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再び広間の扉が開かれたと思うと、王宮騎士団の団長であるベンダー伯爵が入ってきた。
「申し上げます。ただいまレーヴェ辺境伯領の騎士団が王都に入り、王宮に向かっております」
「なんだと?」
地を這うような低い声を発したのはルーファスだった。
「私は騎士団など連れてきていないぞ」
「後からついてくるよう指示したのでは? 率いているのはナサール卿ですから、間違いなくレーヴェの騎士団です」
ナサールはルーファスの従兄で、レーヴェ騎士団の団長でもある。
ルーファスは両の拳を握りしめ、無言で玉座をにらみつけた。
「謀反だ!!」
王太子が叫ぶ。
「どうやら連絡の行き違いがあったようです。すぐに領地に戻るよう指示します」
「そのような言い訳が通るとでも? ベンダー伯爵、許可無く王都に侵入した者どもを殲滅せよ」
「お待ちください。謀反の意思などありません。我が名誉にかけて誓います。兵たちはすぐに引かせます。ですから、どうかお許しください」
ルーファスは片膝をつき、頭を下げた。
「では、すべての責をそなたに負ってもらおう。レーヴェ辺境伯、第一王女暗殺未遂、私兵を率い王都を騒がせた罪、謀反の疑いありとして毒杯を与える。本来ならば、一族もろとも処罰すべきであるが、今まで辺境を守ってきた功績もある。ゆえに、他の者は咎めぬことにしよう。そなたの妹に我が息子である第二王子を娶せ、後継とする」
王妃は流れるようによどみなく処分を告げ、ルーファスを断罪した。
(第二王子を辺境伯にするというの?)
クリスティアは呆然としながらも、この結末が初めから決められていたのだと理解した。
西の辺境は隣国との国境に位置し、国防の要とも言える重要な土地だった。
レーヴェ家の当主は代々、王家とは距離を置き、ほとんど自らの領地を出ることはない。
王家は常に敵に寝返ることのないよう、レーヴェ家の動向に注意しなければならなかった。
ルーファスもまた代々の当主の方針を受け継ぎ、王女を妻とした後も、王家からの干渉を許さなかった。
そこで王妃は西の国境に対する憂いを払い、王太子の立場をより強いものとするために、同腹の息子である第二王子を辺境の主に据えようと考えたのだろう。
ずっとおかしいと思っていた。
王女はリリアナと仲が良く、クリスティアのことを嫌っていた。それが急に強壮薬を作れと言ってきたのだから。
しかも王女は自尊心が高く、目下の者に思いやりを示すような性格ではない。つまり、侍女の顔色が悪いからと、自分の薬を与えるような慈悲深い人間ではないのだ。
何もかも王妃が仕組み、王女が指示通りに動いたというのなら、すべてつじつまが合う。
(わたしがもっと警戒すれば良かった。いいえ、せめて王都につれてこられる前に自害していたら…)
どんなに後悔しても、もう遅い。
いくらあがいても、この状況を覆すことはできないのだ。
絶望のあまり、全身から力がぬけていく。
ルーファスは剣を取り上げられ、両腕をふたりの王宮騎士によって拘束された。
王都一と言われる剣技の持ち主である彼なら、この場を制圧し、逃げることもできるのではないか。
クリスティアはかすかな希望を抱いたが、ルーファスにはそのつもりがないようだ。
そして、王妃もまた、彼を逃さずこの場で決着をつけるつもりのようだ。
ただ右手を挙げて見せただけで、ベンダー伯爵によってルーファスの前に毒杯が運ばれる。
「すまない、守ってやれなくて」
(ルーファス様……)
ルーファスの口からもれたつぶやきが、自分に向けられたものだと気づく。
「やめて、やめてください。お願いです。すべてわたしがやったことです。ルーファス様は何も関係ないっ……」
涙ながらに訴えたが、もはや誰も耳をかたむけてはくれない。
クリスティアの目の前で、ルーファスは毒杯を突きつけられ、無言でそれを飲み干した。
「いやああっ」
断末魔のうめきを残し、彼がゆっくりと床に倒れ込むのを見て、クリスティアは喉が枯れんばかりに大声で泣き叫んだ。
その後のことは何もわからない。
ルーファスの遺体が広間から運び出されるのと同時に、クリスティアは地下牢につれていかれた。
目の前でルーファスが死んだ。いや、殺されたのだ。
その事実に打ちのめされた。
泣き疲れ、もはや何も考えることができず、ぼんやりしていると、鉄格子の向こうにリリアナの姿が見えた。
「残念だったわね、辺境伯夫人をねらってたのに、うまくいかなくて。そうそう、侯爵家のことは心配しないで。お姉様はルーファス様に惚れ込み、だまされて毒を渡したことになってるから。わたしとお父様は愚かな身内を持ったかわいそうな被害者よ」
「リリアナ、あなた、すべて知ってたのね?」
「もちろん。お姉様を利用したらって、王妃様に提案したのはわたしだもの」
「なんですって?」
「ねえ、知ってた? 行き場のなくなったお姉様を、レーヴェの神殿で引き受けてもらえるよう手をまわしたのはわたしよ。王妃様はいずれルーファス様を消そうとするだろうから、お姉様もいっしょに始末してもらおうと思ってたの。それがまさか、ふたりが恋仲になるなんて、ほんと笑える。おかげで筋書きが立てやすかったわ」
「よくもそんなことを……」
怒りのあまり、息が止まりそうだ。
恋仲などではない。クリスティアは思いを告げることさえ許されない立場だった。
それなのに、必死に隠そうとしていた思いさえ都合良く利用される。
怒りと絶望で、頭がどうにかなってしまいそうだ。
打ちのめされ、床に崩れ落ちるクリスティアを見下ろしながら、リリアナは得意げに話し続ける。
「そうそう、王女様にも教えてあげたの、お姉様とルーファス様が想い合ってるって。そうしたら、カミラ様も彼のことが好きだったみたいで、嫉妬で逆上しちゃってたいへんだったのよ? そのせいかしら、今回の計画にはとっても乗り気だったわ」
思わず両手で鉄格子をつかみ、リリアナをにらみつけながら叫んだ。
「どうしてそこまでするの!? そんなにわたしが憎い?」
リリアナの顔からすっと笑みが消えた。
「ええ、憎いわ。当然でしょ? いつもわたしの邪魔をしようとするんだもの。王太子妃の座を奪われて気に入らないのはわかるけど、お姉様が愛されなかったんだからしょうがないわよね。それなのに、王妃様にまで余計なことを吹き込まれたんじゃ、たまらないわ。ずっと目障りだったの。もういいかげん死んでちょうだい」
リリアナの背後から、ふたりの兵士があらわれる。
ひとりが牢の鍵を開け、クリスティアの背後にまわり羽交い締めにした。
もうひとりも中に入り、持っていた小瓶の蓋を開ける。
「わたしを殺しても何も解決しないわよ。あなたは自分の力の、本当の使い方をわかっていない。いつまでも皆を騙し続けられると思わないで。いずれ破滅するわよ」
「うるさいっ!! 早く殺してっ!!」
無理やり口を開かされ、小瓶の中身を流し込まれる。
「ううっ」
喉が焼けるように痛み、呼吸ができなくなる。
床をころげまわるほどの苦しみの後、目の前が真っ暗になり、すべてが闇に沈んだ。




