7
「顔を上げなさい」
カミラはクリスティアに近づき、扇を顔に突きつけ、くいとあごを持ち上げる。
「あなた、どうやってこの男を言いくるめたの? どんなにごまかそうとしてもムダよ。あなたの正体を必ず明らかにしてやるわ。今からでも遅くないから、さっさと身を引きなさい。そうすれば、見逃してあげる」
(どうしたら、あきらめてくれるの?)
クリスティアは途方に暮れた。
隣では、怒りに震えるルーファスが拳を固く握りしめている。
王女であるカミラがクリスティアに話しかけている以上、王族でもない彼が横から口をはさむことはできないのだ。
(泣いてみたらどうかしら。でも、逆にもっとからまれるかもしれないわ)
間近に迫ったカミラの目には憎悪がこもっている。
(あなたはそんなにルーファス様のことが好きだったの? もしかして前世でも?)
ふいに怒りがわいてきた。
(それなら、どうして彼を死なせたの? いくらわたしが憎いからって、リリアナの計画にのるなんて、あなたはバカだわ。なのに、今回もあの子の言うことを鵜呑みにして、破滅するつもり?)
クリスティアはぐっと目に力をこめ、強いまなざしでカミラを見返した。
「リリアナを信頼していらっしゃるのですね。ですが、あの子の言葉をすべて信じるのは間違いです」
「リリアナが嘘をついているとでも?」
「全部がそうだとは申しません。妹は思い込みが激しくて、自分の信じることをさも本当のように言ってしまう癖があるのです」
クリスティアは顔をずらしてあごから扇を外すと、王女に近づき、耳元でささやいた。
「リリアナは王妃になれば、あなたのことも臣下として扱うでしょう。あの子と王女様の利害がいつも一致するとは限りません。警戒を怠ってはいけない相手ですよ」
思い当たることがあったらしく、カミラははっとしたようにクリスティアを見た。
「くれぐれもお気をつけくださいますよう」
クリスティアはさっと王女から離れ、スカートをつまんでお辞儀をする。
カミラは忌々しげにクリスティアをにらんでいたが、そこへ近衛騎士がやってきた。
「王女様、国王陛下がお呼びです」
舌打ちしながら、カミラは去って行った。
「ふうっ」
ほっとして、思わず大きく息を吐いた。
「大丈夫か?」
ルーファスに聞かれてうなずくと、周りを囲むようにして成り行きを眺めていた人々が、ようやく少しずつ離れていった。
疲れたし、そろそろ帰ろうかとふたりで話していると、柔らかな茶色の巻き毛の令嬢が声をかけてきた。
「お初にお目にかかります。ワイマール伯爵の娘、ネリアと申します」
「初めまして。クリスティア・デイルです」
「あの、素敵なティアラですわね」
「ありがとうございます」
「その赤紫の宝石は初めて見たのですが、なんという石なのですか?」
いきなり話しかけられて驚いたが、ネイヴェリルに関心を持ってくれたとわかり、うれしくなった。
すると、遠巻きに見ていた他の令嬢たちも、興味津々といった様子で近づいてくる。
「これはルーファス様の領地にある鉱山で採れたもので、ネイヴェリルといいます」
「では、そちらの領内でしたら手に入りますの?」
「まだ採掘量が少なく、販売まで至っていないのですが、とても美しい石ですので、ぜひ彼女につけて欲しくてティアラにしてみたのですよ」
ルーファスが微笑む。
「採掘が軌道にのれば、皆さまのもとへお届けすることができるようになるでしょう。その時は真っ先に皆さまにお知らせしますよ」
「ネイヴェリルに関心を持ってもらえたのはうれしかったけど、雪月草のほうにまわさなくてはいけないから、まだ販売のめどはたたないのでしょう? あんなこと言ってしまって大丈夫なのですか?」
帰りの馬車の中で、ルーファスに聞いてみる。
「つい先日、新しい鉱脈がみつかったと連絡があったんだ。うまくいけば採掘量が増えるだろうし、大きい物は加工して売り出しても良いと思っているんだ。希少品だから値が張るけれど、レーヴェ領にとっては良い収入源になるし、名を上げるチャンスにもなる」
「それはうれしい知らせですね」
「ああ、あなたのおかげだよ。ティアラが本当によく似合っていて、美しいからみんなに注目されたんだ」
「そんなことない、ネイヴェリルがきれいな石だからよ」
「ほんとに、あなたはいつも控えめだね。もっと自信を持っていい」
ルーファスは目を細めてうれしそうにクリスティアを見たが、すぐに心配そうな顔になった。
「今日は疲れただろう。申し訳なかった。まさか、カミラ王女があんなことを言うなんて」
「あなたは王女様の婚約者候補だったの?」
「うーん、なんと言うか、打診はあったんだが、すぐにあちらから撤回された」
「えっ? どうして?」
「王宮内にも友人はいるから聞いてみたんだが、王女と王妃は俺との縁談に乗り気だったらしい。だが、陛下が反対なさって、大公家との婚約が決められたようだ」
「……舞踏会で聞こえてきた噂、当たってません?」
「国王陛下が反対したってところだけだろう? 俺はべつに王女のことは好きじゃないから、悲恋だなんてとんでもないぞ」
「そうなんですね」
じつはものすごく安心したのだが、あくまで平静を装っておく。
「反対してもらって助かったが、理由が気になる。確かに陛下はカミラ王女に甘いが、遠くに行かせたくないというだけで大公家に嫁がせるというのがどうにも腑に落ちない」
ルーファスは顔をしかめた。
「いろいろと気になることがあるから、王都を離れても情報が入るよう、つなぎをつけておくつもりだ」
「そのほうがいいと思います」
クリスティアは大きくうなずいた。
前世でルーファスは辺境に戻ってから、王都との関わりを絶った。
そのために、まったく王家の動向が把握できず、自分たちが狙われているということに気づけなかったのだ。
(前回と対応が違うのは、もしかしてルーファス様にも過去の記憶が残ってたりするのかしら?)
そう思ったとき、ルーファスがにやりと笑った。
「あなたの祖父殿から聞いたよ。デイル領にいる間、ずっとあなたが王都の情報を集めてたって。リリアナ嬢とデイル侯爵のことが気になるんだろう? だから、その役目を俺が受け継ぐことにしたんだ」
「……ありがとうございます」
じんわりと心が温かくなって、泣きたくなった。
「なんだか、すごく守られている気がします」
涙をこらえながら告げると、ルーファスがそっと抱きしめてくれた。
「そうだよ。あなたはみんなに守られているし、これからもずっと俺が守るよ」
***
ルーファスが得た情報によれば、舞踏会の後、カミラは国王にかなり厳しく叱られたようだ。
今まで怒られたことのなかったカミラはショックを受け、慰めに来たはずのリリアナに、おまえのせいだと八つ当たりをしたらしい。
ここからは侍女のマイラが同僚から聞いた話だが、王宮から帰ってきたリリアナは激怒しており、手当たり次第に物を投げつけて壊し、自分の部屋をめちゃめちゃにしたという。
まだ侯爵令嬢の身分であるリリアナが、王女であるカミラに逆らえるはずもない。
さぞ悔しかっただろうと、その時のリリアナの姿を想像するだけで、クリスティアは胸のすく思いがした。




