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正式に婚約が整った日、侯爵家で騒ぎが起こった。
晩餐で一同にふたりの婚約が告げられると、リリアナがいきなり立ち上がって叫んだのだ。
「どうしてお姉様が、貴族に嫁げるのよっ!? ほんとはお父様の子じゃないくせにっ!!」
クリスティアは唖然とした。
(まさか、あんなでたらめを、本気で信じているの?)
今にも怒りを爆発させそうな祖父に首を振ってみせてから、つとめて冷静にたずねる。
「誰があなたにそんな嘘を吹き込んだのかしら?」
「とぼけないで。その見苦しい赤毛と緑の目が何よりの証拠じゃない。ここにいるのは皆、きれいな金髪に青い目をしている人たちよ。あんただけ違うわ」
「お父様、否定してくださらないのかしら?」
「いや、それはその……」
クリスティアや祖父と目を合わせないようにしながら、父はとんでもないことを言ってのけた。
「たとえ私の子じゃないとしても、ヴァルマの娘なのだから、リリアナの姉であることには変わりないだろう? レーヴェ家と姻戚になれば、うちの家格も上がる。いずれ王太子妃になるおまえにとってもいい話じゃないか」
「あくまでも自分の娘だとは認めないと? お母様はそれでよろしいのですか?」
うんざりしたが、こんな話をするのもこれで最後だと思い、母に聞いてみた。
だが、ヴァルマは夫ではなく、クリスティアを憎々しげににらみつけた。
「こんなことをわざわざ大声で騒ぎ立てるなんて、恥を知りなさい」
(言い出したのはリリアナですけど)
もはや呆れ返ってしまい、言葉も出ない。
「叱るべきなのはリリアナであって、クリスティアではないだろう。ヴァルマ、おまえの名誉にも関わることなのだぞ。なぜ、リリアナの間違った思い込みを正さないのだ」
母は冷え切った目で、祖父をみつめた。
「信じてもらえなければ、何を言っても無駄ですもの。わたし、もう疲れましたわ。オスカーの子だとはっきりとわかるリリアナがいれば、それでいいでしょう? 帰って来るなりこれでは、その子はお父様と領地に帰ったほうが幸せではありませんか?」
「ヴァルマ、おまえという奴は……」
祖父はわなわなと全身を震わせながら、拳を握りしめる。
「おじいさま、もう部屋へ戻りましょう」
クリスティアは震える祖父の肩にそっと手を置いた。
「ご心配なさらずとも夜会が終われば、わたしは学院に入学せず、すぐにでも辺境へ参ります。あらためてごあいさつすることもないでしょう。ここでお別れします。皆様、ごきげんよう」
祖父の腕を取って部屋に戻りながら、なんだか笑い出したくなった。
過去に戻っても変えられないことがある。
両親も妹も、クリスティアの存在を受け入れることはない。
赤い髪と緑の瞳をしているから。
自分たちとは違うから。
そんなつまらない理由で。
家族に愛されたいと願った前世の思いを断ち切って、彼らと交流を持たずに過ごしたことが正しい選択だったとあらためて思う。
「おじいさま、心配しないで。わたし、きっと幸せになりますわ」
笑顔でそう言うと、疲れ切った表情を浮かべていた祖父もほっとしたように微笑んだ。
「そうだな。ルーファス君に会って確信した。彼ならおまえを大切にしてくれるだろう」
「ええ」
以前とは違い、今回は堂々とルーファスのそばにいられるのだ。こんなにうれしいことはない。
社交界デビューとなる王宮の舞踏会では、エスコートもしてもらえる。
(本当に、あの時とは大違いね)
クリスティアは過去の夜会での自分を思い浮かべた。
レーヴェ領で再会した時には、彼を夜会で見かけたことなどすっかり忘れていた。カミラといっしょだったことも。
カミラはずっとルーファスを愛していたのだろうか。だからこそ、彼のそばにいたクリスティアを許せなかったのかもしれない。
(ルーファス様はカミラ王女のことをどう思っていたのかしら)
前世ではたずねられるような立場ではなかった。でも、今なら――。
(バカね。聞いてどうするというの?)
最初から、ルーファスの気持ちを聞くこともせずに、契約結婚を持ち掛けた。
思いがけず好意を抱いてもらえたようだが、王妃の陰謀を防ぎ、辺境伯としてのレーヴェ家の地位がおびやかされることがなくなったら、すぐにでも身を引くつもりだった。
(やるべきことを忘れてはいけないわ)
クリスティアは浮かれていた気持ちを引き締めた。
***
今回も社交シーズンの幕開けを告げる王宮の舞踏会でデビューすることになっている。
夜会の準備をしながら、クリスティアは自分でも意外なほど緊張していた。
二回目とはいえ、今世で社交の場に顔を出すのは初めてだし、何よりパートナーのルーファスに恥をかかせないようにしなければというプレッシャーで胃が痛くなる。
贈られたのは白のスカートに、ルーファスの目の色である深い青の上衣を重ねたドレスで、スカートには金の糸、上衣には銀糸で精緻な刺繍がほどこされていた。
結い上げた赤い髪には、中央にネイヴェリルをあしらったシルバーのティアラ。
エメラルドのネックレスとイヤリングは祖父からのプレゼントだが、前回と違い、ティアラに合わせて銀が使われている。
両親は姿を見せず、リリアナだけが様子をうかがいに来たが、準備を終えたクリスティアの姿を見ると、あからさまに不機嫌になった。
「なんだか華やかすぎて、お姉様には分不相応なドレスね。似合わないわよ」
確かに自分にはもったいないほど美しいドレスだと思う。
着こなせているか、正直、自信がなかった。
それでも、ルーファスからの贈り物を身につけているのだ、せめて卑屈になることなく堂々としていたい。
「そう? わたしは気に入っているのだけれど」
にっこり笑ってみせると、リリアナに背を向け、部屋を出た。
階下に降りると、ちょうどルーファスが迎えに来てくれたところだった。
彼は金の縁取りのある白い軍服に黒いズボン。飾り帯は深緑で、胸元に赤い薔薇をさしている。
「ああ、美しいね。よく似合ってる」
ルーファスがうれしげに破顔し、手をさしのべてくれる。
ストレートな褒め言葉に照れてしまい、クリスティアは真っ赤になりながら彼の手を取った。
「こんなにきれいなドレスをありがとうございます。それに、ネイヴェリルのティアラまで用意してくださるなんて感激しました」
「今は雪月草の花を咲かせるために使っているから、宝石としてはほとんど販売できていないんだけど、大きくて良い石が出たものだから、ぜひあなたにつけてもらいたくて」
あまりにうれしくて涙が出そうになったが、こんなところで泣くわけにはいかないとぐっとこらえ、笑顔で礼を述べた。




