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舞踏会が終わった後、領地に帰って準備を整え、西の辺境に旅立ったのは二か月後のことだった。
二度目に神殿の庭園で会った後、クリスティアは雪月草の花を咲かせる方法をルーファスに教えていた。
彼はすぐに領地に知らせてネイヴェリルを手配し、満月の晩、無事に花を咲かすことができたらしい。
花から薬を作って飲ませると、シャーロットの病状は驚くほど快方に向かい、聖水は必要なくなったそうだ。
レーヴェの城に着くと、ルーファスが出迎えてくれた。
聖騎士を辞して、三日前に領地に戻ったばかりだという。
案内されたのはシャーロットの部屋の隣にある南向きの一室で、内装もよく似ていた。
「すまない。いろいろと急なことが重なったものだから、改装が間に合わなくてね。落ち着いたら、またあらためて移動してもらうことになると思うけど、しばらくはこの部屋を使ってくれ。何か不自由なことがあったら、すぐに言って欲しい」
「はい、ありがとうございます」
いっしょに来てくれたマイラの他にもうひとり、ハンナという専属の侍女がつけられた。
その日、晩餐の席で、ルーファスの父であるゲオルグに紹介された。
髪と目の色はルーファスと同じだが、顔立ちはあまり似ていない。
目が細く、鼻と口が大きい。いかにも武人らしい大柄な体躯で、座っているだけでも威圧感がすごい。
おそろしく無口で、食事の間中、ひとこともしゃべらなかったが、ルーファスとクリスティアの会話を聞いて、時折うなずいたり、笑みを浮かべることもある。
笑うと細い目がいっそう糸のように細くなり、驚くほど柔和に見えた。
(確か、魔獣討伐に出て亡くなったのよね。時期を調べて、対策を練らなければ)
考えること、やるべきことは山ほどあるのに、さすがに長旅で疲れたのか、睡魔には勝てず、晩餐が終わるとすぐに眠ってしまった。
次の日、ルーファスがシャーロットを紹介してくれることになっていたが、急な呼び出しで、鉱山に視察に行くことになったので、帰ってくるまで待っていて欲しいと伝言があった。
城内は自由に見て回って良いということだったので、雪月草の様子を見に行くことにした。
散歩をしたいからとひとりで庭に出て、過去の記憶を頼りに歩くと、前回と同じ場所で雪月草が栽培されていた。
草たちはネイヴェリルを与えられて満足しているようだ。
特に要望を告げてくることもなく、ゆったりと風に揺られている。
「こちらにいらしたのですね」
後ろから声を掛けられて振り向くと、銀髪に青みがかった灰色の目をした男が立っている。
(モリス様……)
懐かしい顔を目にして、クリスティアは胸がいっぱいになった。
「もう気安くクリスティア嬢とは呼べませんね。未来の辺境伯夫人でいらっしゃいますから」
微笑みとともに発せられた言葉に驚き、クリスティアは大きく目を見開いた。
なんとなく予想はしていたが、まだどこか信じられない気持ちがある。
「前世の記憶があるのですね」
「昨日、思い出したばかりです。あなたが入城なさる際に、遠くからお姿を拝見した途端、記憶がすべてよみがえったのです」
「なぜ、そんなことが? 〝時戻し〟の魔法を使ったのはあなたですか?」
「確かに〝時戻し〟を使ったのは僕です。ただ、そのことについてお話しする前に、失礼を承知でお聞きしたいことがあります。あなたがルーファス様の婚約者としてこの地に来られたのは、あの方を愛しているからですか? それとも他に何か目的があるのですか?」
隠すことなど何もない。クリスティアは迷わず答えた。
「ルーファス様を守るためです。今度は絶対に死なせたりしません」
「では、あなたやルーファス様を陥れた奴らに復讐するつもりはないと?」
「あの人たちみんな、殺してやりたいほど憎いです。ルーファス様を殺したのですよ? 許せるものですか。でも、彼を守ることが最優先なのです。そのために、あの人たちの野望を潰すつもりです。二度とわたしたちに手出しができないように」
「良かった。あなたが復讐よりも、ルーファス様と幸せになる未来を考えていらっしゃるとわかって安心しました。前世の記憶があれば、憎しみも残ったままでしょうから、つらい思いをされたのではないかと心配になったのです」
「なぜ、あなたとわたしにだけ記憶が残っているのですか?」
「〝時戻し〟は基点となる人物を決め、術式を展開するのですが、記憶が残るのはその人だけです。ルーファス様の希望で、あなたを選び、時を戻しました。術者である僕は、基点となったあなたに出会えば、前世を思い出すことができるのです」
***
時戻しの魔法を使えるのは生涯に一度きり。その機会を、モリスは幼い頃から仕えてきたルーファスの為に使うと決めていた。
カミラに毒を盛った疑いをかけられ、クリスティアが王宮に連れていかれると、ルーファスはすぐに後を追おうとした。
「このままおとなしくしていても、王家はこちらに何らかの咎をおしつけてくるだろう。その前に申し開きをして、何としてもこの家を守らねばならない。できれば、クリスティア嬢の濡れ衣を晴らしたいが……」
苦しげに顔を歪めるルーファスを見て、モリスは彼が最悪の事態を予想しているのだとわかった。
「あなたにもしものことがあれば、僕は〝時戻し〟を使います」
「よせ。危険な魔法なのだろう? おまえまで命をかけることはない」
「止めても無駄です。もう決めましたから。あなたがいなくなればおそらくこの家は王家に乗っ取られます。そんなこと、許せませんよ」
「……わかった。だが、もしそんな事態になったら、俺ではなくクリスティア嬢の記憶が残るようにしてやってくれ。そうすれば、断罪されないように動くことができるだろう」
「それなら、断罪回避の準備ができるように幼少期まで戻ったほうがいいですね。僕の魔力でどこまで戻せるかわかりませんが、できる限りやってみます」
モリスは心からふたりが無事に戻ることを願っていたが、現実は残酷だった。
訃報が届くとすぐにモリスは陣を敷き、〝時戻し〟を行ったのだ。
***
「……ありがとう」
モリスの話を聞きながら、クリスティアは涙が止まらなかった。
命がけで魔法を使ってくれた彼にも、自身も危機的な状況であったのにクリスティアのことを思いやってくれたルーファスにも、どれだけ感謝しても足りないぐらいだ。




