8 Side リリアナ①
カミラ王女が王宮の舞踏会で次期当主の婚約者を侮辱したと、王家はレーヴェ辺境伯家から抗議を受けた。
王女に甘いはずの国王から珍しく叱責されたカミラはショックを受け、部屋に閉じこもってしまった。
翌日、呼び出されて会いに行ったリリアナは、いきなり王女に怒鳴りつけられた。
「あなたのせいよ!! よくもわたくしを騙したわね!!」
「どうされたのですか、カミラ殿下。わたしは殿下を騙してなどおりませんわ」
「あなたの姉は侯爵の実子ではない、父親は平民だと言ったじゃない。しかも、怠惰で礼儀知らずだって。なのに、全部ルーファスに否定されて、お父様まで彼の味方をしてわたくしを叱ったのよ!!」
「そんなはずはありません。わたしは確かに父から聞いたのです、姉は父の子供ではないと……」
「お父様が侯爵を問い質したら、あの女を自分の娘だと言ったそうよ」
「えっ?」
「しかも、お父様はあの女を教養もマナーも申し分のない淑女だと言って、ルーファスの婚約を祝福したわ。ねえ、あなた、姉はまともに教育も受けていないから、この縁談はすぐに壊れるって言ったわよね?」
「……」
嘘をついたつもりはない。リリアナ自身もそう思っていたのだから。
(どういうことなの?)
リリアナは混乱していた。
クリスティアは自分の子ではない。だが、侯爵家の直系である妻の娘なのは間違いなく、追い出すわけにはいかないから領地に行かせている。あんな田舎ではろくに教育も受けることはできないだろうから、社交界デビューもさせない。当然、貴族に嫁がせることもない。
父は確かにそう言っていた。
なのに、クリスティアは辺境伯の嫡男であるルーファスと婚約し、無事に社交界デビューも果たした。
おかしいと声を上げたあの日から、何度尋ねても説明はしてもらえぬままだ。
(お父様の言葉はどこまでが本当なの? まさか、全部嘘ではないわよね)
背筋に冷たいものが走った。
「あなたはいずれ王太子妃になるからと、わたくしを軽んじているようね。でも、今はまだわたくしのほうが身分は上よ」
呆然と立ち尽くすリリアナに、容赦のない言葉が投げつけられる。
「それにね、あなたの婚約だってどうなるかわからないでしょ?」
カミラは唇の端を持ち上げ、にやりと笑った。
痛いところをつかれ、頭にカッと血が上ったが、王女相手に怒るわけにもいかず、ぐっとこらえる。
「それはどういう意味ですか?」
「わかっているくせに。あなたの能力、思ったほど役に立たないみたいね。お母様に見切りをつけられたら、婚約者なんてすぐにすげ替えられるわよ?」
返す言葉もなく唇を噛み締めるしかないリリアナを、カミラはひどく満足げな表情で見つめた。
「どんな手を使ってもいい。あの女をルーファスから引き離しなさい。そうしたら、お母様に口添えしてあげてもいいわ。王太子の隣にふさわしいのはあなただけだってね」
*
「どうしてわたしが怒られなきゃいけないのよっ!?」
帰宅するなり、クッションを自室の床に投げつけ、リリアナは大声で叫んだ。
それだけでは収まらず、手あたり次第に部屋の物を壁に投げつける。
ついには両手で持ち上げた花瓶を力任せにベランダに向かって放り投げ、ガシャーンと壊れる音を聞いてようやく大きく息を吐いた。
静かになったのを見計らって、恐る恐る入ってきた侍女に父の帰宅を告げられると、リリアナはすぐさま執務室に向かい、オスカーを問い詰めた。
「お父様っ、お姉様を娘だと認めたと聞きましたわ。どういうことですのっ!?」
「いや、それは、その、クリスティアが私の娘じゃないという確たる証拠があるのかと聞かれて、そんなものはないと答えただけで……」
オスカーはしどろもどろになり、怒り狂う娘から目をそらした。
「それに、おまえも母親が不貞を犯したなどという醜聞はないほうがいいだろうと思ったから……」
「そうやって、その場しのぎの答えを返したりするから、わたしは王女に嘘つきだと責められたのよ!?」
「気にすることはない。辺境伯の子息が婚約したのが気に入らなくて八つ当たりしているだけだ」
「それだけじゃないわ。王女はわたしにふたりを引き離せと言ってきたのよ。そうすれば、王妃様に口添えしてやるって」
「口添え? 何のことだ?」
「王妃がわたしの評価を下げている。このままだと婚約者が変えられてしまうかもしれない。そうならない為の口添えだそうよ」
「馬鹿なことを」
オスカーは鼻で笑った。
「高位の令嬢たちは皆、すでに婚約者がいるし、こちらに瑕疵がないのに婚約解消などできるはずがない。王妃や宰相ともきちんと話をしている。何も問題はないぞ」
「でも、王女を怒らせてしまったら、わたしのことを悪く言うんじゃないかしら」
「王女の言葉など、王妃様にとって何の価値もない。放っておけ。だいたい、なぜおまえにそのような話をもちかけるのか、理解に苦しむな」
「ルーファス様の婚約者がお姉様だというのが問題なのよ。相手が辺境伯ではうかつに手を出せない。でも、わたしなら身内だからお姉様に近づける。王女はわたしに手を下せと言っているのよ」
「はっ、だったらなおさら放っておくべきだ。王女なんぞより、辺境伯との縁のほうが大事だからな」
(何言ってるの?)
リリアナは呆れた。
まともに娘として扱ってもいなかったのに、今さらクリスティアがこの家の為に動くと思っているのだろうか。
むしろ、ルーファスには反感を持たれていてもおかしくない。
父はどうにも楽天的で困る。
つねづね王妃や宰相と良い関係を築いていると言っているが、それすらも疑わしくなってくる。
何の解決策も得られなかったことに失望し、ひどく疲れを感じながら自室に戻ると、リリアナは力なくベッドの上に座り込んだ。
(この頃は何をやってもうまくいかない……)
七歳で〝豊穣の手〟が発現し、十歳で王太子と婚約した。
すべてが順調だったのに、最近はどうにも雲行きが怪しい。
王妃の態度があからさまに冷たくなったのだ。




