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王宮に着いて、ふたりの名が呼び上げられると、会場がざわめいた。
(きっと、わたしのせいね)
クリスティアはこっそりため息をつく。
他家の人間がデビュタントのパートナーを務めるということは、ふたりが婚約もしくは婚約間近の間柄であることを意味する。
社交界デビューに備えてあらかじめ祖父に頼み、王都に流れている噂を集めてもらった。
すると、王太子の婚約者となったリリアナには、母の不貞により生まれた姉がいるとまことしやかにささやかれていると聞き、うんざりした。
リリアナと競う立場にならなければ、父が噂を流すこともないと思ったのだが、母を罵る父の言葉を聞いた使用人たちによって広まったらしい。
さらに、その噂を家族の誰も否定しなかったことで、ほとんど真実となってしまったようだ。
父親のはっきりしない令嬢が、辺境伯の嫡男と婚約なんてと非難されることだろう。
(ルーファス様に申し訳ないわ)
だが、聞こえてくる声は、クリスティアが予想していたものと違っていた。
「あのお美しい令嬢はどなたですの?」
「デイル侯爵家の長女ですって。リリアナ嬢のお姉様でしょ」
「まあ、今までずっと領地にいらしたと聞いていたのに。いつのまに辺境伯のご子息と婚約なさったのかしら」
「本当ね。カミラ様がずっとあの方にご執心だったじゃない」
「でも、陛下がお許しにならなかったのでしょう?」
(そこは前回と同じね)
思わず聞き耳を立ててしまう。
「悲恋だわ。引き裂かれた恋人たちがここで再会してしまうのね」
(ん? そうなの? これは初耳だわ。やっぱりカミラ王女のこと、聞いておけばよかった)
後悔していると、ルーファスが耳元でささやいた。
「噂がどれほどデタラメなものか、よく知ってるだろ? あなたには俺の言葉だけを信じてほしいな」
(近い、近いですっ)
クリスティアはまたしても真っ赤になりながらうなずいた。
今回、カミラ王女は国王とともに入場し、王太子が王妃をエスコートして後に続いた。
ルーファスとふたりであいさつに行くと、国王から祝いの言葉をもらった。
王太子は無関心にうなずいただけだが、カミラにはにらみつけられ、なぜか王妃からも冷ややかな視線を向けられた。
今回は前世と違い、王妃とは会ったことがないし、にらまれるような心当たりがなかった。
(もしかして、リリアナから何か聞かされたとか?)
気にはなったが、ルーファスからダンスに誘われると、踊ることに夢中になってしまい、すっかり頭から消えてしまった。
ダンスを終え、飲み物を手にしたところへ、カミラがやってきた。
輝かしいプラチナブロンドを高々と結い上げ、クリスティアとよく似た色の、青いドレスを身につけている。
スミレ色の瞳に合わせて、ティアラやネックレス、イヤリングの宝石はアメジストだが、指輪だけはオニキスで、スカートは黒い糸と金糸を使った薄いレースで覆われている。
この装いを見る限り、ルーファスの色を意識して取り入れていると言われても仕方がないだろう。
「ルーファス」
いかにも親しげに呼びかける王女に、ルーファスはうやうやしく礼をした。
「ふたりきりで話したいのだけれど」
クリスティアのことなどまったく目に入らないようだ。
「おそれながら、それは難しいかと。王女様はご婚約がお決まりになったと聞きました。私も婚約者といっしょに来ておりますので」
「久しぶりに会った友人と少し話すだけよ。なんの問題があるというの?」
(問題ありすぎです。皆さま、いっせいにこちらを見てらっしゃいますが?)
心の中で突っ込む。
注目されることになれてしまい、まったく気にしていないのか、もしくはわざと見せつけているのか。
(もう、嫌な予感しかしない)
ルーファスの影に隠れるようにして、必死に気配を消してみるが、無駄なあがきだった。
「ねえ、そこのあなた、彼が友人と話すだけなのに、まさか嫉妬して邪魔するなんてことしないわよね」
先ほどあいさつしたのだが、名前も覚えていないのだろう。
(ほんとに傲慢な人。いくら王族でも、これでは評判を下げてしまうわ)
そんなことにすら気づいていないのだろうか。
こんな愚かな人間に罠にはめられたのだと思うと、つくづく自分が情けなくなる。
とにかくこの場を逃れるためにうなずこうとすると、それよりも早くルーファスが口を開いた。
「彼女はそのような心の狭い女性ではありませんが、私が誠意のない態度を取ったと思われたくはありません。お話があるなら、この場でどうぞ。友人としての会話なら構いませんよね」
きりりと、カミラの眉がつり上がった。
「こっそり忠告してあげようと思ったのに、仕方ないわね。じゃあ、ここで言わせてもらうわ」
カミラはじろりとクリスティアを睨めつけ、得意げに言った。
「その人は侯爵の実子でないと聞いたわ。しかも怠け者で、礼儀も教養も身につかないから、領地に追いやられたって。そんな女と本気で結婚するつもりなの? どうやってだまされたのか、あえて聞かないけど、早く目を覚まさないと酷い目にあうわよ」
(嘘でしょう?)
クリスティアは愕然とした。
王宮の夜会で、よりにもよって王族が貴族の令嬢を辱めるなんて、あってはならないことだ。
貴族たちは王家に忠誠を誓い、王家は彼らを尊重する。
たとえ貴族同士の諍いが起きたとしても、王家はつねに中立でいることを心がける。貴族間のバランスを取るためだ。
国王でさえ、よほどの罪を犯さぬ限り、公の場で貴族たちを侮辱することはないのだ。
カミラはクリスティアが貴族ではないと思い込み、何を言っても許されると勘違いしているのかもしれないが、噂の真偽を確かめることなく発言したのは軽率だとしか言いようがない。
(いや、これもう、絶対リリアナに聞いたのよね。困ったなあ)
否定したいが、王女の体面を傷つけると後が面倒だ。
(うーん、どう反論しよう?)
「クリスティア嬢」
悩んでいると、ルーファスに呼ばれた。
「はい?」
「私が代わって説明してもいいかな?」
にこやかに話しかけるルーファスの目を見て、背筋が寒くなった。
(怖っ、ものすごく怒ってる……)
「おまかせします」
クリスティアはおとなしく一歩後ろに下がった。
「王女様、ひとつずつご説明いたしますね。まず、クリスティア嬢はデイル侯爵の実子でまちがいありません。侯爵に確認していただいても結構です。それから、彼女が領地にいたのは体が弱かったからですが、今ではまったく健康に問題はありません。祖父母である先代の侯爵ご夫妻のもとで教育を受けましたから、マナー、教養ともきちんと身についております。そうでなければ、この場には出られなかったでしょう」
ルーファスに流れるように反論され、カミラは唖然として言葉を失っている。
「まだ婚約したばかりですが、彼女は私の大切な人です。どなたからお聞きになったのかは知りませんが、そのような事実はないとはっきり否定させていただきます。王女様にはご心配をおかけし、たいへん申し訳ございませんでした」
ルーファスはカミラに向かって笑顔を浮かべてみせた。
「私は近々聖騎士を辞し、領地に帰るつもりです。そうなれば、王都に来る機会はめったにないかと思いますので、これまでの非礼をどうか寛大な心でお許しいただけますよう、お願いいたします」
頭を下げるルーファスにならい、クリスティアも礼をする。
だが、それでもカミラはおさまらなかった。




