1
今回は王家に利用されたくない。
なるべく彼らにかかわらないで、一刻も早くルーファスに会い、彼の手助けをしたかった。
ルーファスと出会ったのは、王立学院に入学する一年前、クリスティアが十四歳の時だ。
今世では、できるならもっと早く彼に会いたかった。そうすれば、後に起こる悲劇を防ぐことができるかもしれない。
(そうだわ。能力に目覚めたことを秘密にすれば、王家に縛られることもなく自由に動ける)
だが、他の者はごまかせても、祖父の目は欺けないだろう。
悩んだ末、クリスティアは祖父に不思議な夢を見たと告げた。
「高い熱が出た後、両手が金色に光りました。おじいさまはわたしが〝豊穣の手〟の持ち主だとお喜びになったのです」
「それはめでたい夢だなあ」
祖父はにこにこしながらうなずいた。
ただの子供の夢物語だと、まったく信じていないようだ。
今はそれでもかまわない。ここからが本題だ。
「もし本当にそうなっても、このことをみんなには内緒にしてほしいのです」
「ん? それはどうしてかな?」
「二年後、リリアナも同じ能力に目覚めます。お父様はリリアナを王太子様の婚約者にしたくて、わたしに無実の罪を着せ、王都から追い払ってしまうのです」
「なんだと?」
祖父の顔が険しくなる。
「わたしに能力がなければ、王家に利用されることもないし、父も今まで通りわたしを放っておいてくれるでしょう」
「クリスティア……」
祖父は考え込んでしまった。
「おじいさま?」
「おまえに対するオスカーの仕打ちには、前から思うところはあった。わしが出しゃばるのはどうかと思っていたが、その考えはまちがっていたようだ。夢の話はともかく、おまえのことはわしが守ってやる。今は何も心配せず、ゆっくりお休み」
うれしくて涙があふれた。
祖父はやさしく頭をなで、侍女を呼んでから部屋を出て行った。
クリスティアが迷惑をかけてはいけないと遠慮ばかりしていたから、祖父もただ見守るしかなかったのだろう。
(どうしてもっと早くおじいさまに相談しなかったんだろう)
ひどく後悔した。
***
やはり三日後、クリスティアは〝豊穣の手〟の能力に目覚めた。
報告を受けた祖父は、その場にいたマイラと祖母に口止めし、このことは秘密にすると約束してくれた。
「クリスティア、王立学院入学するまで、このままここで暮らさないか? 王都の屋敷に比べて、ここは使用人も少ないし、田舎だから何もないが、のんびり暮らせるぞ」
「良いのですか?」
「ああ、もちろんだ。おまえがいてくれれば私たちもうれしい」
「ええ」
祖父の隣で祖母もうなずいた。
「ずっとつらかったわね。ごめんなさい、今まで何もしてあげられなくて」
祖母が抱きしめられ、号泣してしまった。
(ああ、わたし、辛かったんだ……)
ずっと傷ついていないふりをしてきた。心が痛んでも、たいしたことではないと言い聞かせてきた。
冷たい家族の目を恐れ、ずっと息を詰めるようにして暮らしてきた。
よほど緊張していたのだろう。そんな日々が終わると思うと、こわばっていた身体がほぐれていくような気がした。
*
今でも後悔している。
あの時、恐れずに勇気を出してルーファスに石のことを告げていたら、彼は雪月草の花を咲かせられただろう。
そうすれば、その後の運命は大きく変わっていたかもしれないのに。
今度はためらわない。
できることは何でもしようと、クリスティアは決めていた。
*
祖父母との生活はかつてない安らぎを与えてくれた。
この生活を得られただけでも、時を戻ることができて良かったと思うほどだ。
自然豊かな土地で、一日のほとんどを屋敷の庭や、近くの森で過ごす。
前回と違い、幼い頃から意識して植物の声を聞くようにしていたせいか、さらにいろいろな情報をもらえるようになった。
植物が自ら、熱冷ましになる、傷が早く治る、精神を鎮めるなど、さまざまな薬効をアピールしてくれる。
また、毒草が、自分はおまえたちにとって危険だから摘むなと警告してくれることもあった。
(まだ子供だからできることは少ないけれど、学ぶ時間はたっぷりあるわ。今のうちに薬草の知識を増やしておこう)
クリスティアは教師を招いて植物学を学び、町に行って、魔女と呼ばれる女性からも薬草の使い方について教わった。
***
数年の間、ずっと領地で過ごしたが、学院入学の半年前、社交界デビューも兼ねて、一度、王都に行くことにした。
大事な行事のためだからと、祖父母が着いてきてくれたのがうれしかった。
やはり前世と同じようにリリアナも能力に目覚め、父は大喜びで王家に妹を売り込み、無事に婚約を勝ち取ったそうだ。
父は不在で、母が出迎えてくれた。
あいさつを交わすが早いか、祖父母に向けて自慢げに言う。
「リリアナは妃教育を受けに王宮に行っておりますの」
久しぶりの再会だというのに、もうひとりの娘のことは目にも入っていないようだ。
祖父の顔が険しくなった。
「おじいさま」
そっと袖をつかんで首を振ってみせる。
何か言ったところで無駄なことだ。
離れていた間、手紙ひとつ寄越したこともない。
両親の中で、すでにクリスティアはいないも同然なのだろう。
(そのほうがいいわ。心置きなく復讐できるもの)
もう彼らにどんな仕打ちを受けても傷ついたりしない。
「疲れたから休みたいわ。部屋に行きましょう」
「そうだな」
祖父ににらまれ、母はびくりと肩を震わせ、すぐさま侍女に案内するよう告げた。
(良かった、リリアナがいなくて)
今世ではまだ会っていないが、できるならこのまま顔を見ずにすませたいぐらいだ。
家族に対する情など、とうに消え失せた。
今世でも同じことをするのならすぐにでも殺してやりたいと思うほどだが、ふと疑問に思った。
(リリアナはいつからわたしを憎んでいたの?)
〝豊穣の手〟の持ち主が自分だけでないことが不満だったなら、今はどうだろう?
能力があるのはリリアナだけということになっているし、王太子の婚約者にも内定している。
(それなら、わたしを憎む理由はないんじゃないの?)
だが、クリスティアは軽く頭を振って、その考えを打ち消した。
(いいえ、そんな単純なものじゃないわね。あの人たちはいつも、わたしの予想を遙かに超えて、とんでもないことを言ってくるし……)
両親と妹には甘い期待をかけて何度も裏切られている。
(なるべく関わらないようにしよう。それよりも、王都にいる間にやらなくてはいけないことがあるわ)
クリスティアは馬車を用意してもらい、マイラをつれて神殿に赴いた。




