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屋敷に帰ると、ちょうど王宮から戻ったばかりのリリアナに出くわした。
「あら、お姉様、お久しぶりですわ。ごあいさつが遅れてごめんなさいね。いろいろと忙しかったものだから」
あまりにもわかりやすく、勝ち誇ったような笑みを浮かべる妹を見て、クリスティアは吹き出しそうになるのをこらえた。
領地で祖父母に愛され、妹と顔を合わせることなく過ごすことができたせいか、今ではこのような自信満々な態度に圧倒されることもない。
「元気そうで何よりだわ。お妃教育が始まってたいへんなのでしょう?」
わざとらしく聞いてやると、心持ちあごが上がり、ますます誇らしげな態度になる。
「ええ、学ぶことが多くて。でも、王妃様がいつも気に掛けてくださるの。今日もいっしょにお茶をいただいたのよ」
(そういえば、王妃はリリアナがお気に入りだったわね)
心の内ではもはや敬称などつける気にもならない。
王妃は王太子を溺愛しており、息子のためにならないものは、容赦なく切り捨てる。
前世では、クリスティアもそうやって排除されたのだ。
(ああ、今思い出しても腹が立つわ)
王妃も王太子も大嫌いだし、いくらでもリリアナと仲良くしてもらって構わないが、嫌になるほど性格の悪い親子から、そろって酷い扱いをされたことが腹立たしい。
(それにしても、本当にあんな男と結婚したいの?)
クリスティアにしてみれば、王太子は傲慢で思いやりがなく、考えの足りない愚か者で、良いところなどひとつもみつからない。
確かに王太子妃に内定したことで、リリアナは将来、この国で最も身分の高い女性となる。
それほどリリアナにとって王太子妃、いや、未来の王妃の地位は魅力的だということなのか。
あまりにも性格や考え方が違いすぎるのか、前世でも妹のことはよくわからなかった。
どうして、あそこまでクリスティアを追いつめ、苦しめなければならなかったのか?
理解できないからこそ、今世では数えるほどしか会ったことはない妹を、恐れる気持ちが今も消えない。
策略をめぐらせてルーファスまで死に追いやったことは許せない。
報いを受けさせたいという思いは、当然のようにある。
だが、それ以上に、今回は何もしないでほしいと願う気持ちのほうが強い。
ルーファスが幸せならば、自分の恨みなど忘れてもいいとさえ思っている。
彼を守るためにも、クリスティアは二度と妹に陥れられるわけにはいかないのだ。
だからこそ、心に決めている。
(今回は絶対に〝豊穣の手〟の真実をあなたに告げたりしないわ)
おそらく、それがクリスティアを排除しようとした理由のひとつだろうから。
***
約束通り、三日後、神殿の庭園に行くと、すでにルーファスが雪月草の前に立っていた。
「あなたのことを調べさせてもらった」
「はい」
当然のことだろう。むしろ、こちらの状況を理解してもらうにはそのほうがいい。
「妹君は〝豊穣の手〟の持ち主で、王太子殿下の婚約者だ。そうなると、侯爵家の跡取りはあなただろう。当家に嫁ぐというのは無理なのでは?」
「お調べになったのでしょう? 父はわたしを娘とは認めておりません。妹がふたり以上子供を産めば、その子に継がせるでしょうし、そうでなければ親戚筋から養子を迎えたいと思っているはずです。わたしが祖父母を説得してお許しをもらえば、父は喜んで家から出すでしょう」
「なるほど、よくわかった。では、雪月草の花を咲かせることができたら、私はあなたの申し出を受けよう」
「ありがとうございます」
(良かった……)
ほっとしたが、まだ言わねばならないことがある。
「ただ、その……」
「何か問題でも?」
「それが、その、父のことなのですが……」
「はっきり言ってくれて構わないよ。私はせっかちだから、回りくどいのは好まないし、何を聞いても無礼だなどととがめたりしないので、遠慮はいらない」
(ああ、ルーファス様だ)
久しぶりに彼らしい発言を聞いて、心が温かくなる。
言い過ぎたかなと思っても、彼はいつも怒ることなく受け止めてくれた。
「クリスティア嬢は率直でいいな。裏表がなくて、なんだか安心するよ」
うれしかった。そう言ってくれた時のルーファスの表情を、今でもはっきりと思い出せる。
「では、お言葉に甘えて申し上げます。もし結婚を許してくれても、父はたいして持参金を持たせてくれないと思います。そして、そのことを恥ずかしげも無くあなたに告げ、書面に残そうとするでしょう。それでも……」
「雪月草の花が咲くかどうかよりも、持参金のほうが心配なのか?」
ルーファスが笑いをこらえるような顔になる。
「もし咲かなければ、わたしがレーヴェ領に行って雪月草のお世話をします。必ず花を咲かせてみせます」
拳を握りしめて宣言すると、ルーファスはじっとクリスティアをみつめながら考え込んだ。
「ルーファス様?」
「ああ、ごめん。あなたがそこまで言ってくれるなら、花が咲くまで待つ必要は無いね。すぐにでも話を進めよう」
「えっ? いいのですか?」
「ああ。それと、持参金のことは問題ないよ。侯爵家であなたが不当な扱いを受けていることは知っているし、その元凶であるお父上の人柄についても、ある程度はわかっているつもりだ。持参金などなくてもかまわないし、そのことであなたに肩身の狭い思いをさせたりしないと約束する」
「本当に申し訳ありません」
恥ずかしいのと情けないので、うつむくことしかできない。
「謝らないで。あなたは何も悪くないのだから」
ルーファスはクリスティアの両手を包み込むように握った。
「ああ、そうだ。侯爵には、私があなたに一目惚れしたのだと言おう。どうしてもあなたを妻に迎えたいと、誠心誠意お願いするよ」
「ええ!?」
「大丈夫、あながち嘘でもないから。相手を口説き落とそうとする熱意には心を打たれたよ。私は情熱的な人が好きなんだ。大胆なだけじゃなく、事前準備を怠らない周到さがあるのもいい」
(いや、それはいろいろ必死だったからで……)
頬が熱い。きっと真っ赤になっているに違いない。
握られたままの両手を引くと、あっさりと放してもらえた。
だが、ふたりの間の距離は近いままだ。
「吸い込まれそうに深い緑の瞳だね」
顔をのぞき込むようにして言われ、ますますうつむいてしまう。
「柔らかくて、きれいな赤い髪だから、ふれてみたくなる」
ルーファスはクリスティアの髪を一房すくい取り、そっと口づけた。
(ちょっと待って。ルーファス様って、こんな台詞、言えちゃう人だった?)
もはや、クリスティアは失神寸前だ。
「すまない。なんだかあなたを見ていると、めちゃくちゃに甘やかしたくなるんだよな。ちゃんとつかまえて、絶対に離しちゃいけないような、そんな気になってしまうんだ」
固まって、口もきけなくなったクリスティアを見て、ルーファスは名残惜しそうにもてあそんでいた髪を手放した。
「でも、忘れないで。今いったことは全部本気だから。なるべく早く求婚しに行くから待っていて欲しい」




