール卿にとっては息子を罰するのに十分な理由となるだろう。
だが、王都に入る前日に泊まった宿で、ロベルトを監視させていた騎士のひとりから衝撃的な報せがもたらされた。
ロベルトが酒場での喧嘩に巻き込まれて命を落としたというのだ。
「なんだと?」
クリスティアは驚きのあまり言葉が出なかったが、ルーファスの口からは地を這うような低い声が漏れた。ショックよりもむしろ怒りの感情が勝っているようで、座ったまま両の拳を握りしめている。
「申し訳ありません。私がついていながらこのようなことに……」
使者としてやってきたのは十年以上も辺境騎士団に所属しているアインというベテランの騎士だったが、青ざめた顔で床に膝をついている。
「いや、ロベルトを守れとまでは命じていないから、おまえの責任を問うつもりはない」
懸命に怒りを抑えようとしているのか、ルーファスはおよそ感情の籠らない淡々とした口調で言った。
「どういう状況だったのか説明してくれ」
「ウィルバートが処刑された頃から、ロベルト様は酒量が増えました。ですが、仕事はきちんとこなされていたので、誰もたいして気にしていなかったのです」
「ああ、それは俺も聞いている」
「二日前の夜、珍しく夜に外出されました。友人と約束があるとのことでしたが、どこへ行かれるのかは仰いませんでしたので、俺がひとりで後を追いました。明らかに治安の良くない下町で馬車を降りられ、いくつか店が並ぶ安い酒場の一軒に入っていかれたので、俺も少し時間を置いてから中に入り、離れた場所に座りました。ずっとひとりで飲んでおられたのですが、そのうち隣のテーブルの男がロベルト様に絡み始めました。ロベルト様はそいつを無視し、立ち上がって出ていこうとされたのですが、男がいきなり逆上して怒鳴りだしたかと思うとポケットからナイフを取り出し、鞘から抜くが早いか、ロベルト様の胸を刺したのです」
「胸だと? それで助からなかったのか?」
「はい。すぐに医者を呼んだのですが、間に合いませんでした。ほぼ即死だったようです。俺も動転してしまってずっとロベルト様についていたので、男の後を追うことはできませんでした」
「その男はロベルトの知り合いだったのか?」
「いいえ、知らない奴だったと思います。なぜ絡まれるのかわからないようで迷惑そうにしていましたから」
「それで、犯人はまだ捕まっていないんだな?」
「それが翌日の朝、つまり今朝になりますが、俺が出発する直前に王都の警備隊から報告が来ました。犯人が路上で死んでいるのが見つかったと。全身を何か所も刺されていたらしいです」
ルーファスはこめかみを押さえ、しばしの間考え込んでいたが、やがて深々とため息をついて立ち上がった。
「マーカスを呼んでくれ。事情を話して葬儀の相談をしなければならない。話が終わり次第ここを発つから、皆は荷造りを始めてくれ」




