4
神殿からどうやって家に帰ったのか、まったく覚えていない。
だが、出迎えてくれたマイラに祖父が呼んでいると言われ、はっと我に返った。
(いけない。おじいさまにお話しして味方になってもらわなくちゃ)
ルーファスに会って婚約を申し込んだことは事前に伝えてある。
父に頼んだところで相手にもされないだろうし、隠居している祖父母が、家長である父に代わって相手方に縁談を申し込むことはできない。クリスティアが自分で動くしかなかったのだ。
さすがに驚いたようだが、クリスティアを家から出したいという父の思惑には当然、祖父も気づいていたから、反対はしなかった。
むしろ、力になってやれなくてすまないと詫び、もしルーファスが申し出を受けてくれたなら、必ず全力で父を説得すると約束してくれた。
「おじいさま、ルーファス様が承知してくださいました。近いうちに侯爵家に来て、父に会ってくださると」
「そうか、それは良かった。どうする? オスカーにはあらかじめ話しておくか?」
「いいえ。邪魔をされそうなので、何も知らせないでおきます。ですが、ルーファス様がいらしたら、おじいさまは必ず同席してください」
「わかった。奴が断らないようなんとか説得してみよう」
「ありがとう、おじいさま」
「隠居したことを、あらためて後悔しているよ。わしが当主のままだったなら、おまえの縁談をすぐにでもまとめてやれたものを、おのれの無力さが悔やまれるぞ」
「そんな風におっしゃらないでください。おじいさまにはじゅうぶんすぎるほど助けていただいていますわ。心配なさらないで、わたし、強くなったのです。もうお父様たちのことで傷つくことなどありませんから」
「そうか。そうだな、おまえはわしの自慢の孫娘だ」
目を細めて微笑んだ祖父の言葉がうれしくて、クリスティアは幼い頃のように、首に腕を回して抱きついてしまった。
その夜はなかなか寝付けなかった。
庭園でのルーファスとのやりとりを思い返すと、顔が熱くなり、夜具をかぶって丸くなる。
(前世でもあんな風に言われたことなかったのにっ)
そこで、ふと我に返る。
(考えてみれば当たり前よね。わたしの片思いだったんだから)
いくら彼が無実を信じてくれたとはいえ、罪人と領主という立場に変わりはない。
自分の思いを告げることなど許されないと思っていたし、ましてや彼の気持ちを聞くことなどできるはずもなかった。
(勘違いしてはいけないわ。わたしがシャーロット様の恩人だと思っているから、親切にしてくださっただけなのよ)
クリスティアの断罪の場に来て無実を訴えてくれたのも、彼の正義感と、恩を返そうという誠意のあらわれでしかない。
それでも、彼の優しさに救われた。
クリスティアにとっては、誰よりも大切な人だ。
(そうよ、浮かれてる場合じゃないわ)
クリスティアが過去を変えようと動いたことで、前回とはまた違う、予想もできないような問題が起きる可能性もある。
(気を引き締めなければ)
今度こそ絶対に守り抜くと誓ったのだから。
***
有言実行とばかり、ルーファスは迅速に行動した。
二日後にはもう侯爵家を訪れ、先触れがあったとはいえ面識のない彼の訪問に戸惑う父に、求婚を受け入れさせたのだ。
同席した祖父が尋常でない圧力をかけつつ、その場でうなずかざるを得ない状況にまで、父を追い込んだらしい。
「あの場で話を決められたのは、おじいさまのおかげだよ」
無事に婚約がととのった後で、ルーファスが教えてくれた。
案の定、父は持参金の話を持ち出したが、祖父に叱責され、おとなしく引き下がったようだ。
(おじいさま、本当にありがとう)
予想していたとはいえ、恥知らずな父の振る舞いを止めてくれた祖父には感謝しかない。
*
ルーファスと先代侯爵である祖父があえてクリスティアには話さなかったのだが、実のところ、デイル侯爵はふたりを激怒させる発言をいくつも放っていた。
「クリスティアは辺境伯のご子息にはふさわしくないかと。どんな卑しい者の血が混じっているかわからない……」
「オスカー、黙れ!!」
食い気味に先代侯爵に一喝されるも、まだ言いつのろうとする。
「あのとおりの赤毛で、美しいとはいえない娘ですし……」
「いいえ、クリスティア嬢はとてもお美しいですよ。彼女の容姿は私の好みにぴったりです。それに気品があって、人柄も素晴らしく、未来の辺境伯夫人にふさわしい」
今度はルーファスが最後まで言わせず、反論する。
「ですが、田舎育ちでロクに礼儀も知らない……」
「わしと妻がきちんとしつけた。どこに出しても恥ずかしくないぞ」
先代侯爵ににらまれ、口をつぐんだ侯爵に、ルーファスがここぞとばかりに話を持ち掛ける。
「侯爵のご心配を解消するためにも、クリスティア嬢には一日も早く我が領地にいらしていただくのが良いと思います。もちろん今のままで十分ですが、婚姻前に当家の家風を学んでいただければ、より完璧かと」
さらに、にっこり笑ってダメ押しをする。
「姉に関するおかしな噂がいつまでも消えぬようでは、未来の王太子妃たるリリアナ嬢の名誉にも関わるのではありませんか? クリスティア嬢が国境を守る辺境伯のもとへ嫁ぐとなれば、つまらぬ流言も消え去ることでしょう」
目的はふたつ。
辺境伯と姻戚になれば、王太子妃となるリリアナの立場もさらに強くなると侯爵に思わせること。
もう一つはクリスティアの出自を疑わせるような、悪意のある噂を打ち消すことだ。
前世と違い、すでにリリアナが王太子と婚約している今世では、オスカーはクリスティアが不貞の子であるという噂を広めてはいない。
だが、なぜか、貴族たちの間でまことしやかにささやかれている。
クリスティアは辺境伯夫人になるのだから、噂の出所が誰であれ、侯爵はそれを否定するようにと、ルーファスは釘を刺したのだ。
どこまで意図が伝わったのか疑問だが、少なくとも辺境伯と縁が結べれば、侯爵家にとって有利になることは理解したらしい。
結局、侯爵はルーファスの要求をすべて受け入れた。
リリアナだけでなくクリスティアまで嫁いでしまえば後継者がいなくなる。
もしかしたら、それを理由に反対されるかもしれないと思っていたが、そんな話はまったく出なかった。
後継の問題を侯爵がどう考えているのかわからないが、少なくとも、そこにクリスティアの名は含まれていないことが明確になったとも言える。
(どこまで彼女を蔑ろにするんだ)
縁談がまとまったことは喜ばしいが、それ以上に無情な侯爵に対する怒りが、ルーファスの胸に渦巻いていた。




