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ひとりで本殿に入り、祈りを捧げた後、奥の庭園に向かう。
王都に来る前、情報ギルドに頼んで、ルーファスの動向は把握している。
大がかりな魔獣討伐の依頼が入らない限り、しばらくは王都の神殿にいるはずだ。
初めて会ったときと同じように、ルーファスは庭師と並んで雪月草を眺めていた。
「まあ、珍しい。それは雪月草ですね」
背後から声をかけると、ルーファスはすっと立ち上がって振り向いた。
「すごいな。ひとめ見て雪月草とわかるなんて」
深い青の瞳がクリスティアをみつめ、口元には柔らかな微笑が浮かんでいる。
過去に戻ってからも、ずっと恋しかった。
懐かしさのあまり、涙があふれそうになる。
もしかしたら、ルーファスにも過去の記憶があるのではないかと期待していたが、クリスティアを見ても、彼の表情はまったく変わらない。
(わたしのこと、覚えていらっしゃらないのね)
再び会えたうれしさと、さびしい気持ちが混ざり合い、号泣してしまいそうだ。
(しっかりしなきゃ。ここで運命を変えるんだから)
お腹に力を入れてぐっとこらえ、密かに袖で目元を拭うと、クリスティアは雪月草の前にしゃがみこんだ。
やはり前回と同じように、「冷たい水」という声と、深い赤紫色の石のイメージが浮かんでくる。
再び立ち上がると、クリスティアはスカートをつまんで、ルーファスにあいさつした。
「いきなり声をおかけして申し訳ございません。お初にお目にかかります。デイル侯爵の長女、クリスティアと申します」
「こちらこそ失礼した。私はルーファス・フィラ・レーヴェ。西の辺境伯の嫡男です」
「初対面でぶしつけながら、レーヴェ様に申し上げます。雪月草の花を咲かせたいとお思いなら、わたしがいくらかお役に立てるかもしれません」
「ああ、確か、デイル侯爵のご息女は確か〝豊穣の手〟を持つと聞いていますが」
「残念ながら、それはわたしではなく、妹のほうですわ。それに〝豊穣の手〟の力は、王家の許可無く他家のために使うことはできないのです。でも、他に方法がないわけではありません。どうか、ふたりきりでお話をさせてくださいませんか?」
彼は未婚の令嬢とふたりきりになることに抵抗があったようで、庭師に会話が聞こえないほどの距離に離れてもらうことで、承知した。
「わたしには植物の〝声〟が聞こえるというか、思いを感じ取れる能力があります。さきほど雪月草に近づいた時、〝冷たい水〟という声と、葡萄のように深い赤紫色の石のイメージが浮かびました。見たことのないもので、石の名前はわからないのですが、レーヴェ様にはお心当たりがございますか?」
「もしかしたら、それは我が領で採れる〝ネイヴェリル〟という石かもしれない。まだ半年前に出てきたばかりで、名前も父がつけたから、あなたが知らないのもうなずける」
「もっと雪月草と親しくなれば、その石をどのように使えば花が咲くのかわかると思います。ですが、その前に、レーヴェ様にお願いがあるのです」
クリスティアは怖じ気づきそうになったが、なんとか心を奮い立たせ、じっとルーファスをみつめた。
「わたしと婚約していただきたいのです。期間は三年間。わたしが十八歳になったら解消していただいて構いません。その間、わたしはレーヴェ領に行き、瘴気病に対して聖水よりももっと効果のある薬を作るお手伝いをいたします」
途端に、ルーファスの目が鋭くなった。
「あなたは何を知っている?」
「失礼ながら、少しばかり調べさせていただきました。妹君が瘴気病に犯されていらっしゃいますね。かなり重症で、今は聖水で進行を抑えていらっしゃる。あなたが五年の契約で聖騎士をなさっているのは、高価な聖水を無償で手に入れるためでしょう?」
「なぜ、私を選んだ? あなたの目的は?」
「わたしには秘密があります。それを両親に、いえ、何より王家に知られたくないのです。そのためにも、わたしは王都を離れたい。辺境ならば王家の目も届きにくいし、他のどこに行くよりもわたしの力が役立つと思ったのです」
「秘密、ね」
ルーファスは表情を緩めたが、こちらに向けられるまなざしは相変わらず鋭いままだ。
「今はまだ言えませんが、いずれ必ずお話しします」
「……」
「三年は長いとお思いでしょうが、わたしは王太子殿下と同学年ですので、学院には通いたくありません。ですから、少なくとも卒業する歳までは婚約者でいたいのです。できるなら、すぐにでも辺境に行きたいと思っています」
今はまだ前世であったことを話すわけにはいかないが、王太子との接触を避けたいというのは本心だった。
どんな理由で目をつけられるかわかったものではない。
「聖水よりも効果のある薬というが、あなたは処方を知っているのか?」
「処方というか、雪月草の花がいちばん効くということを知っています」
「我が家の魔法師も同じことを言っていた。雪月草の花を咲かせられないから、まだ証明できていないが」
ルーファスはクリスティアをみつめて微笑んだ。
「あなたはずいぶんと率直だね。そこまで手の内をさらさずに取引を持ち掛けたほうが、そちらにとっては有利なのでは?」
「残念ながら、わたしには取引するほどの情報がありません。必ず雪月草の花を咲かせますから、信じてくださいとお願いするしかないのです」
知らず知らずのうちに、両手を胸の前で組んでいた。
ルーファスの役に立ちたい。
前回のような悲惨な運命を歩ませたくない。
(どうか、わたしの思いが伝わりますように)
ルーファスはどこか遠くを見ながら、何か考えているようだったが、やがて視線をクリスティアに戻した。
「少しだけ時間をくれないか。相談しなければならない相手もいるからね」
「はい」
とりあえず、提案を即座に却下されなかったことにほっとした。
少なくとも、クリスティアが本気であることをわかってもらえれば、それでいい。
(もし婚約を断られても、いつか必要になった時にわたしの存在を思い出してくれたら……)
とにかく今は、クリスティアという存在を、ルーファスの心に刻みつけたかった。
三日後に再びここで会うことを約束し、ふたりは別れた。




